第5話 狐の子(二)

「《僕》と同い年なのに、随分ずいぶんくわしいんだね。…その話、だれに聞いたの?」


 たくという少年がひるんだ。クラス内から興味きょうみ気配けはいが消えて、ぴりりとした緊張きんちょうおびえに変わった。


「別に…。俺は何となくおぼえてただけで…」

「誰に聞いたの?当事者とうじしゃの《僕》でも、大人は誰も、何も、教えてくれなかったのに」


 うそは苦手だ。でも、不登校のカードをチラつかせて孫を心配する祖父から情報を引き出した以上、無駄むだにはしない。

 祖父が口にしたとは知られないように、祖父の名誉めいよを守る。祖母も、曾祖母も、両親も、全部守ってみせる。


「《僕》が教えてもらえなかったのは……それは『何も無かった』『誰にも言わない』って《大人だけの秘密》になったからじゃないかな?…なのに、たく君はどうして知ってるの?」


 おとなしそうな転校生が、東京から来た余所者よそものが、宇賀田うがた本家の《狐の子》が、無邪気むじゃきに笑う。


 笑いながら――――笑っていない。


「教えてよ。誰がたく君に話したのか、おじいちゃんに…『宇賀田に教えてあげなきゃ。誰が《約束》を破ったの?妖怪の河童かっぱだって《約束》だけは必ず守るのに…いけないよね?」

「…………」


 簡単に余所者よそものなんてとせると思っていた子供は、もう稔流の目を見ていなかった。


「うーん…、拓君が思い出せないなら、仕方しかたいね」

 うつむいていた子供から、ホッとした気配けはいを感じた。でも、稔流はさらりと新しい質問を切り出した。


「ああ、そうだ。拓君は宇賀田うがたの何番目の《分家ぶんけ》なの?」

「……。二番目……」

「ふうん、そう。《僕》の質問しつもんもこれで終わりにするね」


 やっと安心して、宇賀田うがたたくは思わず顔を上げた。

 目の前で、きつね色の髪と瞳の少年が微笑していた。そのきつね色は金色に似て、この世のものとは思えない何か、に見えた。


 金色の瞳が、全てを見透みすかすように、拓の目を射抜いぬいていた。

 全てのうそおごりもゆるさない。宇賀田うがた稔流みのるは何も言わないのに、そう言っていた。


 ――――人間じゃない。


 こわいのに、その金の瞳から目を放すことが出来なかった。

 身動みうごき一つ、かなわない。呪縛じゅばくのように。


 ――――神様が、いる。

 神様が、怒っている――――


 金色の目がスッと細められて、狐の子がささやいた。


「……次は無いよ」


 客人まろうどと村人ではなく、宇賀田本家の狐の子ととの対決にすり替えられた勝負は、宇賀田稔流が圧倒的な力を見せつけて終わった。

 このうわさは、数日で学校全体で共有されるはずだ。今後、宇賀田稔流を絶対に敵に回してはいけないと。


「先生」


 稔流は何事も無かったかのように担任たんにんり返った。

「《僕》の席はどこですか?」


 31人クラスなのに、どういう訳か空席がランダムに五つある。

「あ、俺のとなり来いよ。一応学級委員だからさ」


 座っていても長身だとわかる少年が、手をげてニカッと笑った。

「俺も質問。稔流の好きな女のタイプは?」

「……え?」


 これは、予想していなかった。でも当然に、稔流の頭をよぎったのは、さくらだ。

 さらさらした雪の糸の髪。同じ色の長い睫毛まつげ。黒い宝石のようなつぶらな瞳とすずしげな目尻めじり


 色白のほおは、冷たい雪ではなくほんのりあたたかくやわらかで、くちびるは血のかして赤味を差して……


 全ての面影おもかげ網羅もうらするまで3秒。稔流は言った。


「綺麗な人」

「…………」


 学級委員の少年は、笑い出した。

「ズバリ言うなー。ルックス重視?」

「さあ…。女子も背の高いイケメンとか思ってるから、別に良くない?」

「それな。ってか背の高いイケメンって俺じゃん」

「そうだね」


 稔流は、ノリの良さそうな少年のとなりの席に座った。

「俺は、鳥海とみ雄太ゆうた大彦おおひこってばれることもあるけど、どっちでもいいよ。…ってわけで、稔流の友達第一号は俺な。これからヨロシク」


 さりげなく、稔流が最初に関わった宇賀田うがたたくはずしている。…のは、拓を見放みはなしたのではなく、学級委員らしくかばったのだろう。

「うん、よろしくね」

 稔流は、長身の少年の一回り大きい手と握手あくしゅをした。



 波乱はらん自己紹介じこしょうかいの後、担任が今日の予定を話し、始業式しぎょうしきために体育館への移動となった。

 隣を歩く鳥海とみ雄太ゆうたを稔流は見上げた。やはり、頭ひとつ分が高い。


「さっき言ってた大彦おおひこって?」

「あー、長男とか、跡取あととりとか…王子とか、そんな感じ」

 つまり、大彦を名乗なのれるのなら、鳥海雄太は《本家》なのだろう。


「王子って何?」

「アハハ、うちの家ってさ、天皇の前に大和やまとの王様だった人の末裔まつえいっていう、りまくった設定せっていなんだよな」

「案外ってないかもよ?登美長髄彦とみのながすねひこの子孫って、あちこちにいるみたいだから、一族が分散ぶんさんしたのかもしれないね」

「あ?長髄彦ながすねひこ知ってんの?」


 雄太の目がキラキラになった。盛りまくったというわりにはうれしそうだ。ご先祖様が大好きらしい。


「王の末裔まつえい鳥海とみって聞いたから、面白そうだなって調べてみたんだ。神武天皇にしたがわなかったからって、第二次世界大戦まで逆賊ぎゃくぞくって言われてたけど、今でも奈良の本拠地ほんきょちに住んでいる人はほこりに思っているんだよね。本当は長髄彦ながすねひこ大和やまと大王おおきみで、自分の国を守ろうとした英雄えいゆうだったんじゃないかな」

「そーそー、大王って書いて『おおきみ』で英雄な!わかってんじゃん!」


 喜ぶ鳥海とみ雄太ゆうたは、嬉しそうに稔流の背中をバンバンした。今日は、何だかよく背中をたたかれる日だ。

 こんなに喜ぶなら、本名よりも大彦おおひこばれる方が好きなのかもしれない。


(学校でも、友達が出来るといいねえ)


 ふと、曾祖母そうそぼの言葉を思い出した。大彦なら、いい友達になれる予感がした。


(お嫁さんはひとりしか選べないから、女の子と仲良くなる時には気を付けた方がいいねえ)


 これも大丈夫だ。

 小学生でモテるのは、足が速くてスポーツが得意とくいなタイプだ。稔流は徒競走ときょうそうでビリになったことしかないので安心だ。


 大丈夫です、ひいおばあちゃん。

 どこまで気付いているのかわからないけど、俺の花嫁さんはさくらだけです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る