ギルバード・スルトレイト(3)
ギルが目を覚ましたとき、彼の側には赤薔薇の聖女様とその筆頭守護騎士がいた。
赤薔薇の聖女様は優しくギルに微笑みかける。
赤薔薇の筆頭守護騎士はとても優しい目をしていた。
ふたりは祖母、祖父と呼べるくらいの年齢である。
「ギルバード、厳しい言い方をして、あなたを傷つけてしまいました。申し訳ありません」
「いえ。そんな……。わたくしの質問に答えてくださりありがとうございます」
ギルは謝罪を否定するが、声に元気がない。
ふたりの顔に悲しみの色が浮かぶ。
「下手に誤魔化すよりも、端的に真実を述べた方がよいと判断したのですが……。こんなに長く生きているというのに、わたくしは筆頭守護騎士様の献身を正しく理解できていなかったようです。聖女は筆頭守護騎士様からここまで想われているとは」
「……今、銀鈴蘭の聖女様は誰が護っているのでしょうか?」
ギルの疑問に赤薔薇の聖女様は思案顔になる。
「筆頭守護騎士よりも強き守護の力を持つ者……でしょう。それこそ、神か精霊王か、それに近しい奇跡の存在ではないでしょうか? どこかにいらっしゃる聖者様がお護りしているかもしれませんね」
「ハハハ。神か精霊王、聖者様ですか。その方々がお相手では、わたしは敵いませんね。必要とされないわけです」
乾いた笑いと共に、ギルの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「教えてくださってありがとうございます。聖女様がそのような尊い存在に護られているのは、善きことです。わたしが心配する必要はないのですね。わたしを必要としないほど、聖女様が健やかに、心穏やかにお過ごしならば、それはとても、とても善きことです」
「ギルバード、おまえは間違いなく銀鈴蘭の筆頭守護騎士。そこのとに誇りを持て」
年老いた筆頭守護騎士が、皺だらけの手でギルの頭を撫でる。
「絶対に忘れてはならない。おまえは銀鈴蘭の聖女様のたったひとりの筆頭守護騎士なのだ。おまえが筆頭守護騎士であることをあきらめたら、銀鈴蘭の聖女様はひとりしかない筆頭守護騎士を失うことになる」
「わかりました」
ギルが泣き止むまで、ふたりはずっと側にいてくれた。
その後もギルへの誹謗中傷、嫌がらせはなくならなかった。
さらに激しいものへとなっていく。
聖女様や筆頭守護騎士たちは、静観の立場をとっていた。
自分たちが表立ってギルを庇えば、さらにギルへの風当たりが厳しくなるとわかっていたからである。
ギルも辛かったが、ただ見守ることだけしかできなかった聖女様や筆頭守護騎士たちも辛い日々を過ごすこととなった。
だったのだが、あの日からギルは祈りを捧げることが多くなった。
今までは「銀鈴蘭の聖女様に早く出会えますように」だったのだが「銀鈴蘭の聖女様が、いつまでも健やかに穏やかに過ごされますように」という祈りに変化した。
自分は何年でも待とう。と心に言い聞かせる。
銀鈴蘭の聖女様は、大きな存在に護られているのだ。
自分が必要とされる時がくるというのは、裏を返せば銀鈴蘭の聖女様がその護りを失ったときということである。
それは聖女様にとって不幸な出来事であり、窮地に立たされるということだ。
ギルは聖女様の不幸を願っているのではない。
それからさらに一年が過ぎた頃、ギルは聖女様たちからひとつの水晶玉を渡された。
ギルが水晶の玉を受け取ると、白百合の聖女様が、「ゲルプージュ辺境領の方角に銀鈴蘭の聖女様の気配を感じました」と告げた。
これは今までにはなかったことだった。
今までの聖女様捜しのときは、水晶を手渡されたことはなかった。
「ギルバード。この水晶は、わたくしたちの祈りの結晶です」
「今回は、数多の星々の中から一つの星を見つけだすかのごとく、困難な旅となるでしょう」
「その水晶は、あなたが無事に聖女様の元へたどり着くための助けとなるものです」
「役目を終えて水晶が砕け散るとき、それはあなたが銀鈴蘭の聖女様と対面したときです」
「あなたの無事をわたしたちはここで祈っております」
「よき巡り合いを」
聖女様は口々に祈りのコトバを授けていく。
六人の聖女様たちと五人の守護騎士に見送られ、ギルと彼の養父はゲルプージュ辺境領へと向かったのである。
彼らが向かったゲルプージュ辺境領は、帝国の中でも五指に入る広大な領地で、小国並の広さがある。
銀鈴蘭の聖女様は、その領地の何処にいるのかわからない。
容姿や特徴もわからなかった。
白百合の聖女様によると、銀鈴蘭の聖女様は十五歳から十八歳くらいの少女であるらしい。
それだけを手がかりに、ギルたちは領内を巡った。
どんな小さな村も見逃せない。
地元の神殿にも協力を求めた。
少女たちを集め、水晶に手を置いてもらったが、なにも起こらない。
そんな日が延々と続くかに思われたのだが、今日、やっとギルは銀鈴蘭の聖女様に出会うことができたのだ。
聖女様の水晶は役目を果たし、砕け散った。
だが、ここでもまた、予想外のことが起こった。
銀鈴蘭の聖女様が「嫌だ!」を連発したのである。
養父をはじめ、六人の筆頭守護騎士たちが語った出会いとずいぶん違う。
聖女様は筆頭守護騎士との出会いを喜び、生涯をともにあることを誓いあったというのに……。
ギルにはどうしてよいのかわからなかった。
薬屋を退出した後、養父に相談したが、養父も「わからん。信じられん」と、全く役にたたない。
「銀鈴蘭の聖女様のことは、銀鈴蘭の筆頭守護騎士にしかわからぬものだ。おまえが望むままにすればよい」
と言われ、ギルは建物の側で聖女様を護衛することに決めた。
養父は反対しなかった。補助として守護騎士をひとり残していこうか、と提案されたが断った。
元冒険者だったギルは、気配を殺して潜むことに慣れていた。上手く隠れていたつもりだったのだが、あっさりと聖女様に見つかってしまった。
色々あって、気づけば屋根裏部屋に滞在することを許された。
ハーブティーも美味しかった。
許されることならもう一度、飲んでみたいと思った。
聖女様との食事も楽しかった……。
また食事を用意してもよいという許可もいただけた。
「護りたいな」
口からこぼれ落ちたこの言葉がすべてだった。
大事な聖女様の大事なものを護りたい。
そのためには自分はどうしたらよいのか必死に考える。
ギルは部屋に散乱していた木箱を脇に寄せると、箱の陰に隠れていた折りたたみ式のテーブルと椅子を組み立てはじめた。
簡易式のテーブルと椅子は少し小さかったが、この部屋の広さにはぴったりだ。
そろそろと椅子に座る。潰れなかったことに安堵する。
【収納】魔法の呪文を唱え、ぽっかりと開いた口から紙と筆記用具をとりだす。
そして、ギルは長い長い手紙を書き始めたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます