第5話 狐の縁結び(二)
稔流にとって、さくらはあたたかい恩人であり、今まで出会った誰よりも何よりも綺麗だと目が覚めるような思いがした存在だった。
人間のものではない力を
出会った時から特別で、特別の中でなお、《
人生がどれ
「さくらは、名前を付ける前から、俺の特別だったよ」
「稔流は、どうしても私を
「
喜んで、と返事を
「
でも、
母のお産は一度だけなのに、自分は両親にとって、たったひとりの特別な子供ではなかった。
稔流が信じていた世界は、6歳の誕生日の夜に壊れたまま、今でも小さな硝子の破片のように無数に散らばって、忘れた頃に稔流の心に突き刺さる。
稔流が持っている『特別』は、半分の特別でしかない。
だから稔流の誕生日が来ても、母は半分しか喜べず、お祝いが終わった夜に
――――本当は、半分ですらないのかもしれない。
死ぬことで両親の中で永遠となったみのりには、一生かなわない。そう思うようになってしまった。
「みのりは知らん」
素っ気なくさくらは言った。
「会ったことがないから、どうとも思わない。子供は簡単に死ぬものだ。あまり死ななくなったのは、ここ何十年かの話だよ。どの家の墓も『
稔流は、父が天道村の診療所で働きたいと思った一番の理由を思い出した。
父はきっと、医療の手が届かず
「でも、稔流は
「……どうして?」
「名前とは、とても強い
稔流は、言葉を失った。
必要だと答えたなら、さくらは本当に全力で探してくれるのだろう。稔流が否定しても、何度でも言ってくれるのだろう。
(一番大切な、私の稔流)
きっと、稔流は同じ心を
(一番大切な、俺のさくら)
「この『むすび』は、これからは私がいちいち命令しなくても、勝手に稔流の近くをうろちょろして様子を見に行きたがるだろうな。…こら、むすび。いい
「…………」
「稔流」
さくらが、ひょいっと稔の顔を覗き込んだ。
「
「…そう、なんだけど」
『私の稔流』の連打で耳まで
「自分でも、格好悪いなあって思うんだけど…
格好悪いのも、
今日の墓参りと納骨の法事を思うと気が重くて、本当は行きたくなんかなかった。
でも、イヤだと駄々をこねては両親を困らせるし、きっと傷付ける。
大人になりたいなら、この程度の事は
(俺の誕生日が書いてあるお墓なんて、見たくない)
叫んだ自分の言葉は、
「稔流は格好悪くないぞ」
「え、…!!」
息が、止まるかと思った。さくらが、ぽふっと抱き付いてきたから。
背丈の差が少なくなったから、真っ白な髪がふわりと稔流の
「ギリギリの所で自分の心を守るのは、自分自身にしか出来ない。
「…………」
「稔流が、本当の心を殺さずにいてくれて、よかった。…私には、稔流以上に大切なものなど無いから。私が一番消したくないのは、本当の稔流の笑顔だから」
「…………」
「私に、ここまで言わせた男は、稔流だけだぞ。私には、稔流が一番、誰よりも格好いいよ」
ここまで言われたら、次は「一緒にトマトでも食べるか?」とか言われそうな顔になるしか、ないじゃないか。
「…そろそろ戻ろうか。また神隠しだと思われては困るしな」
ふわりと、かけがえのないぬくもりが、遠ざかるのが少し
「ひい
さっきから、
「人間も妖怪も、神でさえ、全部自分勝手で身勝手だ。死んだ子を
「……うん」
自分の心は自分しか守れない。きっと、そうなのだろう。
でも、稔流が正直になれたのは、黙って
「…ありがとう、さくら」
「何がだ?」
「全部だよ」
「そうか」
「ひい
「言われると思ったんだよ!!」
帰ろう。一緒に。
もう少しだけ、ふたりきりで寄り道をしながら。
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