第11話 童女神(二)

 誰ひとり逃げられないように囲み激しく燃えさかる炎が、少女の怒りそのものだった。

 美しく恐ろしい少女は、稔流みのるひとりのため鉄槌てっついを下す、さばきの神だった。


「黒焼きになるか、白い灰になるか、どちらかを選べ。望み通りにしてやる」

「わあぁぁん!やだよ!やだよ!」

「こわい、こわい、しにたくないよぉ!!」


 河童、狐と呼ばれた子供達は皆そろって泣き始めたが、少女の視線は冷ややかで、その黒い瞳の奥にはくらい炎が燃えていた。


「稔流も、お前達と同じように怖いと、死にたくないと思って泣いていたものを。見知らぬ場所で、たったひとりで…!御託ごたくはよい。灰も残さずに消してやる!!」


 少女が片手を天に向かってりかざした。

 その小さな手が振り下ろされた時、最後のさばきのいかづちに打たれ、全てが終わる。



「ダメだよ!」


稔流は、必死に背中から少女にしがみついた。


「ダメだよ!しぬなんて、だめだよ!!」

「何がいけない?河童など、消してもそのうち勝手にどこぞの池か沼からいてくる。狐も山にいくらでもいる。姫神様は困らないし私も困らない。…私が来るのがもう少しおくれていたら、稔流はこの者らに殺される所だったと、わかっているのか?」


「……。うん……」

 もう、知っている。悲しいくらいに。


 稔流がコンコンとき込む様が、彼らには面白かった。泣いているのも、泣かせたままにして笑うのも、楽しかった。


 あのまま、稔流のせきが止まり、呼吸が止まり、ひっそりと死んでしまっても、この子供達はこわれたオモチャを放り出すように、稔流にきて置き去りにしたのだろう。


(あーあ、しんじゃった)

(しんじゃった、つまんない)


(つまんない、つまんない)

(ちがうことしてあそぼ)


「でも…、みんな、泣いてるよ。こわいって、泣いてるよ。…ぼくが、こわかったみたいに。だから…もう、こわいことは、しないであげて」

「…………」


 少女の手が、ゆっくりと、下ろされた。


「この者らは妖怪だ。人間とは違う。自分が死ぬのは怖がるくせに、稔流を殺そうとしたことは悪いと思っていないし遊びでしかない、そういう者たちだぞ。人間ならばお天道てんと様が見ていると思いとどまる事でも、妖怪はたわむれにやってのける。妖怪の悪戯いたずらは、幼い人の子の可愛らしいものとは違う。妖怪の悪戯いたずらは人を殺すこともある。……死んだことがある。それも、わかっているのか?」


「……ごめんなさい」

 稔流は、目がじんと熱を持って、涙がかぶのを感じながら、言った。


「わかって…ない。知らなかった。でも……」

「…………」

「でも…、ぼくは、たすけてもらえたから。まもってもらえたから。こわかったけど、おこってないんだ。だから、ぼくのせいで、しんじゃうのは…イヤなんだ」


 ふう、と少女のめ息が聞こえた。


「今度は、私が泣かせたか」

「え…?ちがうよ。ぼくがなきむしだからだよ」

「優しいな、稔流は。全部自分の所為せいにしたがるし、自分を殺しかけた者までゆるそうとする」


(稔流ちゃんは優しいねえ)


 ふと、同じ感覚がした。自分は、優しいのだろうか?…本当に?

 稔流が泣き虫なのは事実でしかないし、河童や狐の子供達を殺さないで欲しいと頼んだのも、自分に関わった子供たちが業火の中で焼け死ぬのが、


――――怖かった。

――――見たくなかった。

 ただ、それだけ。


 ゆるすことも、ゆるさないことも、どちらも考えていなかった。ただ怖かったから、イヤだと言った。

 そんな自分は、『優しい』のだろうか――――?


「これ以上、みにくいものを見せてはいけないのだろうな」


 さあっと、風が吹き抜けた。

 その場には、もう炎はなかった。落雷で燃えながら倒れたはずの木々も、何も無かったかのようにざわざわと風にれていた。

 ただ、静かな夏の夜の中に、稔流と白い髪の少女と、めそめそ泣いているたくさんの子供達がいるだけだった。


「河童と狐。私は稔流の望みをかなえる。今回は、お前達を黒焼きにも灰にもせずにいてやろう。だが、今回だけだ。稔流が頼んでも私が許せないからな。次があるようなら、この世から消え失せると思え」


 有無うむも言わせぬ断言だんげんで、二度とくつがされることはない宣言せんげんだった。

 今この場で、小さな神である少女は、絶対の存在だった。


だまるな。約束しろ。稔流には手を出さぬと。失えば稔流が悲しんで泣く人間も、決してうばわぬとちかえ」


「わかった…」


 答えたのは、稔流を連れてきた緑の少年だった。

「《約束》する。みのると宇賀田うがたは、遊ばない。みのるのともだちも、遊ばない」


 狐面の少女が言った。

宇迦うかの姫神様と、天神様に《ちかう》。狐は、みのると、みのるの大事なものは、遊ばない。でも、狐は姫神様のお使いだから、稔流と宇賀田うがたを守りなさいっていわれたら、守る」


「ふん…」

白い髪の少女は、面倒くさそうに言った。

「さっさと去れ。目障めざわりだ」


 ふっと、子供達の姿が消えた。

 誰もいない。稔流と白い髪の少女以外、誰も。

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