第3話 大人は何かを隠している

 そして、曾祖母が運んで来た朝食は、いつもの半分くらいに見えた。

「えっと…、今日は、少なめなんだね」

「もっと欲しいなら多くるよ」

「え?い、いいよ。このくらいで…」


 稔流みのるがこの家に来てから、ご飯を少ないと思ったことは一度もない。

 何故なぜならば、曾祖母は毎回「…これはふたり分くらいあるのでは?」という量をってくるからだ。


 その毎回と今朝と、何が違っているかというと、『さくらがいない』、これだけだ。

 稔流みのるは始めのうちこそ「多いなあ…残したら悪いなあ」と困っていたのだが、その日のうちに困る必要は無いことがわかった。


 いつも多くられてくる食事を全部たいらげることが出来たのは、となりに座っているさくらが半分はかすっていたからだ。


 むすびは人間の食事に興味きょうみはないのだろうか?と思ったが、むすびは稔流の首元くびもとき付たままのんびりした様子で、特に食べたいわけではないようだ。


「学校でも、友達が出来るといいねえ」

「うん…」

 稔流は無難ぶなんに答えたが、何故なぜ学校で『も』なのだろうか?


「でも、お嫁さんはひとりしかえらべないから、女の子と仲良くなる時には気を付けた方がいいねえ」

「…………」


 稔流は、ゲホゴホとむせた。

「稔流ちゃん、大丈夫かい?」

「…大丈夫…ご飯つぶが、変なとこに入っただけ…」


 そう言えば、あやめを見送りに行く時、稔流は「将来結婚する人」という爆弾発言をしたことがあったが、曾祖母はちゃんと覚えていたらしい。


 余裕よゆうを持って起きたので、ゆっくりお茶を飲んでいると、祖父が土間に入ってきた。


「稔流、学校に行く準備は出来たか?」

「うん。おじいちゃん、おはよう」

稔流がさわやかな感じに言ったので、祖父は返って困った顔をした。


ゆたか真苗まなえさんは、9月から病院をひらくんで、もう準備に行っててなぁ…」

 稔流は、にっこりと笑った。


「ふぅん、まだ朝の8時前なのに?随分ずいぶん忙しいんだね」

訳:登校初日は保護者ほごしゃ同伴どうはんって知ってるくせに、朝っぱらから息子をおじいちゃんに丸投まるなげしてげたんだね。


「えぇと…豊から診断書しんだんしょあずかってるよ。学校には、稔流に無理をさせんように言っとかなきゃならんから」

「そう。おじいちゃんごめんね。お父さんとお母さんが迷惑めいわくけて」

「いやいや、迷惑めいわくじゃないよ。稔流はじいちゃんの孫だからね」

「ありがとう。おじいちゃんは優しいね」(略:俺の親とは違って。)

「…………」


 このくらいにしておくか、おじいちゃん挙動不審きょどうふしんになってるし…と思いながら、稔流はランドセルを背負せおった。

 ……ああ、でも丁度ちょうど良く祖父がいるのだから、証人しょうにんになってもらおう。


「ねえ、ひいおばあちゃん。俺っていつまでならこっちの家にいていいの?俺が来る前は、ひとり分の食事を用意するのが手間てまだからって、母屋おもやの方に行ってたんでしょ?」


 曾祖母も、にっこりと笑った。

「ご飯なら、稔流ちゃんがいてくれれば作るのも楽しいよ。稔流ちゃんはいっぱい食べてくれるし、作り甲斐がいがあるよ」

「…………」


 本当は稔流が食いしん坊ではないことに曾祖母は気付いていたから、今日の朝食の量が半分になっていたと思うのだが……?


「稔流ちゃんがたいだけいればいいよ。母屋おもやの方に行きたくなったら行けばいい。母屋で寝泊ねとまりするようになっても、稔流ちゃんがまたこっちに来たくなったらいつでもおいで。どこでもかぎいてるからね」

「…………」


 かぎいている場所が多いとは思っていたけれども、全部開いているとまでは思っていなかった。


「うん。ありがとう、ひいおばあちゃん。これからもお世話になります」

 稔流は、ぺこっとお辞儀じぎをすると、祖父に付いて外に出た。


 祖父のとなりに来てチラリと見ると、祖父は何とも言えない微妙びみょうな顔をしている。

 多分、稔流がもどってくるように説得せっとくして欲しい、とでも両親に頼まれていたのだろう。


「おじいちゃん」

「何だ?」

「俺の事なら心配しないで。ひいおばあちゃんの家にいるのって、俺は楽しいから。でも、おじいちゃんが、ひいおばあちゃんはもう年を取っていてひ孫の面倒めんどうをみるのは大変だ、って思っているなら仕方無いけど」

「……いや、ひいばあちゃんは喜んでるからなぁ…」

「俺もそう思うよ。あと、おじいちゃんは全然悪くないよ」

「……そうか」


 祖父は苦笑した。

「稔流は、ずいぶん大人になったなあ」

「ありがとう。まだだけどね」


 稔流は、軽い気持ちで言ったのに。

 祖父の顔色が変わった。


「稔流、学校で《神隠し》について聞かれたら、何も知らない、覚えていないと答えなさい」

「え…?」


 どうして、ここで《神隠し》が出てくるのだろう?

 稔流がことを知っているのは、稔流自身とさくらだけのはずだ。


 両親の口からは、稔流が『行方不明』になったことがある、というほのめかしすら聞いたことはない。

 なのに、どうして祖父はこんなにも真剣しんけんな目をして《神隠し》という言葉を稔流から遠ざけようとしているのだろう?


「言われなくても…、神隠しなんて、知らないんだけど……」

 うそは苦手だけれども、『知らないことになっている設定』なら承知しょうちしている。


 でも、知りたい。祖父が何をかくしているのか。


「神隠しって何?俺は聞く権利があるよ。おじいちゃんがかくしているのは、俺自身の事なんだから」


 ゆずれない。ゆずらない。

 自分以外の人間だけがすべてを知っていて、子供だからと隠されたままなのは、もう嫌だ。


「教えてよ。天道村の人たちは《神隠し》をどういうものだと思っているの?《神隠し》から帰って来た子供のことを、どう思っているの?」


 ここで、稔流は年相応としそうおうままを言った。


「教えてくれないなら、俺は学校に行かない!教えてくれるまで不登校になってやる!!」

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