第36話

「緊張してる?」


「……はい、男性の家に呼ばれるなんて初めてなので……。」


「そっか。楽にしてていいからね?」


「……。」




 現在、我が家です。


 学校が終わってすぐプロメを連れて帰ってきました。


 無論、お話をするために。卑猥な事なんて一切ない。


 その証拠に、今テーブルには、プロメの他に姫様もいる。


 茶を所望してナナセが台所まで煎れに行っている。




 そんな状況でも頭ピンクな反応してる奴がいるだけだ。




 正直可愛くてたまらない。


 ついつい驚かせたくなってしまう。


 俺は、席を立ちプロメの後ろに立つと、肩に手を乗せ、耳に顔を寄せ、




「男の家に1人できちゃうなんて、悪い子だな?」




 なんて囁いてみる。




「ひっ!?……あ、あの……今日の下着は、王都で最近流行ってるブラジャーとレースのパンティです……。見られても恥ずかしくないものをと思って昼休みに着替えてきて……。その時ちゃんとシャワーも……。」


「あ、うん。」




 おかしいな?


 そんな返しが来るとは思ってなかったぞ?


 知識の神の使徒に選ばれるやつはちょっとアレなのか?




 じゃあ愛の女神のたった一人の使徒に選ばれる俺はもっとあれなのか?




 まあいい。考えるのやめておこう。




「それでさ、俺たちに相談って何だったんだ?」


「……あ!そうでした!私そのために来たんでした!」




 そうだよ!何しに来たつもりになってたんだよ!




「赤ちゃんが生まれそうなので、育ててくれませんか?」


「ナナセステイ!」


「え?でも今のうちに証拠隠滅しておいたほうが良くないっスか?」


「多分お前の考えてる事とは違うし俺にも身に覚えがない。」




 ナナセがプロメを消し去ろうとしていたのを寸でのところで止める。


 ナナセの俺以外へのドライな判断はアレかもだけど、プロメはプロメで命知らずだな……。




「……すみません、赤ちゃんというのはドラゴンの赤ちゃんです……。まさかこんなに強く反応されるとは思わなくて……。」


「冗談が通じる相手と通じない相手と、普段は通じててもネタによってはヤバイ相手の区別はつけておきなよ?」




 確信犯ってやつでしたか。




「それで、ドラゴンの赤ちゃんが何で神様たちの戦争の原因になるんだ?」


「ドラゴンって神様たちに人気のペットなんですよ。」


「アレって愛玩要素ある?てか実在するの?」


「怖くて懐かないほうがペットにできた時の達成感があるって事らしいですよ?これから見に行きます?まだ卵ですけど。」




 リアルドラゴンだとう?めっちゃ見たい!


 でも面倒なネタなんでしょう?




「4カ月近く前に、この街の一人の学者が死んだドラゴンの巣から卵だけを持ち帰ったんです。本来ドラゴンの生息地に人間が入り込むことはほぼ不可能なのですが、ちょうど縄張りの主が死んで空白地帯になっていたようなんです。何とか持ち帰ったはいいんですけれど、卵の孵化に必要な魔力を供給することができず、卵を狙う他の厄介な者たちから逃げるのにも疲れて、この街の管理機構であるメーティス使徒協会に持ち込まれたのが大体3か月前です。」


「つまり、卵に十分な魔力を流し込めて、卵を狙う輩から逃げきれる奴を探してるって事か?」


「端的に言うとそうです。」


「貧乏くじじゃん!」




 魔力はともかく、狙われるのは確定じゃん!




「我々も護衛しますが、メーティス様の加護ははっきり言って戦闘には向きません。それに、使徒を多くもつメーティス様の加護では、魔力を大量に供給するのも難しいので……。」


「それで、そこそこ戦えて魔力量が多い人間が欲しいって事なのはわかったけど、俺って魔力あるのかどうかわからんよ?戦闘も別に特別強くない。」




 少なくとも、魔法だの魔術だのは使えなかったなー……。




「それに関しては問題ないと思います。ダロス様の人形生成等のスキルは、間違いなく魔力によって行われているものであると確認が取れておりますので。しかも、常人では考えられない魔力を有していない限り、あのように大それたスキルの使い方はできません。守りに関しては、ご本人はともかく、白銀の朱姫とも呼ばれるナナセ様が隣にいるのであれば問題ないのではないかと。最悪タルタロスに乗り込んでいただければ大丈夫でしょう。学校であんなもの作り出したおかげで他の神の使徒たちが一気に勢い失いましたし。」


「アレをゆりかごにするのは怖いなぁ……。」


「ドラゴンは、孵化後1カ月ほどで大人となり旅立っていくと聞きます。であれば、1カ月ちょっと乗り切れば、依頼も完了出来てお給金もガッポガッポですよ?」


「うーん……。」




 確かに1カ月ちょっとでいいならなんとかできる……か?




「いや待て。ドラゴンが神のペットとして人気で、これを守ることで他の神様の使徒との戦争が回避できるって事はだ。神の使徒として力ずくで無理やりドラゴンを奪いにくるような奴が相手って事だろ?あぶなくない?」


「もちろん危険はありますが、その分お給料は高いはずです。成功報酬で金貨が4000枚で、そこに更に経費として金貨を1000枚まで利用可能だそうですよ。」




 高いには高いけど、命を賭ける程かって言うとなぁ……。




「まあいいや。やるよ。」


「え!?やって頂けるんですか?一応強気でお高いとか言いましたけど、ダロス様の経済状況だと別に無理に受ける程の事は無さそうですし、報酬についてどうするのかすごい意見が分かれて困ってたんですけど……。」


「さっさと終わらせてアフロディーテ様への義理を通して帰りたいんだ。妊娠している妻が待ってる。」


「よかったです……。最悪の場合、追加報酬に私の体が入る所だったので……。」




 ……やるよ!






 というわけで、卵が保管されているという場所まで案内してもらうことになった。


 驚いたことに、たどり着いた先は、普段俺が過ごすことの多いE-51クラスの教室の隣の部屋だった。


 中に入ると、大きな卵が岩で作られたサークルの中央に鎮座しているのが見える。


 ドラゴンの巣とやらを再現しているのかもしれない。




「この3か月、ダロス様の近くに卵を設置することで、それまでの期間の数十倍の速度で卵が活性化しました。もし、ダロス様に卵を身に着けながら生活して頂ければ、研究担当者の予測だと数日で孵化すると予測されています。」


「俺の近くにこんなデカい卵がずっとあったのか。」


「何しでかすかわからない生き物の卵の隣で生活しておったんじゃな妾……。」




 そういえばしばらく卵ごはん食べてないなぁ……。


 比較的前世の料理は色々あるけれど、生で食べられる卵は見てないんだよなぁ……。




「鶏卵に換算すると大体8600個分くらいらしいですよ。」


「調べた奴がいるのか。」


「そう言う事を調べたくなるような人しか、メーティス様の使徒には選ばれません。」


「主様は、アフロディーテ様に選ばれなかったらメーティス様の使徒になってたかもしれないっスね。」




 ツチノコとか教えてやったら転落人生に誘えそうだな。


 ネッシーはもういいや。




「折角ですし、触ってみますか?担当者の話だと、与えられた魔力によって親を覚えるんじゃないかって予測してましたよ。だからこそ卵がここまで狙われるのですが。」


「触る触る!ドラゴンなんてもんの卵に触る事になるなんて思わなかったわ!」




 いやー、このドラゴンとやらを最強に育て上げて3号やタルタロスと戦わせてみてぇなぁ!


 怪獣とSF兵器は、結構よく戦う相手なんだよなぁ!


 ……おお!なんか温かい!しかもビクンビクンしてる!


 おまけにパキパキって音も……。




「あれ?」


「どうしました?」


「殻が割れ始めた。」


「え?」




 なんてしゃべってる間に、すごいスピードで卵の殻が割れていく。


 こういうのってもっとゆっくり割れていくもんじゃないのか?


 もう中の生き物が見えてるぞ?




 あ、真ん中から真っ二つに割れた。




『フゥ!疲れましたわ!』


「喋った!?」


『そりゃ会話くらいできますわよ!ドラゴンですもの!それで?アナタが私のお父様でよろしいの?』




 すごい。一言話すたびに俺の頭の中にバグが生まれてるような感覚がする。


 だってデカいトカゲみたいな生き物が金髪縦ロールみたいな喋り方すんだもん。




「最後に魔力を流し込んだのは俺だけど、お前に俺の血は流れてないから、父親と言っていいのかはわからんな。」


『ではお父様!お腹がすきましたわ!』


「ドラゴンって何食うんだ?ミルクか?」


『哺乳類ではありませんので!肉でも果物でも栄養価さえ高ければなんでも大丈夫ですわ!それと一緒に魔力も勝手に吸いますので!』




 勝手に吸うのか。




「ダロス様?」




 ふと我に返ると、皆が俺と赤ちゃんドラゴンを見て困惑している。


 そりゃドラゴンが喋ったらビックリだろうけれど。




「まさかドラゴンが喋るとは思わなかったよなー……。」


「……はい?喋る?何がですか?」


「だからこのドラゴンが。」




 今度は困惑を通り越して、驚愕している。


 感情表現豊かだなぁ。




「主様、ジブンたちには主様が一人で喋ってるようにしか見えなかったっス。ちょっと怖かったっスよ。」


「ナナセは、いつも俺の知りたい事を教えてくれるのすごいと思う。」




 今のこのドラゴンの声は俺にしか聞こえなかったのか。


 魔力を流し込んだ事でつながりでもできたのか?




「お前の声が俺にしか聞こえないのはなんでだ?」


『美味しい魔力をくれたからですわ!今までいろんな方が与えてたみたいですけれど、どれも薄味で全く食べた気にならなかったんですの!』


「へー。魔力にも味があるのか。」


『その通りですわ!だからお腹が減った時に美味しい魔力を与えてくれるようにお父様にだけは声が頭に響くようにしましたの!』


「へー。生まれたばかりなのに普通に会話できるって事は相当頭いいんだなぁ。」




 見た目は、ずんぐりむっくりで背中に羽の生えてるトカゲにしか見えないけどな。




「そういや、お前を狙ってる奴らがいるらしいから、俺たちがお前が大人になるまでの1か月ほど守ることになった。護衛に便利だからそこの奇麗なお姉さんにも声が聞こえるようにしてやってくれ。俺より強い。」


『そうなんですの?わかりましたわ!……はい!これで聞こえますわね?』


「うわ、本当に聞こえるようになったっス。違和感すごいっスね。」




 だろう?


 ギャギャギャっとか喋りそうな顔でこれだもんな?




 姫様とプロメもしゃべりたそうにしてるけど、どうすっかなぁ……。


 必要性は無いんだけどさぁ……。




「こっちの2人もお前と話したいってさ。」


『……そうですわねぇ?』


「ドラゴンと友達になる機会なんてこの先絶対無い!是非妾とも話してほしいんじゃが!」


「あああすごい!ドラゴンって念話的なコミュニケーションができるんですかぁ!?こんなのどの研究者も知りませんよ!感じたい!頭が割れてもいいから響かせてほしいです!死ぬ前の少しの時間でメモさえ残せれば本望ですよ!ダロス様!通訳を!早く通訳を!」




『こっちのお姫様?だけは不思議と可哀想なので話してあげてもいいですわ!でもそっちのなんか早口の方はちょっと……。』


「ダロス!これはちゃんと妾にも聞こえているのじゃな!?脳が作り出した幻の声とかではないんじゃな!?」


「あれ?私の方には声がまだ聞こえてないんですけど!お願いします!早く!」




 結局、押しに負けてプロメとも話してくれるようになったっぽいドラゴン。


 やっぱりメーティス様に選ばれる人はおかしいって。




「そういえば、お前には名前ってあるのか?そんだけ生まれた時点で会話出来てるって事は、生まれる前に母親から何か言われて理解してる可能性もありそうだけど。」


『名前はありませんわ!お父様がつけたいならつけてくれてもいいですわよ!残念ながら母親の記憶なんてございませんわね!というか、先ほどお父様に魔力を与えてもらうまではここまで頭がはっきりと考えられる状態ではございませんでしたわ!一気に成長させてもらえたのか、知能が上がっただけなのかはわかりませんが!』


「へー。愛の女神様由来の魔力だからとかあるのかなぁ。」




 こんな会話中にも、体の中から何かがぎゅるぎゅる吸い取られているのがわかる。


 これが魔力なんだろうけれど、今の所特に何か減っている感覚は無いから、まあ大丈夫だろう。


 姫様は、新しい会話相手ができてご満悦なようだ。


 プロメは、すごいスピードでメモを取っている。ヨダレもすごいスピードで出てる。


 ナナセだけはちょっと不満顔だ。




「こっちにいる間、主様から出る物は全部ジブンが独占したかったっス……。」


「赤ん坊に張り合うなよ……。」




 メーティス来てから、俺を独り占めしたくてしょうがないようだ。


 めっちゃ嬉しいが、ドラゴン相手にライバル心持たなくていいぞ?




「俺の知ってる有名なドラゴンの名前といえば、ヨルムンガンドとかファヴニールとか……、あれ?ヨルムンガンドって蛇だっけ?ならファヴニールで……いやでも可愛くないな。じゃあニルファとかどうだ?」


『ニルファ?それが私の名前ですのね!?わかりましたわ!ありがとうございますお父様!』




 今日、ディとフレイに続いて3人目の自称娘ができました。


 この娘をしばらく守ろうと思います。


 明らかに現時点でステゴロだと俺より強そうですけど。






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