第6話 空気の変化

 校外学習を二日後に控えた放課後のHR。週末の校外学習は、事前に提示されたいくつかの施設から選ぶ選択制。候補の施設が記された資料を机に広げて、同じ班になった如月くんと行き先の話し合いは、二人班の私たちは特に揉めることなく、お互いに一カ所ずつ選んだ施設を廻ることで決まった。


「じゃあ、提出してくるよ」

「うん、ありがと」


 訪問先と人数、名前を記入した用紙を高瀬先生へ提出に行ってくれた如月きさらぎくんは、席へ戻るまでの短い距離の距離にも拘わらず男女関係なく声をかけられていた。戻ってくるまで少し時間がかかりそう。

 机の上の筆記用具を片付けながら、ここ数日のことを思い返す。如月くんが復学してからクラスの雰囲気が変わったことを肌で感じていた。それは彼の周りにはいつも誰かしらが居て、隣の席の私は急に話を振られたりするのは最初は戸惑ったけれど、そういうことが何度か続いていくうちに少しずつゴールデンウィーク前の⋯⋯ううん、ゴールデンウィーク前よりもクラスメイトと話す機会も、個別に話しかけられることも増えた。今でも一部の女子グループからの風当たりはまだ強いけれど、少なくとも自分ではどうしようもなかった、あの重苦しい居心地の悪い空気は若干薄れた。


「あの、ちょっといいかな?」


 声をかけてきた前の席の千羽せんばくんは、同じ班と思われる男子たちに「ほら、早く」などの急かす声と、物理的に背中を押されている。


「わ、分かってるよ。えっと、水樹さんたちどこ回るのかなって。もう決まったみたいだから。僕たち全然意見まとまらなくて⋯⋯」


 彼らの班は、男子4人の班。揉めることなく決まった私たちの意見が参考になるかは分からないけど、選択した訪問先を伝える。「そっか。参考にさせてもらうね。ありがと」とお礼の言葉を言って班の輪に戻った千羽くんは、男子たちから質問攻めを受ける。


「で、どうだったよ?」

「うん、聞けたよ。美術館と――」

「そうじゃないだろ。てか、美術館かぁ。確か今、特別展示やってるって書いてあったよな。人多そうじゃない」

「うーん。やっぱさ、城と合戦資料館でよくない? 人多いのダルいし」

「ま、同じテーマでレポートもまとめやすいしな。俺、それでいいよ」

「じゃあボクも」

「某も」

「えぇ~⋯⋯、せっかく教えてもらったのに⋯⋯」


 参考にはならなかったけどみたいだけど、話自体は無事まとまったみたいでよかった、と思っていたら如月くんが戻ってきた。


「お待たせ。提出してきたよ。はい」

「あっ、ありが⋯⋯なに?」


 椅子を引いて机の側面に腰を降ろした如月くんは右手の親指と人差し指で摘まんだ二つ折りの二枚の紙を、私に向かって差し出した。


「好きな方選んで」

「えっと、じゃあこっち?」


 少し迷って引いた紙を広げる。書かれていたのは、バスの座席が記された番号。私が引いたのは窓側の座席で、隣の座席は同じ班の彼。それから各連絡事項のプリント、メモ用紙、ファイルなど、受け取った物をひとつのファイルにまとめてしまっておく。

 他の班より一足先に予定を立て終えた私たちは、ここから自由時間。帰り仕度を済ませてから入ったトイレを出たところで、クラス内で私が孤立するきっかけになった同じクラスの女子――"あさひ紅葉もみじ"さんに出会した。タイミング、トイレ横の壁に背を預けていた立ち姿からしても待ち伏せされていたと断定してよさそう。

 極力意識しないよう彼女の横を通り過ぎようとした直前やっぱりというか、向こうから話しかけられた。


「ちょっと待って。話あるんだけど」

「なに⋯⋯? 前も言ったけど、あなたの彼氏のこと誑かしたりなんてしてないから」

「知ってる、そんなの⋯⋯」


 彼女の彼氏の方が一方的に言い寄ってきたことを理解してる。やっぱり、あの根も葉もない噂を悪意を持って流したのは――。


「なら、どうして? あんな噂――」

「あれは⋯⋯!」


 旭さんが何か言いかけたその時――「ホームルーム中だから、用事が済んだらすぐ教室に戻って」と、狙い澄ましたように現れた女子のクラス委員八坂やさかさんの注意を受けた。


「――トイレっ!」


 旭さんは強い視線を一瞬彼女へ送り、トイレに入って行った。


「はぁ、如月くんが探してたよ。滞在時間のことで話があるみたい」

「そっか。ありがとう」

「別に。ただ通りかかっただけだから」


 返事は素っ気ないものだった。

 でも今回のことも、班分けの時の秋葉あきはくんとの視線でのやり取りも、クラス委員の立場上表向きには一方に肩入れできない中でも気にかけてくれているんだと思った。


           * * *


 そして迎えた、校外学習当日の朝。

 乗車予定のバス周辺での点呼を終えて、番号順にバスに乗り込む。座席を確認して窓側の席に座り、隣に如月くんが座る。最後に高瀬先生が乗り、人数確認後バスは目的地へ向かって走り出した。

 賑やかな車内の中、私は車窓へ視線を向ける。

 比較的自然豊かな街から徐々に高い建物が密集する市街地と流れていく景色を眺めながら、ずっと考え事をしていた。


『絶対に負けないから⋯⋯!』


 あの時すれ違い様に投げかけられた彼女の⋯⋯まるで鬼気迫るような雰囲気の旭さんの、あの決意に満ちた言葉の本心を――。

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