第3話

 震えるぜハート。

 ハートビートボート。


 夢里ゆめさとさんから、ついに返事が届いた。

 俺はメッセージを読んだ瞬間、シャドーボクシングを始めた。とにかくなにかを殴りたくなったんだ。この世を構成する分子を、素粒子を。拳が風をまとい、無限を撃つ。俺はやった。夢里さんに「好き」と言われてしまった。


 だが……。


 俺のパンチが宙でピタリと止まる。ウィーン、とエアコンの音。


 夢里さんの書いてくれた「好き」って、いったいなんなんだ? あれから追加の連絡は全然来ない。おかしいだろ。恋人同士になったんだぞ? デートの約束とか、甘い言葉のかけ合いとか、テレフォンセックスとかやるもんじゃないのか? んんん?

 不安になってきた俺は、盟友である森野もりのかなめに電話をかけた。あのクソバカだが、もしかしたらミジンコほどの役に立つかもしれない。


『わぁー、言一さんこんばんは! ゲラゲラゲラ』

「やぁ」

『今日はどしたんですかぁー? んふふふふふー』

「あのな。単刀直入に言うが、俺、夢里さんにコクったんだ」

『まじすか!』

「ああ、それで彼女も俺のことを好きだと言ってくれた」

『ええー、ショックだなぁ。ぼくも夢里さんのこと好きだったのに。でも、言一さんが相手なら仕方ないかぁ。んふふふふふ。おめでとうさんですー!』


 なんだとこの野郎?

 お前ごときのうすらバカが夢里さんのことを?

 バカとバラだぞ。合うわけない。お前は下手くそギターでも弾いてオナニーしてろ。


 と毒づいていても仕方がない。俺は、三日前から今までのことを森野に伝えた。


『それ、創作友達として好き、っていう意味かもしれませんよ?』

「どういう意味だこのクソ……いや……とも、だち?」

『そうッス。ぼくも友達に好きって言いますもん。ちなみに言一さんのことも好きすよ! にゃはははははー!』


 そこで俺は一方的に電話を切った。森野から着信があったが無視だ。通信回線がハッカーされてサマーウォーズ状態だったのだとでも後で伝えておこう。

 しかし、だ。そうだとしたら、彼女には俺の気持ちをきちんと伝えておかねばなるまい。

 夢ちゃんとの未来のためだ。俺はスチャッ! とスマホを準備する。来いや、未来への道。


『夢里さん、俺はですね、異性という意味であなたのことが好きなのです。ああ、あなたは夜空を彩る星空だ。夜を光に変えてくれる。くしくも闇は闇なのだ。だがその闇を光と思わせてくれるだけの鳴動があなたには在る』


 よし完璧だ。この文章を考えるのに十七時間くらいかかったが大丈夫。会社の方には「ゴホッ、ゴホッ、調子が悪くて、ゴホッ! あ、コロナじゃないすよ!」と伝えて欠勤した。ノーベル平和賞のためだ。取引先との会議など些末なこと。……あれ? 文学賞だっけか? よくわからん。ずっと起きているからな……。

 すると森野からLINEがあった。


『ぼくも夢里さんと会いたいなー!』


 黙れこのカス野郎!!!!!!!!!!


 壁を蹴った。なんでもいいから、誰でもいいから壊してやりたかった。だが隣人からの反応はない。後日聞いたところでは、急遽荷物をまとめて出ていったらしい。え? 三日で? 早すぎるだろ。くそが、命拾いしやがって……。


 俺は待った。

 全てを、待った。


 しかし夢里さんからは、一週間経っても返事がなかった。

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