第5話 特別な出会い
あの人と初めて言葉を交わしてから一週間が経った。
あの日以降電車は遅れることなく定刻通り運行している。おかげで学校に遅刻することもなく、わざわざ公園へ足を運ぶ理由もなくなった。別に理由付けとか関係なく行ってみればいいとも思ったけど、なんとなくそういう気にはならなかった。
それはきっと、いろいろな偶然が重なった中での出会いだったからこそ、あの時間を"特別"と感じたんだと思う。
だからもし、もう一度会えたなら――それはやっぱり偶然で"特別"になるんだと思う⋯⋯。
* * *
四時限目の授業を通常より早く切り上げた担任の女性教諭――
「じゃあ先週話した通り、週末の校外学習の班分けと計画を立てます。この時間は班分け。各班多くても4、5人くらいで分かれてね」
先生の言葉を合図に教室内が動き出し、あっという間にいくつかの班が出来上がった。他の人たちも仲の良い人同士で固まった複数の班がくっつき4人前後のグループが次々と出来上がっていく。
ひとり取り残されるは時間の問題。そう思った時、突然教室前方のドアが開いた。教室に入ってきたのは、初めて見る顔の男子生徒。あまりにも突然のことに教室内がざわめき立つが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに堂々と教室内を歩く彼に対して「あのねぇ」と、高瀬先生はやや呆れ顔をして声をかけた。
「どうしたの?
「どうしたの? じゃないでしょ。朝遅れるって連絡はあったけど、こっちの折り返しの電話に出ないから心配してたのよ。それとその呼び方は止めなさい」
「ホントだ、マナーモードになってた。いろいろ仕度に時間かかっちゃったんだ」
「はぁ⋯⋯分かったから席につきなさい。キミの席は一番後ろ、水樹さんの隣ね」
バッチリ目が合った。すると、爽やかに微笑んだ彼は「久しぶり~」と何人かのクラスメイトと挨拶を交わしながら隣の席まで来て立ち止まった。
「よろしくね。水樹さん」
「あ、うん、よろしく。
教室で、ここまで"普通"に声をかけられたのはいつ以来だろう。それも、初対面の男子。彼の名前は――
「今、何してるの? 絶賛授業崩壊中?」
「ううん、そうじゃなくて。週末の校外学習の班分け」
「校外学習? へぇ、そんなのあるんだね。どこ行く予定なの?」
「いくつか候補があって、班で決め――」
二人で校外学習の内容を話していると、反対側の廊下側の席で何人かと話してた男子クラス委員の秋葉くんが、グループを抜けて彼の席までやって来た。
「ずいぶん長いお勤めだったな、
「言い方。勘違いされるだろ。ねぇ?」
「し、してないよ」
急に振られて少し戸惑いつつ返した私の言葉を聞いた如月くんは白い歯を覗かせて微笑み、秋葉くんは「人の気も知らないで」といいたそうに小さくため息をつき、教卓の前に立つ高瀬先生に確認を取る。
「先生、うちの班定員オーバーになるけど構いませんか?」
「"全員"ちゃんと決まるならいいわよ」
"全員"を強調した先生の言葉で、クラス中の視線が私たちの席に向く。秋葉くんは一瞬私へ視線を向けると先ほどまで話していたグループに顔を向けた。すると、女子のクラス委員がさり気なく頷いた。
「じゃあ、うちは――」
「水樹さんは、班決まってるの?」
秋葉くんの言葉を遮り、如月くんは私に訊いた。
「え? ううん、まだ決まってないけど」
「じゃあ、組んでもらっていい? ダメ?」
「お前なあ」
「えっと、ダメじゃないけど⋯⋯」
自分だけ余ったらどこかの班に入れてもらうことになっていただろうから提案してもらえたのはありがたいのだけれど⋯⋯始業式から休学していたこの人は、クラス内で私の置かれている状況を知らない。もし二人で校外学習をすることになればあらぬ誤解と迷惑をかけてしまう。
そんな私の心配を余所に、如月くんは高瀬先生に許可を取る。
「翠ちゃん、二人でもいいよね? 他はみんな決まってるみたいだし」
「そうね。水樹さんがいいなら構わないわよ。翠ちゃんはやめなさい」
クラス中の注目を浴びる中、私の出した答えは――。
「で、二人で行くことになったわけ?」
「うん、そう」
昼休み。校庭のベンチで、昼休み前に起きた出来事を弥生と話している。
週末の校外学習は、如月くんと二人で班を組むことにした。初対面の男子と二人きりなことに葛藤がなかったと言えば嘘になるけど、それでも既に決まっていた他の班の人たちに迷惑がかからないから。
「ふぅん。けど、如月くんと二人で校外学習かぁ、女子に刺されるかもー」
「心配になるようなこと言わないで」
「あははっ、じょうだんだよ~。休学してたのは聞いてたけど復学したんだね、あっ――」
噂をすれば影。
弥生の視線の先、校舎の廊下に如月くんの姿を見つけた。彼は窓枠に片腕を預けて、秋葉くんを含めた男女数人と談笑していた。
「どしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
そう答えたけど――初めて聞いた時の想像よりも少しだけ高い声、ほんのり赤茶色混じりで肩にかからないくらいの自然な黒髪が風になびく端正な顔立ちの彼の横顔は、不思議なことに初対面じゃないように思えたのはどうしてだったんだろう⋯⋯。
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