第4話 狐の縁結び(一)
「
さくらが言うと、草むらからしゅるりと何かが飛び出してきて、
「うわっ!?」
細長いのに四本の足がついていて、きつね色のふさふさした毛並みがいいかんじの、何か。
「やはり、稔流に
「え…?」
ふさふさと、目が合った。見覚えがあるような気がする、
「そいつに、稔流に何かあるようなら私に伝えるように言っておいた」
白い指が、細長い狐の頭を
「あ…それで……」
さくらが突然墓地に現れたのは、この狐が、稔流の心の危機だと判断したからなのだろう。
「5年前、稔流が帰って来られなくなったと、私に教えてきたのもこの
「そっか…、助けてくれたんだね」
「そうとも言い切れないがな」
さくらが言うには、この『
さくらは、稔流の首元にくっついている管をじろりと横目で見た。
「あの河童が稔流を
さくらの声は不機嫌で、狐はしょぼくれたような顔で「きゅぅ」と小さく鳴いた。
「いいよ、さくら。5年も前のことで
絶対、稔流を帰した後で、管という狐はさくらにガッチリ
「
稔流は、一瞬血が引くような感覚がした。
……そうだ。さくらは子供の姿をしていても、座敷童を名乗っていても、本気で怒れば雷と炎で全てを焼き尽くす、荒ぶる神でもあるのだ。
「稔流ならきっと止めるだろうと思って、雑巾みたいにぎゅうぎゅう絞るところでやめておいた」
「えっと…ぎゅうぎゅう絞ったら、骨が折れちゃうんじゃ…」
「折れる骨など無いよ。そいつは『狐の形をしているだけ』の
稔流は、おそるおそる、管の細い
…もみもみ、もにもに。むにむにむに。
「なかなか良い
「何か、
「そいつも
よく見ると、
稔流はほっとした。この、何だか憎めない感じの狐が、どうやら今も元気でいてくれて。
「…
「うん…」
さくらが、意外そうな顔をした。
「ちょっとは悩むか迷うかすると思ったが、案外あっさり答えるのだな」
「悩まないし、迷わないよ。さくらが誤解だって言っても、俺はさくらを優しいと思ってる。…でも、河童や狐の子供が泣きながら、死にたくないって言うくらいに…あの時殺そうと思えば殺せた、そういう…」
人、と言いかけて、稔流は言葉を繋げた。
「神様…なんだってことも、知ってるから」
知っているし、もう、気付いている。
さくらもまた、人間である稔流の前では、人間と同じ命と心を持てない自分を
「優しい時も怖い時も、一番綺麗なのはさくらだから。俺には、それだけでいいんだ」
「……………………」
さくらが、こんなにはっきりと
「
「え…?本当のことしか言ってないよ」
「天然か。思わせ
さくらは、ぷいとそっぽを向いた。
「…でも、稔流のそういう所は、嫌いじゃない」
「うん…」
想っているのに、どちらも「好き」と言えずにいる、思わせ振り。
「管」
さくらが、どこからか
「ひとまわり、小さくなったような…」
「このような管に入れて持ち歩くから管狐というのだが、ちょっとくらい小さくなって収まってくれないと使い勝手が悪い」
「管狐…」
ふと、稔流は思った。
「じゃあ『くだ』っていうのは、この狐だけの名前じゃないの?」
「管は管だよ。私もいくつか飼っているけれども、全部見分けが付くから不自由しない」
(名は無いよ)
「どうかしたか?」
「……この狐に、名前を付けてもいい?」
さくらは不思議そうな顔をしたが、納得したようだった。
「稔流は、名前を付けるのが好きなのだな」
「そういう訳でもないんだけど……」
でも、さくらと
「むすび、っていうの、ダメかな」
さくらが、不思議そうを通り越して、
「おい…稔流。それはかなり上位の神の名だぞ?特に
「え?そうなんだ??」
「むすびはとは、
「だったら、わかりやすいそれで合ってるよ」
稔流は笑顔を返した。
「さくらはきっと、俺が知らない所でもずっと俺を見守ってくれていたんだよね。でも、神隠しに
「…ふむ、そういう
さくらは、竹筒から顔を出している管狐の頭をちょんちょんとつついた。
「管、今日からお前の名前は《むすび》だ。名前負けするなよ」
狐の妖怪でも、嬉しそうに目がきらきらするんだなあ…と稔流は思った。散歩に連れていかれる犬みたいだ。
「むすび、しばらく好きに遊んできていいぞ」
むすびは、コンと一声鳴いて、またしゅるっと稔流に巻き付いた。
「えっと…俺と遊びたいの?」
「名を付けて
「…………」
どちらが先なのだろう?
名を持つと特別になるのか。特別だから名を付けるのか。
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