第2話 学校に行きたくない(二)

 もっとも、さくらが言うには

「村八分になるだけの理由もあるのだぞ?」

ということらしいが。


「意地悪をする側の理由なんて、いくらでも勝手に付けられるじゃないか。新入りはどこでも大抵立場が弱いのに」

警戒けいかいしているんだよ。この村は元々かくれ里だからな。移住希望者が下見に来たら、それは親切に歓迎かんげいされたのに、住んでみたら違ったとよく言うが、実際に暮らすとなればんだよ。新入りとは、隠れ里の平安へいあんを乱しかねない『異物いぶつ』だ。ごうに入ればごうしたがえだ。この村での礼儀れいぎ義務ぎむについて、自ら頭を下げて教えをうくらいでないとやっていけぬよ。実際、上手くやって居着いついている者もいる」

「…………」


 稔流みのるだまった。

 だから田舎は面倒めんどうなんだよなぁ…と思いつつも、さくらと言いあらそいたくないし、今気になるのは稔流自身が学校で『学校八分がっこうはちぶ』にならない方法だ。


 子供達の閉鎖へいさ性も高いが、教員もいわく付きが多い。

 天道村立天道小学校、及び中学校は秘境ひきょうに位置する為、他校で問題を起こした教員が左遷させんで飛ばされてくるのだ。

 良い先生は冤罪えんざいか、新人や正規採用待ちの嘱託しょくたくという、勤務地をほぼ選べない教員だ。


「何その令和版島流し……」

「あまり気にむな。流刑るけいになった分際ぶんざいで、ここでも問題を起こすようなら鳥海とみが動く」


 村の王・鳥海とみさんが県庁にコネを持っているので、問題のある教師は大抵1年で別の流刑地るけいちに異動になるらしい。

 でも、後任がよりましかどうかはわからないし、結局は担任ガチャで当たりを引くことを祈るしかない。


「稔流の場合、宇賀田うがた本家の直系という貴種きしゅと見なされるか、客人まれびととしてむかえられるか、どちらになるかは行ってみないとわからないな」

「まれびと、って?」

「文字通りの客というよりも…この村の感覚では《外》という異界いかいからの来訪者らいほうしゃだ。天神様と宇迦うかの姫神様の神域しんいきの向こう側からやって来る者を、客人まれびとと呼ぶ」

「異界…。3年早く厨二病を発症はっしょうしそうなんだけど」


…ちゅうにびょう?とさくらは小首をかしげたが、説明を続けてくれた。


「村人の、客人まれびとに対する感情は複雑ふくざつなものなんだよ。ここはおくまった土地だから、めずらしいものや便利なもの、新しい知識などありがたいものをもたらす者は《外》からやって来る。一方で、村人にはどうしようもない、厄介やっかいわざわいを連れてくるのも、客人だ」

「災い…?」

「一番の災いは、やまいだよ。流行病はやりやまいは、必ず外からやって来る」

「あ……」


 さくらが「子供は簡単に死ぬ」そして「どの墓も当歳とうさいだらけだ」と言った墓園を思い出した。


「この村も、人口が三割以上死ぬほどの災厄さいやく見舞みまわれた事があるし、もっと小さな集落ならたった一度の流行病はやりやまいで全滅することもある。病ほど恐ろしいものは、そうそうないんだよ。今は車で2時間ほど走れば大きい病院に行けるようになったけれども…それでも、客人まれびとが何らかのわざわいを連れて来るという怖れは、この村にんだままだ」

「…………」


 村に医療いりょうを、という志でこの村へ行くことを選んだ父。

 幼くして命を散らせた、その魂からったという、座敷童――――


 怖れも、悲しみも、この村では迷信ではないのだ。


「だから、稔流は客人になるな。子供は残酷だ。《外》から突然やってきた本家の血筋という両極端をどう扱うか、楽しみにしているだろうよ」


…うわあ。心からイヤだ。やっぱり学校行きたくない。


「策はあるから安心しろ。稔流の『きつねの子』の見かけを利用して、宇賀田うがたの頂点だと見せつけてやれ」


 稔流が河童かっぱきつねに気に入られてさらわれたのは、稔流の髪と瞳がきつね色であったからだ。

 このように色素しきそうすい者は『狐の子』と呼ばれ、どういう訳か宇賀田うがたの一族、それも本家に近い血筋ちすじにだけ現れるのだという。


「稔流が思うより、本家の家格かかくはまさに別格べっかくなんだよ。宇賀田うがたに限らず、鳥海とみ波多々はたた比良ひらも同じだ。宇賀田うがたの本家は、つい最近まで稔流の爺様じじさまえると思われて、分家が出しゃばるあやうい立場だったが、ゆたかと稔流が来てから風向かざむきが変わった。だから、稔流は堂々としていればいい。出来るだけえらそうな自己紹介でもしてやれ。対等たいとうな関係をきずこうなどと思うな。められるな。本家として人の上に立つ義務を果たせ。心優しい貴種はつぶされる」

「…………」


 さくらは、まだ稔流のことを心優しいと言うのだと、稔流は微苦笑びくしょうした。

 さくらにとってだけ、優しい自分でいられれば、それでいい。



 久しりに聞く目覚まし時計の音に目を覚ますと、いつもは稔流のとなりに転がっているさくらの姿が消えていた。学校に行く前に、少しだけはげましてもらいたかったのに。


 布団ふとんたたんで着替えると、どこからか毛並みのいい細長いものが飛んで来て、ぷらーんと稔流の首にぶら下がった。


「あれ?むすび。さくらと一緒じゃないの?」

「あら、ひとりで早起き出来たんだねえ。えらいねえ」


 ひとりでむすびに話しかけていたら、背後から曾祖母そうそぼに話しかけられたので、稔流はおどろいてぐるんとり返った。

「えっと……ひとりで起きるって、当たり前じゃない?」


 親にたたき起こされる子供がどのくらいいるのか知らないけれども、父が倒れる前は共働きで朝は忙しく、稔流がうっかり寝坊ねぼうして気付いた時にはもうテレビが朝の連ドラ、というのを一回やらかしてからは、絶対に寝過ねすごさないように心がけている。


「当たり前のことを当たり前に出来るのが、一番えらいことだよ。新しいことが出来た時しかめなかったら、大人はしかるばっかりになる。大人も子供も悲しくなってしまうよ」

「…………」

「何かしてもらったら、ありがとうって言うのに似てるかもねえ。当たり前になったからってお礼を言わなくなったら、幸せが見えなくなってしまうからね」

「…………」


そんな考え方もあるのかと稔流は新鮮しんせんな思いがした。


(当たり前だ)


 昨夜のさくらのぶっきらぼうな返事を思い出した。それでいて、照れていたことも。

 さくらが、稔流を大切に思うのは当たり前。稔流も、さくらを大切に思うのは当たり前。


 それは嬉しくて幸せなことだから|、いつでも、何度でも、り返し、伝えたい。

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