05 たまご
もうすでに慣れた道を行き来することで、近頃は体力がついてきた実感を覚えながらウルスラは遠目からその人がいることを確認し、森から抜け出した。
「こんにちは、レオンお兄さん」
「こんにちは、ウルスラ。いい加減に孤児院に引き渡すよ?」
目的の人物、遠目からでもよく見える金髪の男性、レオンハルトはウルスラが森から姿を見せるや否や頭を抱えながら、その場に片膝をついた。
孤児院に引き渡すと言いながらもちゃんと小さなウルスラの為にこうして目線を合わせてくれるし、何度も来ても追い返そうとはしないあたりある程度は許されていると見て良いだろう。加えて小屋の中にいる他の男性達なんかはウルスラが来たら快く笑顔で招いてくれるので、これ幸いとウルスラは遠慮なく、しかしこっそりと塔へと通っているのだ。
「けどしませんね。レオンお兄さん、これ教えてください」
「町に行けば物知りな人がたくさんいるんだけどな?」
「町は人が多いので嫌です。後、怖い人もいます」
「怖い人?」
「昨日、マムと町に行ったら変な人がついてきました。マムがああいうのがいるから一人で行っちゃ駄目だよって教えてくれました」
「……そうだね。たまに変な輩がいるから、一人で町には行かないようにね」
「はい。だからここに来ています」
ユリアーナ曰く、自分の容姿は格別に良いのだと言う。天使の中では平々凡々の顔立ち。よくいる顔だ。なるほど人間がこういう顔立ちが好みらしい。正直、リーゼやハンナの方が一人で行く方が危ないと思ってしまうが、それはそれとして別だとか。
人間の好みとは難しい。
そんなことが起きた手前か、レオンハルトは何か考えるように口元を抑えている。
さっさと追い返せば良いだけの話ではあるが、なんだかんだと追い返さないのは生粋の世話焼きではなかろうか、とウルスラはそうあたりを付けた。
「……本当は、ここにも来てほしくはないのだけど」
「問題ありません。これ以上近づきませんし、入りませんから」
「それでも駄目なんだけどな?」
「レオンお兄さん、早く教えてください」
ウルスラは急かすようにぐっと、抱えていた本をレオンハルトに見せる。
「今日はその本? ちょっと待っててね。おーい、交代してくれー」
レオンハルトは立ち上がりながら小屋へと振りむけば、そこには様子を見ていた髭面の男性がにかりと豪快な笑みを浮かべていた。
「よぉ、嬢ちゃん! 胡桃あるから食べたかったらつまんで良いぞ」
「甘やかさない!」
「わーい」
「ウルスラは喜ばない!」
レオンハルトはそう言いながら、小屋の中へとウルスラを招き入れた。
小屋の中は必要最低限の物しか置いていない。小さなテーブル。椅子が二脚。棚には食料品やらランプ。小さな暖炉には使いっぱなしの鍋。書きかけの紙やら、万年筆がそのあたりに放置されている。
ウルスラは片方の椅子によじ登るように椅子に座り、レオンハルトは椅子を隣まで移動させてから座り、ウスルラの本をのぞき込んだ。
「今日の本は……物語?」
「はい。この本にある、恋というものがよく分からないので教えて欲しいです」
ウルスラが持ってきている本は図鑑であったり、孤児院にある中でも小難しいことが書いてある本当の冒険譚だ。しかし今日持ってきたのはそれとは打って変わり、子供向けのむかしむかしで始まる物語だ。
しかも恋愛物語である。
「……えーっと、なんで恋?」
「同じ孤児院の子が、本読むならこういうの読んだらいいのにって」
今朝、いつものように本を選んでいたらリーゼが横から本を渡してきたのだ。
そんな難しいのばっかり読むより、こっちの方がずっと面白いとのことだった。絶対に面白い、とくに騎士様とお姫様が恋に落ちるところが本当に良いとか何とか。
それを聞いて、ウルスラは小さく首をひねった。
恋。恋とは、一体何か、と。
「……それについては大人の俺でも分からないことばかりだよ」
「難しいんですか?」
「そう。すっごくね」
別に恋というものを天使がしない、なんて話は聞かない。とはいえ、そんなものは稀で、抱いた天使はいつの間にか姿を消していた。
一体どこへと姿を消してしまったのかは誰も分からないが、役割を放棄したことだけは分かった。
だからウルスラは恋というもに対し、あまり良い印象を抱いてはいなかった。
「ウルスラは、何か好きなものはある?」
「……好きなもの」
「そう。食べ物でも、人でも、何でも良いのだけど」
恋と一体何の関係があるのか疑問を抱いたが、一先ずウルスラは素直に答えることにした。
「ホットミルクが好きです」
「読書は?」
「読書は違います。知りたいから読んでるだけです」
「じゃあ、知ることが好きなのかな?」
「はい」
レオンハルトは何度か頷き、さらに続けた。
「マムの事は好き?」
「……たぶん?」
「他の孤児院の子達は?」
「同じ、です。たぶん」
人間という種族に対して、ウルスラは好んでいない自覚はある。けれども人間であるはずのユリアーナや、同じ孤児院の子供達については嫌ってはいない自覚はあった。
触れれば温かく、柔らかく、ウルスラが本当は異なる種族ということすら知らないのに、彼らは当たり前のように受け入れ、仲間だと接してくれた。
だから嫌ってはいないし、それどころかあの場所を守りたいと思っている程度には気を許しているのだから、おそらくは好きであるはずだ。きっと。
確信めいた言葉ではまだ言えなかったが、レオンハルトには十分だったようで笑顔を浮かべていた。
「たくさん好きがあるね」
「そうでしょうか」
「うん。けどもね、恋の好きっていうのはそういうのとはまるで違うんだよ」
「……違う?」
「そう」
好き。
その言葉には一体いくつの意味が孕んでいるのだろうか。
ウルスラはむくりと顔を出してきた好奇心を感じた。
「なんていうかな……よく言うのは、その相手の事をよく考えたりとか、何かしてあげたくなったり、守りたかったりとか……誰にも渡したくなくなるような思いを抱いたりするのが恋、みたいなものかなぁ」
「……恋って面倒なんですね」
「ははっ、面倒かぁ。うん、確かに面倒かもしれないね」
「それなら恋なんてしなければ良いのに」
「したくなくても、してしまうのが恋っていうものだよ。落ちてしまうものだからね」
なんとも嫌な言い方だ。しかしこの本には恋に落ちた、とかそういう言い回しをしている。
落ちるだなんて不吉な言葉だ。けれども、どの天使も恋をして、そして姿を消していった。
まさか本当に、恋をして、空から落ちてしまったのだろうか。いや、そんな馬鹿な。
ウルスラはすぐさまにその考えを隅へと押し込み、ぐっとレオンハルトを見上げた。
「レオンお兄さんは、恋をしたことがあるんですか?」
「……まぁ、ちょっとね?」
つまりはしたことがある、ということだがあまり言いたくはなさそうで、そっと視線をそらしてしまった。
これはもうどう突いても教えてはくれないだろうと、察したウルスラはこれ以上の恋についての問いを諦めることにした。
「レオンお兄さん、胡桃食べていいですか」
「もう、仕方がないなぁ」
唐突に変わる話題ではあるが、助かったと言わんばかりにレオンハルトはテーブルの上に転がっていた硬い殻に包まれたままの胡桃に手を伸ばした。
物優しい言い方をするレオンハルトは意外にも力づくで、豪快だ。
今も硬い胡桃を魔法を用いてだが素手で遠慮なく割り、少々割れた中身も気にせずにウルスラに笑顔で渡してくるのだ。
ウルスラは絶対に敵に回さないでおこうと決めながらも、何故こうもずっと笑顔を浮かべている人はどこか薄ら怖いのだろうか疑問を抱いてしまっていた。
「どうしたの、ウルスラ」
「いえ、何でもありません」
「そう?」
バキリッ、とまた胡桃の硬い殻を割り、レオンハルトも一緒に胡桃を食べ始めた。
しばらくはお互い無言に胡桃を食べていれば、小屋の外から誰かの声が耳に届いた。誰かやって来たのだろうか、外にいる髭面の男の声ともう一人の聞き覚えのある声がよく聞こえた、かと思えば開けっ放しの扉からその人物が遠慮なく、大きな足音と共に中へと入って来た。
「おーい、レオン。ちょっと良いかぁ……って、何でここにウルスラが?」
「あれ、ロルフ。今回はずいぶんとお早い戻りだね」
顔をのぞかせたのはしばらく見かけることが無かったロルフだった。が、ウルスラは声を聞かなければ一瞬、その人間がロルフかどうか分からなかった。
というもの、今のロルフの恰好というのが町で見かけた時よりもずいぶんとくたびれている物だったからだ。
くすんだ金の髪はぼさぼさだし、口廻りには無精ひげ。薄汚れた衣服。ロルフはずかずかと小屋の中に入って背中に背負っていた荷物をどかりと床に下ろした。
「まぁな。で、何でいるんだよ」
「いろいろとあってというか……この子が塔に入らないように見張っている感じかな」
「お勉強してました。レオンお兄さんが教えてくれるので」
レオンハルトと、ウルスラそれぞれの言い分を聞いたロルフは何故か眉間に皺をよせ、ウルスラに詰め寄ってきた。
「駄目だろ、ウルスラ。マムに怒られるぞ……ってか、知ってんのか? ここに来ている事」
「言ってないので知らないと思います」
「……だろうなぁ」
大きく息を吐きだしながらその場にしゃがみこんだロルフは、椅子に座ったままのウルスラを見上げてくる。
いつも見上げなければいけないロルフを見下ろすウルスラは妙に面白さを覚えた。
「ところでさ。俺にはお兄さんって呼ばねぇくせに、こいつにはお兄さんって呼ぶのか?」
「ロルフはロルフ。レオンお兄さんはレオンお兄さん」
「なんでだよ……!」
「ロルフ、諦めなって」
そのまま項垂れたロルフに対し、レオンハルトは小さく肩を震わせながら笑うのを耐えようとしていた。しかしわずかに震えている声はどうしても誤魔化すことが出来ず、ロルフがすぐさまに顔を上げてレオンハルトを睨みつけながら立ち上がった。
「後で覚えてろよ、レオン」
「ふふっ、楽しみにしてる。それで、今回はどうして早く戻ってきたんだ?」
「ん? ああ、そうそう。またよく分かんねぇもん見つけたからさ。それの鑑定」
腰に提げていた鞄から、ロルフは握りこぶし大の薄黒い石を取り出した。
一見すればただの石のようにも見えなくはないが、よく見ればその表面の薄黒い色がゆっくりと色が蠢いていた。しかしその表面はつるりと動いておらず、その中身がどうも何か動いているようだった。
「なんだか……、薄気味悪い石だな」
「だろ? 放置しとこうかと思ったけど、なぁんか嫌な感じがしてさ。とはいえ変に割るのも放置すんのもなぁと思ったから、とりあえずはギルドに持って帰って鑑定して、ヤバそうならそれなりに対処って感じだな」
そう言ってロルフはまた鞄にしまおうとする。その前にウルスラは慌てて手を伸ばし、ロルフの服を掴んだ。
「ロルフ」
「なんだよ、やらねぇぞ?」
「それ、町に持っていかないでください。卵なので」
そんな厄介なもの、町に持っていかれては後始末が大変だ。孤児院にまで影響が出てしまいかねない。だから急ぎここで処理をしなければなるまい。もしくはあそこから外へと出さないかの二択だ。
「……これ、知ってんのか」
「はい。非常に厄介と言いますか。中身は小さな虫のようなものがつまっていて……、思い出しただけで鳥肌が」
本当に厄介だった。何だったら天使の一番の天敵かもしれないと、ウルスラは確信をしている。
なんせ奴らは翼に潜り込み、そこでさらに増殖しようとするのだ。勝手に住処にされるこちらとすればたまったものではない。
ウルスラは当時の忘れたい記憶を思い出してしまい、鳥肌が立った腕をさすった。
ロルフはそっとそれをウルスラから遠ざけてくれた。
「虫は厄介だな。これの対処法は?」
「水で窒息するので沈めてください」
「……これ、呼吸しているのか?」
「はい、生きていますから。聖水が効果的でした。ちゃんと沈めてくださいね」
少しでも空気に触れているところかあれば、しぶとくこいつらは生きているのだ。これも経験で得た知識だ。
「レオ、聖水あったか?」
「もちろんあるよ。入れ物は……この鍋使おうか」
そう言って手に取ったのは棚の上に置いてあった底が深めの片手鍋だ。ちょうど卵がいい具合に入るにちょうど良いサイズだが、それを見たロルフは口元をひきつらせた。
「……それで飯作ってんだよな?」
「別に卵なら良いんじゃない?」
「虫だぜ?」
「別の地方では虫も食べるんだよ。ウルスラ、そんな顔しないで」
「せめてバケツとかにしようぜ。ほら、外にある奴」
「あれは大きすぎる」
レオンハルトは豪快というより、ただの大雑把なのかもしれない。
ウルスラはすぅっと視線を遠くへと向け、ああ、今日も空がきれいだなぁと目の前の現実から一瞬だけでも逃れようとした。
片手鍋に聖水を満たした後、ロルフは一瞬躊躇しながらもそこに沈める。浮かんで来ようとする卵をレオンハルトは木のヘラで上から押さえつけた。
「……今度、ここで飯食うの止めとく」
「ちゃんと洗うから大丈夫だって」
大人二人が小さな顔をのぞき込むために顔を寄せ合いながら話をしているのを目の前にしつつ、ウルスラはすぐに訪れた変化を目にし、一つ安堵の息を吐きだした。
「……なんか、白くなってねぇか?」
「死にましたね」
「早くね?」
「はい、生存能力が進化した結果、外殻だけこんなに硬くなったのだと思われます」
聖水の中に沈めた卵はほんのわずかな時間の間で一気に真っ白へと染まってしまった。
レオンハルトがヘラをどかしても、それは沈んだまま浮かび上がることはなかった。
「……ウルスラ、その知識はどっから得たものなんだ?」
「説明しにくいのですが……、遠い場所にいた時のものなので……」
「その遠い場所ってどこのことを指しているんだ?」
ウルスラはすっと視線を外に向け、指を差した。
「あれですね」
「……塔?」
「この塔ではありませんが。他の、いくつかの塔にいました」
この姿での日々が色濃いせいか、ウルスラはあの日々をずいぶんと懐かしく思えた。
何も変わり映えはしない日々だった。やることは変わらない。ただずっと、そこにいた。それが役割だったから。
「……塔で、何をしてたかってのは」
「探索みたいなことをしていました」
「みたいなって。つまりなんだ、俺達、冒険者と似たようなことをしていたとか、まさかそんなことじゃねぇよな?」
「同じかは知りませんが、やっていることは調査だったので」
あの中での現状の把握。生態系等々の変化。
全てではないにせよ、いくつかの塔を回って調査し、記録の残すのがウルスラの役割だった。むしろ、それしか出来なかった。
「……どうやって生きてきたんだ。さすがに一人じゃねぇんだろうが」
「ある意味ではそうかもそれないです。これがいたので」
ウルスラはつま先で軽く床に落ちている影を突けば、いつものように黒い蛇のような頭がにょきりと出てきた。
ロルフとレオンハルトが腰の剣に手を添え、すぐに動ける体勢を取りながら、ウルスラから距離を取り様子を見てくる。
警戒しているのは仕方がないし、もうすでに慣れた視線だ。しかし、あれほど優しい二人に向けられるとは思わず、ウルスラは胸のうちがぎゅっと苦しくなったのを感じた。
「なんだ、それ」
「よく分かりませんが、影っぽい何かです。ただ私の影がないと出てこないので、真っ暗闇の時はこうして光を出して、出て来てもらっています」
まだ警戒を緩めないロルフに見せるため、掌の上に光の球体を出現させる。すると足元の影がより黒さをまし、ほんの少しだけ身体を大きくさせてからウルスラの腕に巻き付き、ぱくりと光を一飲みしてきた。
どうやら眩しすぎたらしい。光の粒子が混ざるゲップを一つだけこぼした影はするするとまた影に戻っていった。
「眠かったみたいです」
「……それ、ウルスラの意思とは関係がなく動くのか?」
「そうですね。けど、私の意思にはある程度従ってくれます」
ロルフはぐっと顔をしかめ、わずかに警戒を解いて剣から手を離した。レオンハルトも同様に警戒を解き、しかし視線はウルスラの影から離さなかった。
「その力については分かった。だか一体、誰が、そんなことをウルスラに」
「誰、と言われても……。私はあれの為にに存在しているので、強制でも何でもありませんよ?」
絶句するロルフとレオンハルトの二人の顔を見る。言葉を選んでいるのか、ロルフはぐっと口を強く結びながら視線をそらさず、対してレオンハルトは口元を手で覆いながら視線を外す。
対照的な二人の姿に面白さを感じながら、ずっと考えていたことをロルフに伝えて見ることにした。
「ロルフ。私も冒険者になれると思いませんか?」
自惚れているかもしれないが、ウルスラが持ち得る知識はおそらく人間にはないものが多いと予想された。何せ、そのあたりでよく見かけるようなこの卵の処理方法すら知らなかったのだ。
そしてウルスラ自身の経験は、人間のわずか百年も満たないの経験よりもはるかに長い。確かに記録等々が残るだろうが、経験ともなれば話は異なる。
そこに加えて、ウルスラのこの力は塔の中でこそ活きるというものだ。
どう考えても人間の冒険者として必要な能力は揃っていると自負出来た。
あえて難があるとすれば、やはりこの未成熟の身体ぐらいだが、それを差し引いても冒険者として役立てると確信はしていた。
「……絶対に駄目、って言えねぇ」
「絶対に駄目だろ」
「いや、だってこいついたら探索が楽になるの目に見えてるだろ?」
「それは分かる。けどまだ幼いうえに、マムの子供だ」
「……だよなぁ」
正しくはユリアーナが運営している孤児院の子供だ。
やはり懸念するべきはその一点らしい。
「それならマムから了解を得られれば良いですか?」
「……駄目だからな?」
「突入しますよ」
「立派に脅そうとするんじゃねぇよ」
脅しではない。真実、ウルスラは最悪の場合は強硬手段に出る予定であった。
「私、便利ですよ」
「自分で便利って言うな」
それでは何と言えば良いのだろうか。
後少しでロルフを納得させることが出来そうなのだが、どれも決め手に欠ける。ウルスラは何度か首をひねりながら、自身の思いをそのまま伝えることにした。
「私はあそこへ行かねばなりません」
「なんでだよ、別に誰もそんなこと求めてねぇだろ。塔の為に存在しているってのも、胸糞悪いが」
一体何が胸糞悪い話なのか、ウルスラはロルフの言葉の意味を理解することが出来ず、小さく首を傾げた。
「けど、ロルフ。事実ですよ?」
「そんなことを言うんじゃねぇよ」
なるほど、事実だろうと言ってはいけないものらしい。ウルスラは小さく頷いた。
「ロルフ」
「なんだよ」
「なんと言えば良いのか分からないのですが、私はこの役割を誇りと思っています。この私でも、守れるのだと思えるので」
正直、あの役割に不満は一度も抱かなかった。
それぐらいに誇りに思えるものだった。
「……守るって、何をだよ」
「全て、でしょうか。それに……、そう。それとは別にですが、マム達がここにいるので、守れるくらいに強くなれたら、と」
残念な事に、今のままでは守れるものも守れない。早急に元の姿に戻らなければならない。そしてそのまま、この付近の担当になれれば良いのだが、うまくいくだろうか。
その時にならなければ分からないが、元より遠くから見守る予定でいるつもりだ。ちょっとぐらい離れても飛んでいけば問題ないだろう。
そんなことを考えていたウルスラは、頭を抱えて呻くロルフを見上げた。
「……どうすっかなぁ」
「絆されてない?」
「仕方がねぇだろ」
ロルフはウルスラを見下ろす。鋭い、赤い瞳がウルスラの紫を貫こうとする。
ウルスラはぐっと口元を引き締めて見返してそらさずにいれば、赤い瞳がそれた。
「とりあえずあれだ。明日、孤児院に行くから待ってろ」
「……分かりました」
「分かってねぇだろ。マムに許可もらうんだよ」
「はい、早く来てくださいね。お利口にして待ってますから」
「それ以上に利口になってどうすんだよ」
苦笑を漏らしたロルフはウルスラの頭をぐしゃりと撫でた。
「ところでこれ、死んだらどう処分すりゃあいいんだよ」
「燃やせば良いです。死んだらその外殻は柔らかくなるので」
「うぉっ、きもちわりっ」
ロルフは卵を聖水から取り出そうとしたが、あれ程までに硬かった外殻が指がめり込むほどに柔らかいものに変化していた。
「もし頂けるなら、食べさせたいんですけど」
「……食べさせるって」
「これに」
またにょき、と影が頭を出してきた。
「ご飯だよ」
ウルスラの言葉に反応した影が、ぐぐっと身体を伸ばし、早くくれ、と言わんばかりに真っ黒い口をぐわりと開けた。
ロルフはレオンハルトと視線を合わせ、一つ頷き、卵を影の口へと放り込む。影はまさしく蛇のように卵を一飲みした。
「……なぁ、ウルスラ。窒息させなくっても、こいつがいれば簡単に始末できたんじゃ……」
「あの状態は食べてくれないんです」
好き嫌いがある影に、ウルスラは指先でちょいちょいと突く。すると気に入らなかったのか、ぱくりとウルスラの指先に噛みついてきたが、ウルスラはもう片方の手で影をむんずと掴んだ。
無邪気に戯れているウルスラ達を目の前にしたロルフは、大きく息を吐き出しながら頭を抱えた。
「……なんとかするかぁ」
「それでこそロルフだね」
「やばそうなら手、貸せよ」
「仕方がないなぁ……」
何とかすると言ったロルフに、レオンハルトは笑いながら肩を叩いた。
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