第3話 悲しみの記憶
「史愛?」
耳にこびりつく悲鳴と怒号が消えないままに、悠乃の声で現実に引き戻される。
「ああ、ごめん、何?」
「また?大丈夫?」
私の様子で状況を把握した悠乃が心配そうに覗き込む。
「大丈夫、いつものだから…」
「いつものだから心配なんだろ、音楽聞く?動画は?」
昔のように取り乱したり泣き叫ばなくなったぶん、胸にためていると知っている悠乃が気分転換を促す。気休めでしかないとわかってても可愛い生き物の動画やお笑いの動画で少し気持ちが晴れるからか、悠乃がいつも面白い動画を探してきてくれる。
「ほんとに大丈夫。それより先輩は?いいの?」
さっきまで話していたはずの先輩がいつのまにかいなくなっていた。
「やっぱり気づいてなかった、待ち合わせてた先輩が来て、史愛にまたねって挨拶したんだけど…」
「…ハハ、わかんなかった…」
「だろうね、虚ろな顔してたから…もしかしてと思ってたけど、瀬田先輩に説明すると長くなるから、まあいいかって」
「ごめん、無視しちゃって…」
「気にする先輩じゃないから問題ないよ、気にしないで」
飲んでたはずの飲み物が溶けて正体のわからないものになって、固く握った左手は爪の跡が赤く残っている。いつもと同じ悠乃の優しい眼差しが私を少しだけ冷静にさせる。
「本当に謀反なのですか?」
「ああ、呪符が部屋の床下から出てきた。生まれてくる御子を呪うものだ…」
「…そんな…あの方がそんなことをするはずは…」
「…そうだな…だが…」
帰り道、隣に悠乃がいるはずなのに心は違うところにあった。早く桜のもとに戻りたくて…悠乃もそれをわかっているからか口数も少ないままバスに乗りこむ。ざわつく心が悲しみに包まれると他のことを考えられなくなる。悠乃に抱えられるように家まで辿り着くと庭から桜の前に立つ。
「…様のことを…」
「それは叶わぬことです…」
「お心は…教えていただけないのですか…」
悲しみの表情で立つ女性は、誰かを思って泣いている…そしてそれはいつも桜の前だ。
「史愛…」
「どれほどの思いなんだろうね…私はどうしたらいいんだろう…」
小さい頃、夢でもなく現れる記憶は怖いものだった。両親にも説明できず、桜の前でただ泣く日々で、だからこそ桜の木を切ろうとした父やじいちゃんの気持ちは痛いほどわかる。母やばあちゃん達に記憶のことを話すと夢を見たんでしょうと笑った。それからは記憶の話を幼なじみの悠乃と美海にしかできなかった。幼いながらにこの話をすると、きっと家族を苦しめてしまうと思ったからだ。
「今日も桜が舞ってた…すごくきれいで悲しかった…」
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