第14話 狐の嫁入り 

「……そろそろか」

 だんだん明るくなってゆく、晴れた空。なのに、ぱらぱらと大きな雨粒が風に乗って飛んでくる。


「お天気雨だよ」

さくらは言った。


きつねの嫁入り、…とも言う」

「あ…」

 遠くから、しゃらん、しゃらん、とたくさんの鈴の音が聞こえる。


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん…


 木立の向こうから、誰かがやってくる。ひたひたと、足音は静かに。


 着物を着た人々の行列だ。その着物が普段着ではないことは、稔流にもわかった。

 言葉は知らなかったけれども、日常ではなく、ハレの日のよそおい。


「見えるだろう?狐も河童も人間も、同じように見えたみのるの目なら」


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん…


 ゆっくりと進んでゆく行列の人々は、皆白いきつねの面をつけていた。

 そして、その中でも特別だとわかるのが、大きなかさをさしかけられて純白の着物をまとっている…きっと女のひと。

 頭部をすっぽりとおお帽子ぼうしのようなものをかぶっているから、そのひとも狐の顔なのかどうかはわからなかったけれども。


「着物は白無垢しろむくかぶっているのは綿帽子わたぼうしだ」

「…はなよめさん?」

「そうだよ。となり花婿はなむこだ」


 花婿はなむこは、…狐なのだろうか?よく見えない。何も被っていないのはわかるのに、どうしてかかすんでよく見えない。

「…ふふ、花婿は誰なのであろうな」

「さくらも、しらないの?」

此処ここは、天道村てんどうむらであって天道村てんどうむらではない場所だ。私もこの村の全てを知っている訳ではないよ。でも、きっと…」


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん…


「幸せなのだと思うよ。…ほら」

「わぁ…!」

ぱらぱら降り続ける雨に朝の光が差し込んで、空に七色の橋がかる。


「これが、いいもの?」

「稔流がそう思うのなら、そうなのだろうな」

「うん…すごく、きれい」


 夜明けの花嫁行列はなよめぎょうれつ。幸せそうな花嫁と花婿が結婚する日。

 祝福するように空をいろどにじ。幻想的な光景は、とても美しくて。


「…いいな…」


 聞こえるか聞こえないか、そんなかすかなつぶやきだった。

 祝福しゅくふくして微笑ほほえんでいるのに、さくらの横顔が哀しげに見えた。


 どうしたの、と言いかけて、稔流は聞けなかった。


 「いいな…」という小さな声は、今まで大人びて見えたさくらの言葉とは、少し違うような気がして。

 本当に幼い女の子が、七夕の短冊たんざくに願いを書いたのにささつるさずにあきらめてしまったような、さびしい悲しさを感じて。


 でも、さくらはとなりの稔流に気付いて、稔流の疑問に答えるように言った。


「私は、あのような花嫁にはなれない。大人になることが出来ないから。私に名前が無くても困らなかったのは、特別な家…宇賀田うがたの本家の座敷童ざしきわらしだからだ」

「…ざしきわらし?」

「ひい婆様ばばさまから聞いたことがあるだろう?稔流のひい爺様じじさま太一たいちは子供の間は時々私の姿が見えていたし、お嫁に来た喜代きよも私の姿は見えなくても、声や物音は聞こえている。…今でも」


 稔流は、曾祖母そうそぼが「時々食べに来る」と言って、縁側えんがわにスイカをせたお皿を置いていたのを思い出した。


「私は、稔流のひい婆様ばばさまが住んでいる古い家に居着いている座敷童ざしきわらしだよ。…太一たいちが産まれる前から、あの家にいる」


 稔流は、驚いて言葉を失った。

 さくらは、子供だ。子供の姿をしていて、さくら自身も大人にはなれないと言っているのだから、子供なのだ。


 でも、既に故人である曾祖父そうそふが生まれる前から、さくらはあの古い家に住んでいる。そうであるならば、さくらの本当の年齢ねんれいは、何歳なんさいなのだろう?


「本当のとしはいくつか、などと聞くなよ?」

「…………」

「私も、知らないから」

 さくらは、花嫁行列はなよめぎょうれつを見送りながら言った。


「座敷童には、居なくなっても心配してさがしたり名前を呼んだりする親は居ない。大人になれないから、むかえに来る花婿もいない。昔は座敷童はたくさんいて、名前を持っている者もいた。数が多いから区別する為に名前をつけたり、つけなくてもの名前を覚えている者もいたから。………みな、成長して私よりも先に消えていった。大人になるなら、座敷童とは言えないから。今では居心地いごこちの良い古い家も減って、座敷童の数も少なくなった。そうでなくても、私は昔から『宇賀田うたがの座敷童』で通じたから、名前は無くてもいいと思っていた」

「…………」

「でも、もう違うよ。誰も私をさがさなくても、むかえに来なくても。稔流が私を《さくら》にしてくれたから。稔流も成長して大人になって、いつか私の姿を見えなくなる。それでも、名前をもらった私は、ずっと《さくら》でいられる。…いつまでも」


――――泣いては、いけない。

だって、泣くのは、男らしくないから。


「…ぼくじゃ、だめ?」

「何のことだ?」


 男じゃないと、こんなことは言えないのから。


「さくらをむかえにいくの…さくらのはなむこさんになるの、ぼくじゃ、だめ?」


 さくらは、驚いた様子で稔流を見た。そして、少し困ったように言った。


「子供のままの花嫁などいないぞ。座敷童ざしきわらしわらし河童かっぱわっぱも、子供という意味だ。成長して大人になったなら、それはこどもとは呼べない。大人になるなら、それと引き替えに消えてしまうか、《子供ではない何か》になって、遠い遠いどこかへ行かなければならない」

「そんなの…イヤだ!きえないで、きえちゃいやだよ。いなくなっちゃダメだよ。おねがい、さくら…!」

「消えないし、いなくならないよ。私は、った時からこの姿のままだ。ほかの座敷童と違って、成長したことがない。……成長しなければ大人になることもない。稔流が大人になって、私の姿が見えなくなってしまう方が先だ。…それでいいんだよ。稔流」


 稔流は、ぎゅっと目をつむって強く左右に首を振った。涙のしずくが散った。

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