3-4. ものすごく最適で理想的な部屋です
ベッドは部屋の隅にあるが、サイズが少し小さそうだ。
その周囲には、なにが入っているのかもわからない木箱がいっぱい積んである。
ベッドを利用するには、まずは箱をどうにかしないといけない。
部屋には折り畳み式のテーブルと椅子があったはずだが、それはどこにしまったか。
部屋ではなく、物置だ。
しかもすごく埃っぽい。
想像していた以上に部屋は埃まみれだった。ほんのりカビの臭いもする。
ワタシもギル様も、埃を思いっきり吸い込んで咳き込んでしまった。
「ゴホっ。すみません。ゴホ、ちょっと、これは……ヒトをお通しできる部屋ではありませんよね。ゴホゴホッ」
「ナナ様、大丈夫ですよ」
ギル様は詠唱をはじめて【清掃】魔法を発動させる。
埃がぶわりと舞い上がり、ワタシたちはさらに激しく咳き込んだ。
大量の埃で目の前がかすむ。
見えない風が渦を巻き、部屋の埃を吸い取っていく。
「ゴホ。ゴホッ。頑固な埃でしたね」
「すみません。屋根裏部屋がこんな状態になっているとは……」
魔法はすごいもので、あれだけ埃っぽかった部屋から一瞬で埃が消え去っていた。
「わたしの魔法練度ではこれが限界ですね」
ギル様は腕を組み、床や壁を睨んでいる。
「埃も完全に消し去ることができませんでしたし」
生活魔法が壊滅的なワタシにしてみれば、すごく綺麗になったと思うのだが、ギル様はこの仕上がりに納得できないでいるようだ。
まあ、この部屋を使うのはワタシではなく、ギル様なので、ギル様が綺麗になったと思えないとだめなのかもしれない。
「ギル様、この部屋が無理なら……」
神殿にお帰りいただこう。
そうだそうだ。護衛はあきらめて神殿にかえってください。
「え? 無理? 全然大丈夫ですよ。ナナ様をお護りするには、ものすごく最適で理想的な部屋です」
「そうですか? なんだか、ちょっと不満というか、不服そうな顔をされていたので、汚れている部屋が苦手なのかと」
ワタシの言葉にギル様は目をパチクリさせる。
「汚れている部屋が苦手? 大丈夫ですよ。慣れています。わたしは孤児でしたので平気です。神殿住まいの者は世俗とは無縁の世界で生きていると思われているようですが、わたしは平民街に住んでいましたから、そういったお気遣いは無用です」
「え……」
笑いながらさらりと言ってのけたギル様に、ワタシは驚きの眼差しを向ける。
「わたしを拾って育ててくださった孤児院の院長先生はよい方でした。それは他の孤児院と比べればという話ですが。食べることが優先され、住居は後回しで。寒さがしのげ、雨に濡れる心配がないだけありがたいと……。それと比べるのも失礼なのですが、この部屋は実に快適です」
遠まわしな言い方でまどろっこしくも感じるが、こういう汚くてみすぼらしい部屋は住み慣れているということだろう。
「それに、養父と出会うまでは冒険者をしていたので、様々な場所で寝泊りしていました。馬小屋や物置き、それこそ、外や洞窟内での野宿や、床の上での雑魚寝でも全く気になりません」
「それはワタシが気になりますので、ワタシの目の届く範囲ではやめてください」
「わかっております」
ギル様はとても楽しそうだ。
だったら、なぜ不満そうな顔をしていたのだろうか。
「同じ孤児院で育った幼馴染みがいるのですが、そいつが【清掃】魔法に精通しているのです。そいつがいたら、もっと綺麗になっていただろうと思っただけです」
なるほど。
そういうことか。
ギル様の過去は意外だったが、この部屋でワタシの警護をする、という意思に変わりはないようである。
「ナナ様、この部屋を中心として、建物に結界を張りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「好きにしてください」
ギル様は部屋の中心あたりに行くと、腰に差していた剣を鞘ごととりだす。
そして両膝をつき、剣を床に立てた。
目を閉じ、剣に向かって、ブツブツと祈りの詞を奏上する。
部屋の空気が引き締まり、ゆっくりとなにかが動き始める。
真剣なギル様の横顔に、ワタシは思わず見入ってしまった。
コンコンと床を剣で叩きながら、ギル様は謡うような声でコトバを紡ぎはじめる。
しばらくすると剣が輝きはじめ、床の上に青白い光を発する魔法陣が出現した。
魔法陣はどんどん広がっていき、ワタシが立っている場所も魔法陣の中にふくまれる。
建物全体に魔法陣を展開させるのだろう。魔法陣の広がりは止まらない。
床を叩くたびに魔法陣が出現し、どんどん厚みを増していく。
とても高度な結界魔法だ。
コトバは長く、いつ終わるのかわからない。
剣からも魔法陣からも、謡うような不思議な音が聞こえる。
美しいコトバの合唱は、この家に棲みついていた精霊たちにも聞こえたようだ。
精霊たちが騒ぎ出し、魔法陣の上でクルクルと回転をはじめた。
様々な色の光の乱舞に、ワタシは思わず息を呑む。
その光の中心には、ギル様がいた。
ギル様の額にはうっすらと汗がにじんでいた。
自らも光を放つその姿は神々しく、守護騎士たらしめる光景だった。
屋根裏部屋を中心に大きな力が広がり、建物全体をすっぽりと包み込む。
魔法陣がひときわ眩しい光を放つ。
カツン。カツン。カツン。
床が三度鳴った。
ギル様の「終わりました」という声で、ワタシは閉じていた目を開けた。
元の暗い屋根裏部屋にワタシはいる。
「ナナ様、結界が張れました。ここに棲む精霊たちの力添えもあって、頼もしい結界となりました。帝都の大神殿には劣りますが、聖女様をお護りしたいという、結界の気持ちだけは負けていません。自信を持って宣言させていただきます」
結界に気持ちがあるのは初耳だが、自信満々に宣言するギル様を眺めていると、そういうものなのかと納得してしまう。
守護騎士様はみんなこんなのだろうか。
だったら、彼らを従えている聖女様は大変だな、とワタシは思った。
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