第4話 狐の子(一)

 天道小学校の児童の登下校は三種類。徒歩、スクールバス、自家用車等の送迎そうげいだ。

 稔流みのるはスクールバスを利用することになっていたが、初日なので祖父の軽トラックに乗って登校した。


「天道小学校にようこそ!宇賀田うがた稔流みのる君だね!」


 担任は、長身と言うよりも大柄おおがらという印象で、新興宗教の勧誘みたいに胡散臭うさんくさい感じだなあ…と思った。

 そして、祖父も気付いていないようだったが、この教師も稔流の首に『細長い狐みたいな何か』がくっ付いているのは見えていないようだ。


「はじめまして。よろしくお願いします」

 稔流はおっとりと挨拶あいさつをした。前の学校ではでこんな感じだったのだが、今は何だか処世術しょせいじゅつ演技えんぎみたいな気分だ。


「先生、こちらが先日稔流の父がお話ししました診断書しんだんしょです。稔流は喘息ぜんそく発作ほっさを起こすことがありますので、無理のないようにお願いします」


 祖父は丁寧ていねいに頭を下げたが、教師は診断書の封筒ふうとうを受け取ると、中身を確認することもなく少し散らかっている雰囲気の机の上に置いた。……後で見るのかな?と稔流はチラリと視線をやった。


「まあまあ、この村は自然にめぐまれていて空気も綺麗きれいですからね、すぐになおりますよ!」

 心配顔の祖父に、教師は豪快ごうかいに笑って言った。


 …すぐに?と稔流は引っかった。

 医者である稔流の父ですら、治る「かも」しれないとしか言っていないのに、軽はずみだ。

 楽天的な性格ではげましてくれているのだろうか?それともただの脳筋のうきんなのだろうか?


「少しは運動した方がいいぞ!これから一緒に頑張がんばろうな、稔流!」

体育会系のノリで背中をバンバンされた。そのいきおいで小柄こがらな稔流は前のめりにすっ転んで、丸くなってくれたむすびをうつせ用まくらにしながら思った。


 脳筋のうきんだ…担任ガチャ外した……



「よーし、みんな元気に全員そろったな!今日は転入生てんにゅうせい紹介しょうかいするぞ」


 担任が黒板にでかでかと稔流の名前を書いている間に、稔流はざっと教室を確認かくにんした。


 秘境ひきょうの村なら全校全学年合わせて子供の数が一桁ひとけたでもおかしくないのに、この学校は1学年3クラスあるという。

 稔流もおどろいたのだが、天道村は秘境ひきょうであっても過疎かそは問題になっていないのだ。


 この村は、りく孤島ことうであるがゆえに、自給自足じきゅうじそくの歴史が長い。不景気ふけいきで世の中がしずんでも、この村にいれば住むのにも食べるのにこまることはないので、《外》に出て行ってももどってくる者はめずらしくないそうだ。


 今、稔流の視界しかいには女子14人、男子16人がすわっているのだから、思っていたよりもかなり多い。

 このクラスに稔流が転入てんにゅうしてきたので、男子は17人になり、クラス全員を合わせると31名。


 うわぁ…と稔流は頭の中でひとりごちた。

 男子だけでもクラス全員でもどっちも素数そすうじゃん。これ「2人組作ってー」とかいう時絶対あまるやつ。


(出来るだけえらそうな自己紹介じこしょうかいでもしてやれ)


 稔流は、さくらの声を思い出した。だから、えらそうな感じに自己紹介じこしょうかいをした。


宇賀田うがた稔流みのるです。村長の鳥海とみさんから頼まれて、父が天道村のお医者さんになったので一緒にかえってきました。髪の毛は地毛じげで、目もカラコンじゃありません。よろしくおねがいします」


 稔流は、短い自己紹介の中に、代々村のおさだという『鳥海とみ本家の当主とうしゅ』にまねかれた父は『この村唯一ゆいいつの医師』で一緒に『帰って来た』、そして『宇賀田うがた本家』の髪色かみいろと瞳の色、合わせて四つののキーワードを入れた。


 村の情報網じょうほうもうはやい。

 ルーツは天道村の名家めいか直系ちょっけいだが、都会から来た客人まれびとでもある、という微妙な立場の転校生が来ることは、この場にいる全員の子供は知っている。


 だが、客人まれびとのだ。


 普通の判断力を持っていれば、この四つのキーワードを持つ稔流にわざわざ意地悪いじわる仕掛しかけてくる子供はいないはずだ。…にもかかわらず、


「しつもーん!」

 ひとりの男子が手をげた。


「神隠しって、どんな感じですかー?」


 一瞬いっしゅん、クラスが声もなくざわめいたような気配けはいがした。

 緊張きんちょうと、かくせない興味きょうみ。祖父が言っていた通りだ。


 仕掛しかけてくる者がいるとすれば――――稔流が新入しんいりのうちに、クラスの下位カーストにとしたいやつだ。


「知りません」


 そう言えと、祖父が言った通りに答えた。

 《神隠し》にった子供のほとんどはもどって来ない。何故なぜなら、本当は何らかの事故じこで死んでしまったと考えるのが妥当だとうだからだ。


 でも、《神隠し》なのであれば、その子供は神様に気に入られて《神様の子》になったか、妖怪ようかい悪戯いたずらさらわれたまま《こちらがわ》に帰ってられなくなったか、どちらかだと。


 稔流は、後者こうしゃになりかけた。でも、さくらという小さな神様が助けにきてくれたから、もどってくることが出来できた。

 稔流のように帰って来ることが出来できた子供は、長い歴史を持つ村の伝承でんしょうでも手のゆびの数でりるという。


 そして、ごくまれに神隠しから戻ってくることが出来た子供については、二種類の極端きょくたん伝承でんしょうがある。


一 神様が再び村のためかえした『さいわいをぶ子供』

二 神か妖怪にたたられた『わざわいを呼ぶ子供』


 神隠しのことを持ち出したのなら、相手は稔流を『わざわいをぶ子供』にしたいのだろう。


「でもさー、行方不明になったよな?大人がみんなしてさわいで、山とか川とかさがしに行ってさ」

以前が天道村に来たのは5歳の時で、1ぱくだけで帰ったらしいのでおぼえていません」

「えー?1泊とかないだろ?1週間くらい帰れなかったじゃん。そういうのって《神隠し》って言うんだよ」

「…………」


められるな。本家として人の上に立つ義務を果たせ)

(心優しい貴種はつぶされる)


 ……ごめんね、さくら。

やっぱり俺は、心優しくはなれないみたいだ――――


「神隠しって何だ?稔流は小さい時に行方不明になったのか?」

 担任は、この場の緊迫感きんぱくかんに気付いてないらしい。


 稔流は、にこっと笑って担任に言った。

「先生。これは村の人だけの話です。《外》に帰る人は、知らない方がいいですよ」


 そして、神隠しの質問をした男子を見て、稔流はきょとんとして小首こくびかしげた。


「名前、教えてくれる?」

「…え?宇賀田うがたたくだけど」

「そう。たく君も宇賀田うがたなんだね。に同い年の人がいるって知らなかったよ」


 稔流は、たくという少年の目を見て、――――わらった。

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