第8話 偶然、それとも必然

「美術館で絵画鑑賞、お昼は同じ料理とひとつのサラダをシェア、公園でお喋りして。最後は、プラネタリウム⋯⋯」


 校外学習終わりの放課後。

 先日寄り道をした駅近くのファミレスで、テーブルを挟んだ向かいの席に座っている弥生は難しい顔をして腕を組み、目を閉じて軽く首をかしげている。


「それってさぁー、デートじゃん? あたし、郷土資料館だったんだけどっ」

「デートじゃないから」


 何となくそう言われそうな気配を感じていたから、間髪を入れず予め用意していた返答する。正直に言えば、楽しくなかったといえば嘘になる。でも、あくまでも授業の一環。

 それに――楽しいよりも、一緒に居て"らく"という想いの方が心をしめる割合が高かったと思う。だけど、ひとつだけ憂いに思うことがあった。


「彼女いるのかな?」

「えっ、マジっ?」

「――あっ! 違う違うそういう意味じゃないからっ!」


 今の言い方は誤解されても仕方ない言葉足らずな発言。

 伝えたかったことは、またあらぬ誤解を招きたくない、ということ。ほんの些細なことで自分の、周囲の環境が、空気がまた変わってしまうような事態だけは避けたい。


「あぁー⋯⋯まぁ、居ないんじゃない? たぶん」


 その"たぶん"は不安になるから付けないでほしい。


「気になるなら訊いてみれば?」

「それが出来れば苦労しないよ、はぁ⋯⋯」


 小さくため息をついてテーブルに組んで置いた両腕に突っ伏し、窓の外へ顔を向けてる。少し長くなった日差しに照らされたまだ明るい外の街には多くの人々が行き交い、学校帰りの生徒の姿も多く見られた。


「気持ちは解るけどさ、そんな心配しなくていいんじゃない。彼女いるなら初対面の女子と二人きりで班組んだりしないでしょ、普通」


 ――なら、いいんだけど。

 ごくごく最近身近なところで似た事例があったから、どうしても慎重に考えてしまう自分がいる。


 そんな後ろ向きの気持ちが招いてしまったのかもしれない。

 極力関わりを持ちたくなかった、あの人との再会を――。


           * * *


 お店を出て弥生と別れた後の駅のホームで、あの人を見かけた。騒動のきっかけになったあさひ紅葉もみじさんの彼氏で、ゴールデンウィーク前に告白をしてきた男子――天海あまみ透哉とうや

 やや明るい長めの髪の毛先を遊ばせたまるでモデルのような顔立ち、着崩した制服の上、緩めたネクタイ、ズボンのポケットに両手を入れて電車を待つ立ち姿は、ホームに居る他校の女生徒たちの視線のほとんどを集めている。

 この時間帯彼は部活動に参加していることもあって今日まで会う機会はなかった。気づかれる前にホームを離れようと背中を向ける。


「待てよ、水樹」

「⋯⋯何?」


 足を止めて振り向く。遅かった。天海くんは既に振り返った先に立っていた。周囲の女生徒の視線が私たちに集まり、様々な憶測の声が聞こえてきて居心地が悪い。けれど、彼は構わず話を続けた。


「話がある」

「今、急いでるから」

「電車の待ち時間に急ぐも何もないだろ」


 それはそう、誤魔化しようのない正論なわけで⋯⋯結局、場所をベンチに変えて話をすることになった。私は空いているベンチに座り、彼はホームの柱に背中を預けて腕を組んだ。出来るだけ早く話を切り上げるため、私の方から用件を尋ねる。


「それで話って?」

「復学したって本当か?」

「復学? もしかして、如月くんのこと?」

「ああ、そう」


 話は、想像していたことと違った。如月くんは、天海くんと同じ部活に所属していて、部活への復帰時期を知りたいと話した。


「どうして、私に聞くの?」

「同じクラスだから。席も隣なんだろ」

「⋯⋯旭さんから聞いた?」


『間もなく電車が到着します。黄色い線の内側までお下がり――』


 彼の「ああ」と返事を聞いてから電車に乗って、乗客の少ないエリアで小声で続きを話す。


「本人に訊けばいいのに」

「知り合いでも直接訊きづらいことだってあるだろ?」

「それは⋯⋯うん、わかる」


 私も同じ。如月くんに彼女いるのか訊ねるしまうのが一番早くて、何より人伝の伝言ゲームにならないから確実。でも、どうしてか躊躇して一歩を踏み出せない私がいる。だから、人のことは言えない。


「旭さんに訊いたら?」

「もう訊いた。でもあいつ、クラスのこと訊こうとするとなんーか妙に機嫌悪くなるんだよなぁ」


 それはキミが原因です。

 電車に乗ってひと駅の最寄り駅に停車、私は電車を降りる。


「まあ、それとなく探ってくれると助かる」

「約束は出来ないよ。プライバシーに関わることだもん」

「そこをなんとか頼む。ところでよ」

「なに?」


 振り返って、首をかしげる。


「水樹、オレと付き合おう」

「⋯⋯キミってさ、最低だよね?」


 返事と同時に閉まったドアの向こうの彼の笑顔は信じられないくらい爽やかに見えた。こんなところ同じ学校の人に見られてなければいいんだけど。

 少し気分転換して帰ろうと思って遠回り。「あら、おかえり」と声をかけてくれたお土産屋さんの女性定員さんに「ただいま」と返事を返して、注文したアイス抹茶ラテを受け取り、川にかかった朱色の欄干の橋を渡る。

 橋を渡ってすぐの公園ベンチでひと息つく。

 小池のせせらぎ、垂れ柳のさざめき、爽やかな風が抜ける図書館横の公園は、朝方よりも利用者の多い中でも自然の心地よさを再認識させてるには充分。

 しばらくして、自宅への近道がある方から知っている顔がこちらへ歩いて来る。


「あれ? もしかして、水樹さん?」

「――如月くん」


 単なる偶然なのか、それとも必然なのか。

 今ここで出会ったその人は、さっきまで話題に上がっていたその人だった――。

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