最終話side-K

 唇から、白い息が水平に流れていく。


 俺は走った。


 目指すはあの日、三年前に待ち合わせをしたカフェだ。駅舎から続く高架の上を全力で走る。一段飛ばしで階段を降りる。ヤマモモの植えられた県道を、雪霞ゆきもやを縫うように進んだ。


 俺は手に入れた。ついに夢里さんと会うための鍵を手に入れたのだ。会社にはすでに一ヶ月前、「その日はコロナになるので休みます」と伝えてある。問題ない。


 俺は生きていく中でこれから、今日のように走る日もあるだろう。歩く日もあるだろう。歩けなくて、膝を落とす日もあるかもしれない。そんな時、あの人にはいつも俺の隣で笑っていてほしい。まあ言一こといちさん、慌てないでよろしくてよ、と。俺は器用に帽子をかぶりなおし、ちょっとした強がりを吐きながらも、また前に進んでいくことができるだろう。


 夢里さん。


 夢里ゆめさとりゅうさん。


 好きです。好きです。


 あなたを愛しています。この人生はただの一度きり。生まれることは二度とない。ただ不意に生まれて、不意に消えていくだけ。幾兆の時間の中、たったの1㎡を占有し息をしてきただけ。

 それでも俺にとっては全てだった。ちっぽけな俺が、恋をした。ちっぽけだけど、全てをあなたにもらってほしいと思った。そしてあなたのちっぽけな全てをほしいと願ったのだ。


 ハアッ……ハアッ……。


 ……夢里さん。


 俺の愛する夢里さんが、森野もりのに肩を抱かれている。嫌がっているそぶりはない。静かに微笑んでこちらを見ている。


「言一さん……会えましたね」


 そうか……そうだったか。

 あのバカ、がんばったな。


 がんばり、やがったな……。


「えっ? あ、言一さん!」


 その声にとどまりはしない。俺は背を向け、県道を弾丸のように走った。

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