03 ゆびわ

 誰かが喧嘩したらしく、激しく泣き出した子の声が孤児院の中で響きわたる。

 ウルスラは読んでいた本から顔を上げたと同時、聞こえてきたのはリーゼの声だ。

 孤児院の中でも面倒見の良いリーゼの声は誰よりもよく通る。その為、孤児院の中にいればだいたいのことは把握できてしまうと言うわけだ。

「……人形、壊れた?」

 どうやら人形を取り合って腕が取れてしまったらしい。その結果、激しく泣き出してしまったらしい。

 人形であるなら針と糸さえあれば縫ってつなげ、直せるというのに、何故ああもすぐに泣きだすのか。

 本をぱたりと閉じ、ウルスラは立ち上がって様子を見に行けば、片腕のない人形を抱えた少女が大声で泣きわめき、もう一人の少女も取れた腕を持ったまま泣いてしまっていた。その二人の間を忙しくリーゼがなだめようとしている所に、外で作業をしていたユリアーナが勢いよく入って来た。

「どうしたのっ?!」

 入ってきてすぐ、ユリアーナはこの状況を確認するや否や、二人に駆け寄り頭を抱き寄せた。

「ほら、もう泣き止んで。大丈夫よ、すぐに直すから」

「すぐ?」

「ええ、すぐよ」

 ユリアーナが間に入れば、あっという間にあれほど泣きじゃくっていた子も泣き止み、大人しく片腕がない人形を手渡した。そしてもう一人も大人しく片腕をユリアーナに渡した後、ごめんなさい、と言いながらまた泣きだし、いいよぉ、と許す言葉を言いながらまた泣き出してしまっていた。

 けれども先ほどとは異なり、ずいぶんと大人しく泣き出す二人にリーゼは二人の手を引いて、外へと連れ出した。

 と思ったら、すぐに入れ替わりにルッツが飛び込んできたのだ。その背中にはルッツよりも小さい少年が背負われている。

「マム! こいつ怪我した!」

「怪我?!」

「木から、落ちて……ごめん、俺」

 外で木登りをして遊んでいたらしい。背負われていた子の膝や腕が少しだけ血が滲んでいる。そして、それ以上にルッツの腕や足の方の怪我が大きいように見えた。

「もう、ルッツったら」

「……ごめん」

「仕方がないわ。ほら、こっちにいらっしゃい」

 それだけ見てユリアーナは一体何が起きたのか、そしてルッツが何をしたのかを理解したらしく優しく微笑みを浮かべていた。

 ルッツはほんの少し視線を落としながらもとぼとぼと部屋の中に入り、大人しく少年を下ろしてから隣の椅子に座った。

「さて、と。傷薬に、針と糸に……と。あら?」

 こんな騒ぎが毎日あるものだから、裁縫道具や傷薬が入っている箱は手に取りやすい目立つ場所に置いてある。

 ユリアーナはそれぞれの箱を開き、針と糸。そして次に傷薬を手に取ろうとして、動きを止めた。

「うっかりしていたわ」

「何か無いのか?」

「いつもの傷薬、ほとんどなかったのよ。困ったわ……」

「それなら別にこれぐらい」

「駄目よ」

 平気だ、と言おうとしたのだろうルッツに、ユリアーナはすぐに首を横に振った。

 薬が無いのなら、町へと買いに行く必要がある。だが、人形を早く直さないといけないとなると、ユリアーナ一人で全て同時に行うというのは不可能だ。

 リーザは二人の面倒を見なければならないし、ルッツなんか怪我をしている。

 ウルスラはそこまで考え、それならばと口を開いた。

「あの、お使い、行きましょうか?」

「あら、良いの? ウルスラ」

「はい」

 実を言えば機会をうかがっていたというのが正しい。

 あれ以来一度も町へと行ってはいないが、なかなかに楽しかったのは強く覚えている。もう一度行ってみたい、もっといろんな場所を見てみたいと思う程度に、好奇心を十分にくすぐられる経験であった。

「……そうね、良いけど。髪を綺麗に整えてからじゃないと」

「整えてきます」

 ユリアーナの出した条件に、ウルスラはすぐさま寝起きのまま放置していた髪を梳かす為、鏡と櫛が置いてある奥の部屋へと引っ込んだ。

 後ろからユリアーナの楽しそうな笑い声が聞こえたが、そんなもの無視である。

 ウルスラはとにかく出かけるための準備に勤しむことにした。


 ▽+▽+▽+▽+▽


 お使いの内容は、いつも使っている傷薬。包帯。それとついでに新しい糸と針。

 場所は渡された町の地図に書いてあるから迷うことはないだろう、おそらく。

 それよりもせっかく町へ来たのだからと楽しみたいところだったが、ウルスラは今、そんな気分にはなれなかった。

「……どうしたものかな」

 ウルスラはいくつもある視線の中に混ざる一つに対し、内心ため息をついた。先ほどから一つの視線が全く離れないのだ。敵意と言うものはない。いくつか感じる奇異の視線ともまた違う。

 例えるならば、蜘蛛の糸。ねばりつくような、あの嫌なよく目を凝らさないとよく見えない不愉快な糸がずっと首元あたりに張り付いているのだ。

 この背に翼があれば飛んで逃げたり、成熟した姿であれば走って逃げることも出来たが今はそのどちらもない。

 最初来た時は気づかなかったが後ろからロルフがついていた来ていたおかげで無かったのだろうが、今回は無い。だからこその視線なのかと、ウルスラは理解した。

 なんと厄介な。

 逃げることは不可能。早々にお使いをすまして孤児院に戻ると言う他ないという選択しか残されていない。

 せっかく町に出られたのに、と内心気落ちしながらも足早に、半分駆けるように目的も場所まで進む他なかった。

 

 視線は相変わらずついてくる中、もう少しで薬屋へと着くと言うあたりで見知った姿を見かけた。

 くすんだ金髪は埋もれてしまうような色ではあったが、その背丈と軽装でありながら見覚えのある剣を腰から提げている姿を見てすぐにロルフだと気づいた。一人であれば挨拶をと思ったが、ロルフのすぐ近くに二人の女性の姿があり、ウルスラは踏みとどまった。

 とはいっても、片方の女性はあのギルドで飲み物、後で知ったがビールを片手に挨拶をしてきた女性である。よく目立つ外はねの肩よりも短い赤髪の姿を忘れるはずがなかった。だがもう一人は初めて見る女性だった。腰ほどの長い茶色の髪を揺らてロルフにつめよる女性は、町で見かけた女性達と似たようなワンピースを着ている姿を見る限り、冒険者ではないようだった。

 あまり関わってはいけないような雰囲気が、遠目からでも分かる。さっさと目的のものを買って、早々に戻らなくては。

 薬屋までも少し、と踵を返そうとしたとき、茶髪の女性が手を振り上げた。

 あ、と思った時には遅く、掌は綺麗にロルフの横っ面を叩いたのだった。

 ロルフはそれを当然のように防ぐことなく受け入れ、赤髪の女性は額を抑えている。

 女性は自身が叩いたと言うのに驚きに満ちた顔を浮かべ、ワンピースのすそを大きく翻し、その場から急いで離れて行ってしまった。

 残されたロルフは叩かれた箇所を抑えながら、なんとウルスラがいる方向へと身体を向けて歩き始めたのだ。もちろんロルフはウルスラがいることを気づかない様子で、隣に並んだ赤髪の女性と会話をし始めた。

「あー……ったく、なんで毎度毎度」

「本当、毎回顔叩かれるわよね。そんなに叩きやすいのかしら? 試しても良い?」

「止めろ」

 赤髪の女性がすっと手を振り上げようとし、ロルフはすかさずその手を下ろさせた。赤髪の女性はつまらないと言うように肩を竦め、そしてようやく真正面へと視線を向けて、ばちり、とウルスラと視線が合った。

「あら、あの時のお嬢ちゃんじゃない。もしかして見てたの?」

 どうやら赤髪の女性はウルスラの事を覚えていたらしい。そこでようやくウルスラがいたことに気づいたらしいロルフは明らかに狼狽し、ウルスラに詰め寄った。

 逃げなければ、と思ったがそれよりも早くにしっかりと小さな肩を掴まれてしまい、逃げる機会を失ってしまった。

 目線を合わせるためにロルフは最初の時のようにしゃがみこみ、ウルスラに妙に真剣な視線を向けてきた。

「ウルスラ、おい、どこから」

「何も、見てません」

 それならば誤魔化してこの場から去るのが無難か。と思ったが、この幼い姿のせいか、挙動がどうもそちらに引っ張られてしまいつい、視線をあちらこちらへと動かしてしまう。

 これでは嘘をついていますと言わんばかりだ。もちろん嘘ではあるが、こんなものすぐにばれてしまうだろう。

「……最初からか」

「さっきの子に顔を引っぱたかれる前くらい?」

 それならばと黙ってみるが、このタイミングでの沈黙は肯定の意味ではないか、とすぐにウルスラは気づいた。しかし時遅く、ロルフは片手で顔を覆い、赤髪の女性はその肩に手を置いた。

「ちょっとだけ同情してあげるわ」

「いらねぇよ」

「あ、えっと、私は、これで」

 さて、用は済んだだろう。そのはずだ。

 ウルスラはさて、と目的の薬屋まで行こうとしたが、その手は離れるどころかさらに力が込められた。

「ちょっと待て、ウルスラ。お前絶対に勘違いしているだろ」

「お使い、お使いがあるので」

「お使い? ってか、なんでここに一人で……。マムはどうした?」

「忙しくって」

 今日は朝から様々なことが起きたのだ。人形の取り合いや、ルッツ達が怪我をした以外にも、昨夜に野犬が入り込んだせいで荒らされた花壇を綺麗にしたり、服がやぶけたり、喧嘩が起きたり、転んだり。

 ここに来て一番騒がしい一日でだったとウルスラは思い返す。それでもユリアーナは変わらずに落ち着いて対処をしていたし、他の子供達もいつもと変わらなかったので、きっと時折こういう日もあるのだろうと勝手ながらに見当をつけた。

 それでもそんな騒がしい一日であることをなんと説明して良いか分からずに一言だけまとめれば、ロルフはそれだけで分かったように頷いていた。

「ああ、そういう日もあるよな。それでウルルラは何を買いに来たんだ?」

「薬と、針と糸です」

「薬な。ああ、すぐそこだな」

 ロルフはそう言って立ち上がり、まさしくウルスラが行こうとしていた方向へと足を一歩進めた。

「え、あの」

「行かねぇのか?」

「ロルフが連れて行ってくれるって。ロルフに護衛頼むと高いけど、無料でやってくれるそうよ?」

「……護衛?」

 頼んですらいないし、ただのお使いに護衛とはどういうことだろうか。

 ウルスラはよく分からずに大きく首をひねれば、女性はさっと顔を険しくさせてロルフに視線を向けた。

「ねぇ、ロルフ。この子、危なくない?」

「だろ? だってのに一人で行かせるとか……。なんだ?」

「……その、痛くないんです?」

「ん、ああ。別にいつもの事だし、自分で治せるしな」

 会話の内容はあまりよく分からないが、いつまでも赤いままの頬を放置していたロルフだが、ウルスラに言われ、肩を竦めてみせた。

 いつもの事ですまして良いものなのか、疑問に思う所ではあるがロルフは叩かれた箇所を掌で覆い、すぐに白い光がほのかに一瞬だけ散じた。そして掌は外され、その下にあったはずの赤くはれた箇所はきれいさっぱり無くなってしまっていた。

「ほら。な?」

「こう見えて、うちのギルドの中でも一番の剣士なのよ。驚いた?」

「一番……一番、強い?」

「そういう事。けど、ほら、こういう見た目でしょ? それにこいつ、とくに女の子相手にはすごく優しいって言うか……」

「別に普通だろ? なぁ、ウルスラ」

「知りません」

 比べて見たことがない以上、判断することは難しい。

 性別としては女であるウルスラだが、前回のあれは完全に子供扱いだったと認識している為、一切参考にはならない。

 とはいえ、先ほどの出来事を目の当たりにした以上、その接し方に何かしらの問題があるように見えてしまう。

「それで誤解っていうか。皆、うっかりこいつに惚れちゃうっていうか、好きになるって言うか。いえ、それだけなら良かったんだけど。何故か知らないんだけど、ロルフも自分が好きなんだ、っていうふうに考えちゃう子が多くって」

「何故?」

「そういう思わせぶりな態度をするせいだと思うのだけど」

 人間というのは中々に複雑な感情を持っていると書物にあった。

 とくに恋愛については天使よりもさらに複雑に絡み合い、それにより同種だというのに命まで奪い合うのだとか。

 何とも恐ろしく、まさかその程度でとは思ったが、先ほどのを目の当たりにした以上、嘘ではないのだとようやく理解することが出来た。

「つまり、ですけど。今のはロルフがそのような行動をした結果、ということですか?」

「やだ、頭良いわね。ほらロルフ、いい加減にユリアーナに怒られなさいよ。いつも心配ばっかりかけてるじゃない」

 ロルフはまた再度同じように、ウルスラの前でしゃがみこみ、ぐっと頭を下げた。

「ウルスラ」

「何ですか」

「マムには黙っていてください」

 理由が分からない。

 ウルスラが無言で顔をしかめれば、頭を上げたロルフは慌てて腰から下げている小さないくつかの鞄へと手を伸ばし、何かを探し始める。

 が、何も無かったのかぐっと眉間に皺をよせ、しかしすぐに何かを思い出したのか手にはめていた薄手の皮の手袋を外し、中指に着けていた物を外して差し出した。

「よし。黙ってくれるなら、これをやる」

 物で釣って黙ってもらおうという魂胆らしい。ウルスラが素直に頷けないでいると、横から覗き込んでいた女性が青い目を丸くした。

「ちょっとそれ。絶対に売らないって言ってた指輪じゃない」

「んだよ、悪いか? 別に丁度良いだろ。守護だかなんだかの力がごちゃごちゃに付与されているとはいえ、不用心過ぎるこいつにぴったりだ」

「けど……」

「ってことでさ。頼むって、ウルスラ」

 困ったような笑みを浮かべるロルフの顔と、指輪を見比べたウルスラは黙って、差し出された指輪に手を伸ばし、つまみ上げる。そして光にかざすようにその指輪全体を見て、ゆるりと紫の瞳を細めた。

 少し無骨で少々太い銀の指輪。外側には模様のようなものが彫られ、そして内側にも同様に彫られている。石や、その他の装飾はない、たったそれだけの指輪、のようなものだ。

「この指輪、どなたからもらったんですか?」

「いや、もらってねぇよ。あの塔に潜った時に偶然拾ったやつ。で、どうだ? ウルスラ」

「良いですよ」

「お、気に入ったか。ちょっと待てよ。ちょうど良い紐が……っと」

 一体その鞄に何が入っているのか疑問に思ってしまうが、そこから細い皮紐がするすると取り出された。

 ロルフはそれを指輪に通し、そして調整が出来るようにと器用にくるくると結び目を作った後、ウルスラの首にかけた。

「これなら無くさないだろ。けど皮は切れるかもしれねぇから、チェーンに後で変えておくか」

「あんたって本当にマムの子供達に甘いっていうか……。いや、けど、この子にはとくに甘くない?」

「そうか?」

「この子が心配なのは分かるわよ? けど、それにしたってなんていうか……」

「まぁ、ほら。あれだ。こいつ、どうも記憶がないらしいんだよ。遠くから来たのと、ウルスラって名前しか覚えてないらしいからな」

「それは……けど。それなら一体どうして、ここに」

「言っただろ? 道端で倒れてたって。見たところ結構大事にされていたようだが……」

 何やら会話に入ってはいけないような空気を感じ、ウルスラは二人の会話の意味を分かっていないふりをしつつ、周囲を見渡す。

 相変わらず人間達が多く行き交っているのを順繰りに眺めていく。と、路地へと続く道で今度は白猫と茶の縞模様の二匹の猫の姿が見えた。

「ロルフ。猫、猫がいます」

「猫? ああ、はいはい。触りたいんだな?」

「駄目ですか」

「お使いはいいのか?」

 ロルフに言われ、ウルスラはいかにも不服と言わんばかりにぐっと顔をしかめた。

「……我慢します」

「よーし、偉いぞ」

 さらに不服と言わんばかりにウルスラは口角を下げ、睨みつけるように見上げる。だがロルフは何か面白いのか、喉奥を鳴らすように笑いをこぼし、ウルスラの頭をくしゃりと撫でた。

「あ、ちょっと。せっかく綺麗な髪がくしゃくしゃになるじゃないの。ごめんなさいね、ロルフが」

「いえ、大丈夫です」

 別に寝ぐせのまま外に出てもかまわないウルスラにとってみれば、この程度は些細な出来事に過ぎなかった。

 そしてロルフが頭を撫でたことで、どこかに消え去っていたそれがまた、ねっとりと向けられたことに気づいた。

「悪い悪い。あー……櫛、は持ってねぇよな。あるか?

「あるわけないじゃない。せっかくだから買ってあげなさいよ」

「分かったよ。まぁ、一先ずは薬屋から行くか。な?」

 いつの間にかロルフが櫛を買う話になっていることにウルスラは後ろからの視線に気を取られ、気づくのに遅れてしまった。

 慌ててそれを遠慮しようとするも、ロルフが自然とウルスラの手を握りながら立ち上がった。

「この子の免じて貸しは無しにしてあげるわ」

「ビール一杯は奢らせろよ」

「仕方がないわね。それじゃあ、またね。可愛いお嬢ちゃん」

 突然変わった二人の会話の内容について行けずにウルスラは小さく首をかしげつつ、赤髪の女性が手を小さく振ったので反射的に振り返した。

 赤髪の女性はご機嫌そうに笑いながらくるりと背を向け、軽い足取りで人混みの中へと向かって行ってしまった。

「じゃ、俺達も行くか」

「え、あの。一体……、というか、手」

「迷子になるかもしれないだろ? 俺としては抱えた方が楽なんだが」

「止めてください」

「はいはいっと」

 何か誤魔化された気がしなくもないが、不思議とあの視線がまたいつの間にか消えていたことに気づき、ウルスラはちらり、と背後を振り返った。

「どうした、ウルスラ。猫でもいたか?」

「……いえ」

 ロルフが不思議そうに問う、ように聞こえた。なんとなくではあるが、聞かない方が良いと本能的に察したウルスラは首を横に振った。

 きっと、そう、気のせい。もしくは偶然、何かが起きたと今はそう思っておいた方が良いような気がした、


 ▽+▽+▽+▽+▽


 あれから順番にお使いをこなし、いつの間にかロルフがウルスラへと櫛と指輪を通すためのチェーンを購入し、半ば強制に渡された後、孤児院まで送り届けてくれた。

 前回は町の入り口までだったと言うのに、一体どういうことか分からずにいたが、どうやらユリアーナに用があったらしい。

 孤児院に着いた直後、待っていたユリアーナにロルフが少し大事な話があるからと、奥の部屋へと二人して行ってしまった。一体何の話をしているのか、ウルスラ含む他の子供達が部屋の外で大人しく待っていれば、そう時間かからずに二人が出てきた。

 その直後、大人しく待っていた子供達が一斉にロルフに飛び掛かったのは言うまでもない。

 そんなロルフは今、孤児院の庭に出て子供達の相手をしている。怪我をしていたルッツ達はロルフの魔法ですっかり傷がなくなり、元気よく走りまわっている。

 そんな光景を窓越しに眺めていたウルスラは今、少し乱れた髪をユリアーナに綺麗に梳いてもらっていた。

「ウルスラ。しばらく町に行くときは二人で行きましょうね?」

「分かりました。あ、ロルフから櫛貰いました」

「ええ、聞いているわ。それはウルスラがちゃんと使いなさいね?」

「……けど、他の子達も」

「ロルフが貴方に贈ってくれたものだから、ウルスラが使わないとでしょう?」

 鏡越しから見えるユリアーナの笑顔から、妙な圧を感じ取ったウルスラは素直に首を縦に振った。

「それで毎日ちゃんと髪を綺麗に整えましょうね?」

「……分かりました」

 いっそのこと、髪を短く出来たなら。と思ったが、ロルフが買ってくれた櫛を思い出し、その考えがしゅう、と小さくなってしまった。その代わりに明日から朝をもう少し早く起きないと、と思ってしまったのはきっと、このユリアーナの笑顔とやはりあの櫛のせいなのかもしれない。

 それならば、とウルスラはこの長い銀の髪をいかに綺麗に、そして邪魔にならないように出来るか考えることにしたのだった。

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