第4話 運命の歯車
昼休み。お弁当を食べ終えたあと、自販機で買った冷たいミルクティーを飲みながら、比較的緑が多い校庭のベンチでひと休み。
GW明けからひとりで食べることが多くなったお昼は、今日もあまり気にならなかった。少し慣れたということもあるけれど、ひとりで食べるのが寂しくないと言えば嘘になる。でも、周りに気を遣わなくていいこともあって、自分のペースで食べられるのは思いのほか快適だったりした。
けど、理由はきっとそれだけじゃない。普段は飲まないミルクティーを選んだのも。今朝、公園の東屋で初めて言葉を交わしたあの人のことを考えていたから。
「ミルクティー⋯⋯」
こんな味、だったかな? 久しぶりに飲んだミルクティー。
缶だから淹れたてには及ばないんだろうけど、懐かしくてどこか優しい味がした。
「彩音っ!」
「わっ!?」
背後からかけられた声に驚いて、溢しそうになったミルクティーの缶を握り直して後ろを振り返る。そこのに居たのは予想通り、弥生。彼女は特に悪びれる様子もなく笑顔で、隣に腰を下ろした。
「何飲んでるの? ミルクティー? 好きだったっけ?」
「そうでもないけど。たまにはね」
「ふ~ん⋯⋯」
訝しげな顔で目を細めて、周りに他に誰も居ないのにそっと耳打ちをしてきた。
「恋でしょ?」
「えっ?」
「やっぱり~! うんうん、女の子は気になる相手が出来ると好みが変わるものだからね!」
「今度は、なんの受け売り?」
「ドラマ」
そうだと想った。
「彩音も観なよ~、面白いよ。
確か正式なタイトルは――"恋の
恋愛小説が原作のドラマで。主人公の男子高校生が、いつも笑顔の同級生の女子生徒が抱えている悲しい運命を知って奔走する、切ないラブストーリー⋯⋯みたいな触れ込みの作品。
「あたし、原作未読なんだよねー。けどほら、タイトルに彩音と同じ"彩"って漢字も入ってるし」
「それ関係ないよね?」
「細かいことはいいの。毎週オールで語り合おうぜー」
答えになってない。
ドラマの内容だったり、来週末の校外授業のことだったり、他愛のはない話をしていたら、同学年の女子グループが私たちの前を横切った。同じクラスの女子グループの中心の女生徒――
「やっぱ目立つねー、あの人たち」
「そだね」
「ま、百歩譲って顔が可愛いのは認める、目大っきいし。で、まだ付き合ってるのかな?」
「さあ。別れたって話は聞かないけど」
「ふーん、そうなんだ」
弥生は、それ以上は言葉にしなかった。彼女が何を思っているのかはわかる。でも、それは絶対に言わない。ちゃんと言葉の線引きが出来る弥生のこういったところが、心から信頼を置ける理由のひとつ。
「主役のイケメン俳優みたいなタイプじゃない、と」
「なんの話?」
「ん? 彩音の気になる相手」
「そういうのじゃないから。ただ、飲んでたミルクティー美味しそうだなーって思っただけ」
「あ、ホントに居たんだ。どんな人? カッコいい? 可愛い系?」
「ハァ⋯⋯」
思わずため息が溢れる。会話の中で探られてた上に、鎌をかけられた。前言撤回して親友辞めようかな。好奇心いっぱいの瞳で見詰められ続けて結局は根負け。
「綺麗系⋯⋯かな?」
「おお~っ! 何気に初だよねー、恋バナっ!」
弥生が想っているような色恋の感情じゃない。だって、その人は――。
「女の人だよ」
「えっ? そっか⋯⋯大丈夫、あたし理解あるし」
「何言ってるの? あ、予鈴鳴った」
荷物を手早くかたして、校舎へ戻る。校舎の廊下をお互いの教室へ向かって歩きながら、弥生は軽く腕を組んで、左手の人差し指を下唇に添えて言った。
「同性でも見とれるくらいキレイな人かぁ。誰に似てる?」
女優、タレント、アイドル⋯⋯ぱっと思い浮かんだ有名人の誰にも当てはまらない。それはきっと、"綺麗"がただ顔立ちが整っていたからだけじゃなくて、あの人を初めて見た時の儚げな横顔、顔を合わせた時の柔らかな表情、仕草、声や言葉使いの中に独特の空気を感じていたから。
「ミステリアスガールとかますます気になるじゃん。明日会いに行こ」
「弥生の家と正反対だけど?」
「じゃーあ、写真撮ってきてー」
「無茶言わない。もう⋯⋯」
帰り道。普段より遠回りをして足を運んだ、図書館隣接の公園。今朝話をした公園内の東屋にも、初めて見かけたベンチにも、あの人の姿は見当たらなかった。もし次また会えることがあったら、もう少し話をしてみたいとか思ったりもしたけど。そう都合よくはいかないみたい。
お店のメニューにない"ミルクティー"が注がれた紙コップを持ったあの人は、本当に実在していたのかな? なんて、非現実的ことを思いながらお茶屋さんの前を歩いていると、不意に声をかけられた。
「いらっしゃい⋯⋯あら、今朝の女の子よね?」
「こんにちはー」
「ちょうど良かった。ちょっと寄っていって」
声をかけてきたのは、今朝話したお店の店員さん。団体のお客さんが捌けて、ちょうどひと息ついたタイミングだった。ドリンク商品と同じ紙コップに注がれた冷茶をいただき、カウンター越しに世間話。
「今、帰り?」
「はい。お忙しそうですね」
「かき入れ時だから、うれしい悲鳴ね」
「あ、おいしい⋯⋯」
「そう。よかった」
いただいた冷茶はほのかに甘く、新茶の爽やかなニオイが香る高級茶葉の玉露。チラッと見えた棚に並ぶ高級茶葉の値段は普段スーパーで見かけるお茶と桁がひとつ違った。恐縮しきっていると、店員さんは笑顔で言う。
「今日は売上よかったの。あなたのおかげでね」
「私ですか?」
売上に貢献した心当たりはない。
「常連のお客さんでいつもは違うものなんだけど、"抹茶ラテ"を注文したの。あまりに美味しそうに飲むものだから、他のお客さんも気になったのね」
もしかして、あの人――と思ったが、私が朝持っていた抹茶ラテを見て買ったのは、私と同い年くらいの男子とのことだった。空いた紙コップは電車に乗る前に駅のホームのゴミ箱へ捨てたから、公園から駅へ戻る途中か、電車の待ち時間にお店のロゴが入ったコップを見た男子が買いに来たのだろう。
店員さんにお礼を伝えて、近道を通って自宅へ帰る。なんとく普段はあまり通らないようにしている総合病院の前を通りかかった時、同じ学校の制服を着た男子生徒が病院から出てきた。先に気づいたのは、男子の方。
「水樹か?」
「
同じクラスで男子のクラス委員を務める、
――気まずい、どうしよう。
クラスでの問題もあるけど、でも今は、それも些細な問題に思えた。同級生が⋯⋯何度か話したことのあるクラスメイトが、この地域で一番大きな総合病院から出てきた。迂闊なことは言えない。
「今、帰りか?」
「う、うん。公園の向かいの図書館に寄って来たんだ。近所だから」
少しだけ嘘をついた。だけど、話題を変えるきっかけになった。
「図書館の近くのお茶屋さん知ってる? あそこの抹茶ラテ美味しいんだよ」
「そうなのか。そう言えば⋯⋯」
「ん?」
「⋯⋯いや。店先にのぼりが出てたなって。帰りに買って帰るか」
「おすすめだよ。じゃあ、また明日」
「明日は遅刻しないようにな」
「昨日も、今日も、電車が遅れただけだから」
「そうだったな。じゃあな、気をつけて帰れよ」
「ありがと」
秋葉くんは、私が通って来た道を歩いていった。
病院に視線を向け、前を向き直して、私も歩みを戻す。
彼が何か隠し事をしていたことは容易に想像出来た。彼本人なのか、それとも別の誰かなのか。気にはなっても不粋に踏み込めるような間柄でもない。
彼が、秋葉くんが誤魔化し通そうとしたモノが何なのか――。
私がそれを知ったのは、もう少し後になってからで。
そしてそれが何かを知った時、あの日から止まっていた私の⋯⋯私とあの人の運命の歯車が静かに回り始めた。
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