第12話 許婚たち(三)

「座敷童は、生前のことを覚えていればその名を名乗る。あやめもそうだった。でも、あまりにも幼いうちに死んだ魂は、自分の身の上など覚えていない。私のように、二度も座敷童にった者は、前例すらないと、天神様も姫神様も言っていた」


「二度も…?」

「…………」


 その問いに、さくらは答えなかった。

 でも、分かったことはある。


 座敷童とは、短くとも『生前』という命を生きて死んだ者の果て。だから、座敷童はみな人間の子供の姿をしているのだ。

 さくらは、生前の記憶を持たないほどの幼い子供だったか――――或いは、《みのり》のような水子だったのか。


 神隠しの時、『なし』だったのは、名前を付けてもらうのを断ったからだと言っていた。何故さくらがこばんだのかはわからないが、生前の名前を覚えていなかったか、始めから名前がなかったか、どちらかなのだろう。


「戦争が始まると、満二十歳以上の男は徴兵ちょうへい検査が義務になった。でも、誰でも戦争に行くわけではないし、天道村は少なかった。検査を受けても、現役には適さないとされる者が多かったから」


(わらじ足だから兵隊にも取られなかった)


稔流は、曾祖母そうそぼの話を思い出した。

「…わらじ足のこと?」


「ああ、《外》では扁平足へんぺいそくというようだな。わらじ足は、前線にけるような合格にはならない。でも、わらじ足の男は軟弱ではないよ。天道村では働き者の足と呼ばれていて、わらじ足の男に娘をとつがせたいと言う親もいたくらいだ。わらじ足は、特に宇賀田うがたの家に多かった。宇賀田は宇迦うかの姫神様――食の神様をおまつりしてきた家で、格の高い家の者でも子供の頃から田畑でよく働いたから。天道村全体でも、兵隊に出せる男の割合は《外》より少なかった。それを《外》奴らはめた。お国の役にも立てない非国民の集まりだと。米や野菜を作って、自分たちだけたらふく食べていると。…こんな山奥の隠れ里にそんな余裕は無いというのに、強欲な者はそのような眼鏡でしかものを見られない」

「…………」


 敢えて孤立することを選んだ隠れ里では、いつからかわからないほど昔から、村の中だけで食べ物が回るように分け合ってきたと、この村に来る前に父から聞いた。

 野菜は少し余分に作ってよそに分け、よそからは自分の家には無いものが貰える。おかずや漬物もそうだ。

 

 一軒の家ではかたよってしまったり足りなくなってしまうが、物を交換して循環させることで、村全体が生き残ることが出来る。

 それが、濃密でわずらわしい村人の距離感と紙一重の、隠れ里の人々が生き抜く知恵であり、だからこそ村八分は致命的なことだったのだ。

 

「あの時代、隠れ里は隠れ里ではいられなくて、村から志願兵を出すことになった。志願兵はもっと若くても志願出来たから。善郎よしろう波多々はたた跡取あととりであったのに、満16歳で志願して戦争に行った。あやめに、必ず生きて帰るから待っていて欲しい…と言い残して」


 さくらは語る。どうしようもなく悲しく、心が千切ちぎれそうに切ない物語を。


「約束通り、善郎は生きて帰った。…でも、あやめはもう待っていなかった。あと少しで数え十五に届きそうだったのに、はいを病んで死んだ。それから何年かって、天道村にあやめの魂が戻って来た。あやめは、座敷童にった。生前の記憶があったから、そのままあやめと名乗って、善郎よしろうがいる波多々はたたの家に居着いた。……善郎のそばにいたくて。善郎を守りたくて」


 ――――座敷童というこどもであっても、その心は夫と共に生きたいと願う新妻のように。


 稔流は、目が熱を持つのを感じながら、引き裂かれた恋人達を思った。

 あやめは、どんな気持ちだったのだろう?いつでも傍に寄り添っていたのに、善郎は生きている間ずっと、気付くことは出来なかった。


「善郎は、長く生きたいとは思っていなかっただろうな。でも、あやめの元を旅立ってから八十年生きた。心根が優しくて強い男だったから、家の者からろくにかえりみられなくなっても腹を立てなかった。なげくこともしなかった。もし、善郎が誰かをうらむか、不自由な身の上に絶望していたら、あやめは本家をたたって滅ぼしたかもしれない。…でも、そうは出来なかった。善郎が不自由なく生きていけるよう、波多々の家が栄えることを祈り、善郎には座敷童の加護かごさずけて守り続けた。……早く、善郎が死んで魂だけになって欲しいと願いながら」


 善郎の枕元まくらもとに座っていたあやめは、美しい死神のようだった。


(私ね…、ずっと、この時を待ち続けていたの。…このひとが、死んでくれるのを)


「善郎が死んだからって、座敷童のあやめと結ばれるかどうかもわからないのに、あやめはずっと善郎の死を待っていた。…姫神様が、数え十五ほどに成長したあやめのお祝いに、振袖ふりそでおくるまでは」

「天道村の習わしで、数え十五で成人するから?」

「ああ。もうこどもではないから、好いた男のところへ行けばよいと。…旅立つあやめへのはなむけだったのだろう」


 健気けなげな、悲しい座敷童は、優しい死神だった。

 まだ生きている愛しいひとの命を、かまり取ることは出来なかった。

 自分の姿を見てくれることはないかつての許婚いいなずけが、若い姿から老いてゆき、その命を終えるまで、ずっと守り続けた。

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