ギルバード・スルトレイト(2)
三年、四年と月日は流れるが、ギルが銀鈴蘭の聖女様に出会うことはなかった。
聖なる力を備えた女性がいる、という情報が大神殿に届けば、どんなに遠い場所でもギルはその場所に赴いた。
聖女の名を騙る偽者、回復魔法を聖女の奇跡と勘違いしていた者もいた。
全員が違った。
その頃から、聖女を見出すことができない、出来損ないの筆頭守護騎士として陰口をたたく者。
銀鈴蘭の筆頭守護騎士は偽物ではないかと疑う者。
銀鈴蘭の筆頭守護騎士の資格をギルから奪うべきだと主張する者。
などが、ひとり、またひとりと増えだしたのである。
ギルがクルサスの養子になってから七年目にもなると、ギルを疑問視する声は大神殿中に響き渡っていた。
陰に隠れて囁くのではなく、本人を前にして直接言う者もではじめた。
それだけにとどまらず、その声はギルを筆頭守護騎士として推薦した、彼の養父クルサスの誹謗へと発展していった。
貴族ではなく平民で、しかも孤児である自分に対する風当たりは厳しいものだと覚悟はしていた。
だが、養父にまで迷惑をかけるとなると、話は違ってくる。
ギルの心は深く傷つき、徐々にすり減っていく。
「己は本当に筆頭守護騎士なのか」
と自問自答する日が続き、最後には、
「銀鈴蘭の聖女様は実在しているのか」
という疑いが芽生えてくる。
耐え切れずに養父に親子関係の解消を願いでたが「なにを馬鹿なことを言っている」と鼻で笑われただけだった。
「わたしはおまえが銀鈴蘭の筆頭守護騎士であることを知っている。他の筆頭守護騎士様たちも、聖女様たちも、おまえが銀鈴蘭の筆頭守護騎士であることを知っている。だから気に病む必要はない」
と養父は言った。
クルサスは、己を批判する者たちに対してなにもしなかった。
いや、ギルの養父は「なにもわかっていない愚か者の言いなりになる必要はない」と、相手にしなかったのである。
養父は誹謗に屈することなく、淡々と己の務めをはたしている。
その姿は毅然としており、とても美しかった。
白百合の聖女様に仕えることがクルサスの喜びであり、筆頭守護騎士の姿だと、ギルに示しているかのようであった。
しかし、銀鈴蘭の聖女様が見つからない限り、事態が好転するはずもない。
ギルを筆頭守護騎士の座から降ろすべきだという声も大きくなり、集団で筆頭守護騎士たちに訴える場面がたびたび見られるようになった。
だが、六人の筆頭守護騎士様たちのギルへの態度は変わらなかった。
六人いらっしゃる聖女様たちも同様だ。
彼ら彼女らはギルを銀鈴蘭の筆頭守護騎士だと呼び、俯きがちになるギルを𠮟りつけて励ましつづけた。
「ギルバード、あのような声に惑わされてはいけませんよ」
「そうです。あなたは筆頭守護騎士として毅然と構えていればよいのです」
「ですが、護る聖女様もいらっしゃらないのに、わたくしが本当に筆頭守護騎士を名乗ってよいものなのでしょうか? わたくしの聖女様は本当にいらっしゃるのでしょうか?」
気づけば『ギルバード・スルトレイト』となってから八年の歳月が過ぎていた。
涙を流しながら訴えるギルを、聖女様たちは痛ましげに見つめる。
あ、これは後で筆頭守護騎士様たちに「わたしの聖女様を悲しませるとはなにごとか」とボコボコにされるな、と思いながらも、ギルは訴えを止めることができなかった。
「銀鈴蘭の聖女様は、間違いなくいらっしゃいますよ」
「では、なぜ、わたしの前に現れてくださらないのですか!」
六人の聖女様たちは顔を見合わせる。
彼女たちはなぜ、ギルが聖女と出会えないのか知っていた。
だが、その真実を教えることをこの日までためらっていた。
長い沈黙の後、老齢の赤薔薇の聖女様がついに口を開く。
彼女が最も年上で、聖女様たちのまとめ役でもあった。
「……現在の銀鈴蘭の聖女様は、筆頭守護騎士様よりも強い存在に護られているのでしょう」
「え? それはどういう意味でしょうか?」
「銀鈴蘭の聖女様は、強い存在に護られており、今はまだあなたの庇護を必要としていない状態だと思われます」
「筆頭守護騎士よりも強い存在?」
「今はまだその時ではないだけです。その日が来るまで待つのです。……ギルバード、わたくしの話を聞いていますか? ギルバード!」
「わたしが……銀鈴蘭の聖女様に必要とされていない」
ギルの顔色がみるまに悪くなっていく。
心臓に冷たいナイフが突き刺さったような傷みに襲われた。
「そんな……聖女様。わたしは聖女様に必要とされていない……」
そう呟くと、ギルはショックのあまり気を失ってしまったのである。
その後は大変だった。
聖女様たちの悲鳴が響き渡り、守護騎士たちが慌てふためき、筆頭守護騎士たちは気を失ったギルに激怒した。
もう少しで袋叩きになるところだったが、聖女様たちが筆頭守護騎士たちを叱ってくれたので、ギルは事なきを得た。
もし己が「聖女様に必要とされていない」と言われたらどうなるか、ということを想像し、筆頭守護騎士たちは振り上げていた手を下したのである。
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