第3章 学校に来る座敷童

第1話 学校に行きたくない(一)

 天道村てんどうむらの学校の夏休みは短い。8月下旬から登校日となる。

代わりに、寒い時期が長く雪深いので冬休みが長い。


稔流みのる。あからさまに気怠けだるいな」

「うん…。学校、行きたくない…めんどくさい……」


 稔流は、座布団ざぶとんまくら代わりにしてうつせに寝たままぼやいた。

「今のところ、学校のうわさって、悪い話しか聞いてないんだよ…」

「田舎なんだからあきらめろ」

とさくらは素っ気ないが、


「稔流はウッカリ我慢がまんしすぎるからな。居心地いごこちが悪いようならさっさと不登校とやらをやればいい。母様かかさまさわぐだろうし父様ととさま爺様じじさま婆様ばばさまは困って心配するだろうが、ひい婆様ばばさまならいつも通りにふわふわした感じでかくまってくれるだろうよ。そうすれば、私は一日中稔流と遊べる」

「…………」


 さくらは稔流が学校に行くようにはげましているのか、本当に一日中稔流と遊ぶ方が本命なのか、どっちなのだろうか。


 稔流は、ぼんの入りからずっと曾祖母そうそぼが住まう古民家の方で過ごしている。一日中遊べると言うさくらだが、気が付けばその辺に転がって昼寝をしていたり、ふらりと出掛でかけていなくなったりするので、その間の稔流はひまだ。


 祖父母が時折様子を見に来るので、えずスマートフォンとノートパソコン関係一式、引っ越し前の学校やじゅくで使っていた教科書を持って来てもらった。


 持って来てもらってから、思った。……これって、ほぼ机の上にあったか引き出しに入っていたものなのでは?


 いっそ机ごと持って来て貰えばよかったと思ったが、そうすると稔流は本格的に曾祖母の家に居座いすわることになる。

 イコール、両親との別居だ。実は、あの墓参りの日から稔流は両親に会っていないので、居場所は同じ敷地しきち内でも家出状態が続いている。


 曾祖母は今のところ何も言わずに稔流をこの家に置いてくれているが、稔流と両親の亀裂きれつを内心どう思っているのかはわからない。

 心配をかけているのならば、稔流は新しい母屋おもやに戻って、両親に謝るべきではないのか。


「…って、そういうの、めたんじゃん俺!ままなんだから!!」


 両親は困ったり後悔したりはしただろうが、傷付いたのは稔流の方だ。なのに、何故なぜ子供が先に折れて親という大人に気をつかってあげなければいけないのだろうか?


「何のことだ?」

さくらが不思議そうに問う。


 稔流が天道村に引っ越してくることになった経緯いきさつは、さくらは稔流が何も言わなくても知っていたようだったが、稔流視点の事情は誰にも話していなかった事に気付いた。


――――さくらには、話してみたい。


 ただ、聞いて欲しいと、稔流は思った。大人には、もう言っても何もかも遅くても。


「……俺はね、本当は東京をはなれるのが嫌だったんだ。もう5年生だから前の学校の友達と一緒に過ごして、一緒に卒業したかったんだ。周りにられてじゅくに入って中学受験の勉強をしていたけど、一所懸命いっしょけんめい努力していたのは本当の事だから、本命の学校の入試に挑戦ちょうせんしてみたかったんだ。…でも……」


 父は天道村行きをひとりで決めてしまったし、母は稔流の希望によっては単身赴任たんしんふにんにすべきだ思いつつも、本音では父が心配で一緒に天道村に付いて行きたいと思っていた。


(俺だけ我慢がまんすれば、あきらめれば、みんな喜ぶんだ)


 稔流が『高校と大学は好きな所を選ばせて』と言って事をおさめたのは、いずれまた家族3人で東京で暮らす日々に戻れると思っていたからだ。


 十年納骨のうこつせずに手元に置いていたみのりの遺骨いこつを天道村の墓に入れ、両親もまたこの村に骨をめることを決めていたなんて、稔流は聞かされていなかった。


 先祖代々『村長そんちょう』と書いて『むらおさ』とも言う鳥海とみさんの顔を立てて、何年かはこの村の診療所で働かなければならないが、その後はまた東京に戻れると思っていたなんて、稔流の勘違かんちがいでしかなかった。


 この村に高校が無い以上、稔流は満15歳で下宿住まいか独り暮らしをすることとなり、それがそのまま両親との別れの時になる…だなんて。

 何も知らないまま、知らされないまま、稔流だけが自分の望みをあきらめて、この村に来てしまった――――


「良くないぞ」


と、さくらは言った。

「全然良くない!稔流は、自分ひとりが心をめれば丸く収まると思ったのか?そんなの、全然丸くない!稔流のところだけ大穴だ!誰も気が付かない、稔流も自分で気付いていない、そんなの、全然、ちっとも、良くないぞ!!」


 憤然ふんぜんとした声と共に、稔流はごろんと仰向あおむけにひっくり返された。

「私は、稔流以外の全員にあないていても、稔流だけは笑っていて欲しい。…あ、私は穴など空けないぞ。私が私の心を殺したら、稔流が悲しむだろう?」


 すぐ真上からさくらのが稔流の顔が見下ろすので、真っ白な髪の毛がさらりと稔流のほおでた。近い。

「スイカでも食べるか?」

「もう歯をみがいたよ!!」


 自分だけ顔が真っ赤になるのがずかしい。でも、うれしかった。

「うん…。今は知ってるよ。俺が俺の心を殺したら、さくらが悲しくなるんだ。さくらは、俺のことを大切に思ってくれてるから」

「…当たり前だ」


 ぷい、とさくらがそっぽを向いたので、稔流はクスリと笑った。

「さくらの言う通りだよ。当たり前だから、俺はままになったんだよ」


 稔流がこの家にとどまっていることについて、曾祖母がどう思っているかは、明日直接聞いてみよう。もう、曾祖母はいつも通り8時前には寝てしまったから。

 明日は学校に行こう。勇気を出して。


 そう、我慢がまんはしなくても、勇気は必要なのだ。

 天道小学校の児童達は、みな幼稚園・保育園時代からほぼ同じメンバーで、中学校も村に一つしかない。実質幼保小中一貫校というとんでもなく閉じられた世界に暮らしている。


 余所者よそもの肩身かたみせまく、大自然に囲まれた農村に夢を持ってやって来た人々の多くは、馴染なじむことが出来ずに村八分にされ、心折れて去って行くのだという。怖。

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