第7話 真昼の星空
バスに揺られておおよそ一時間の道のりを移動し、県内で二番目に大きな市街地の大型駐車場に停車。手荷物を持って、下車。クラス担任の高瀬先生の注意事項を聞き、各班別行動に移る。
「じゃあ、俺たちも行こっか」
私と如月くんも移動を開始。校外学習最初の行き先はこの駐車場から歩いて数分の距離にある、美術館。私たち以外にも美術館へ向かう班が多いこともあって、肩を並べて歩く移動中の会話も変に意識したりもなく、教室でする雑談の延長戦上のような感じで、特別二人だけの班行動という感じはしなかった。
「街にはよく来たりする?」
「ときどき。地元のお店より品揃え豊富だから」
「そっか。店舗の規模が違うもんね」
彼の第一印象は、想像よりも穏やかな人。
学年の端と端のクラスで接点はなかった一年生の頃から名前は有名だった。悪目立ちではなく、良い意味の方で。ただ、二年生に進級して同じクラスになった始業式の朝、休学のことを先生から知らされた。プライバシーで詳細は伏せられていたけれど、春休み中の部活動で上級生とのいざこざが原因で入院しているという噂がまことしやかに流れ、衝突した上級生ともども病院送りになった⋯⋯とも。
「俺、そんな風に思われてたの? それで、あんな微妙な空気だったのか」
「噂だよ、噂っ」
それに教室の空気は半分私のせい。
その噂が単なる噂だったというのは、彼の振る舞いを見れば一目瞭然。私の歩幅に合わせて歩いてくれたり、昼でもやや薄暗い裏通りの近道へ他の班が行くのに対し、遠回りにはなるけど日除け・雨除けのある整備された大通りの歩道を選んでくれたり。他の班より少し遅れて到着した美術館でも決して急かすことなく、通常の常設展示か期間限定の特別展示のどちらを鑑賞するか、私の意見を尊重してくれた。
「よかったの? 私が選んだ方で⋯⋯」
「もちろん。その代わりなんだけど、次は選ばせてもらっていい?」
頷いて答えて、特別展示の会場へ向かう。
展示内容は、何層にも色を塗り重ねて長い月日をかけて描かれた油絵の絵画。時間が限られているからじっくり時間をかけた鑑賞はけれど、展示されているその作品のひとつひとつから描いた画家の想いが込められているのが伝わってくる。気になった作品をメモして別の作品へ。時間が許す限り、絵画を見て回った。
そうして、美術館を後したのは正午前。ちょうどお昼時で混雑し始めた大通りを避けて、駅から少し離れた大型商業施設内のファミレスに入る。店員さんに案内された二人席の隣は偶然にも、同じクラスの
「なんだ、お前たちもここにしたのか」
「ここ穴場だし。近いからな、次の行き先にも」
答えつつ引いた椅子に座った如月くんは、正面に腰を降ろした私に見えやすいようにメニューを広げて置いた。
「確か、科学館って言ってたな。お前が選んだんだろ?」
「まあねぇ」
「せっかくなんだし、もっとそれっぽいところにすればよかったのに。なぁ? 八坂」
「私に振らないで。それより、そろそろ移動しないとバスに乗り遅れるよ」
「ああ、そうだな。じゃあ行くか。また後でな、お二人さん」
「お先に」
食事を終えた四人は席を立ち。ちょうど決まった私は、メニューを反対にして手渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがと。どうしようかな?」
ぱらぱらとメニュー捲り、程なくして呼び出しボタンを押した。すぐにメニューを取りに来た店員さんは端末を取り出す。
「お待たせいたしました」
「どうぞ」
「えっと、きのことブロッコリーのクリームスープ生パスタで」
「それを二つと、季節のサラダ。取り皿お願いします。他には?」
「大丈夫」
「はい。では、ご注文確認します――」
注文を打ちこんだ端末をしまった店員さんは別の席の注文を取りに向かっていた。美術館のレポートの下書きを考えながら、注文した料理が運ばれて来るのを待ち。次の科学館へ向かっている途中、公園の前で如月くんの足が止まった。
「ちょっと寄っていい?」
「ん? うん、いいよ」
「何か飲む」
「平気。ありがと」
彼は自販機へ。私は、木陰になっている二人掛けのベンチに座る。心地よい柔らかな初夏の風が頬を撫でる。地元と比べ、ビルや建物が密集する街の中で小さい規模ながら自然を感じられる公園。
――どうしてだろう? 接点なんて何もないのに⋯⋯。
飲みかけの水のペットボトルを手提げバッグにしまって、隣に座っている如月くんは立ち上がった。
「――ふぅ、行こうか」
「あ、うん」
一歩遅れて私も立ち上がる。公園を出て改めて、科学館へ。
科学館には予定より少しだけ遅れて到着後、如月くんはすぐに受付へ向かい、私は近くの展示物を見て待つ。
「お待たせ」
受付を済ませた彼がやって来た。
「やっぱり、退屈? こういうところ」
「ううん、そんなことないよ。今もこれ見て、色変わって不思議だなーって」
「そう。あ、そろそろ時間だ、こっち」
彼に促されるまま別館へ移動、扉の前の係員に入場券を見せて部屋の中へ。ドーム型の造りの部屋中心の大きな機械を囲うように座席が設置されていた。
「これって⋯⋯もしかして⋯⋯」
「プラネタリウム。えっと、俺たちの席は――」
階段を昇って、指定席に座る。他のお客さんも続々と席に着く。
『本日は、当館プラネタリウムにお越しくださり――』
スピーカーから女性の声で案内と注意事項が流れ、部屋の照明が薄暗くなり。ドーム型の天井に、月と満天の星空が映し出された。
『東の空をご覧ください。あの一際大きく輝く三つの星が、夏の大三角――』
「綺麗⋯⋯」
あまりにも非現実的な光景に思わず息を呑む。
真昼の空に輝く満天の星空に見入ってしまって、公園で不意に頭に浮かんだあの人のことも、星の解説も殆ど耳に入ってこなかった。
でも――隣の彼の、如月くんが微笑みながら言った「よかった」という言葉と、柔らかな横顔ははっきりと心に残った。
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