3-2. まるで夢のようです

 こんな時間にダイニングに通しておいて、お茶だけで筆頭守護騎士様を追い返すわけにもいかない。


 ワタシが夕食の準備を始めようとしたら、ギル様が「わたしに用意させてください」と言いだした。

 筆頭守護騎士様に包丁を持たすことなどとんでもない、と何度も断ったのだけど、ギル様の意思は固く、最後には床に膝まづいて涙ながらに懇願してきたので、お願いすることにした。


 ワタシに使ってもよい食材を確認すると、ギル様は鼻歌をうたいながら調理をはじめた。


 白い騎士服をまとった大男が、狭いキッチンに立って、ご機嫌で晩御飯の用意をしている。

 こんな光景を見ることになるとは、ニンゲンの営みはなにが起こるのかわからない。


 ギル様は手慣れた様子で、手際よく調理をすすめていく。


 しばらくすると部屋じゅうにとてもよい香りがただよってきた。

 ちょっと、これは……期待していいかもしれない。


 さほど待たずして、テーブルの上には、野菜たっぷりのスープ、干し肉を炙って卵で包んだものとサラダ、野菜団子を包み込んだ総菜パンが並べられる。


「す、すごい!」


 食べ物がキラキラと輝きを放っているよ。

 とても美味しそうだ。


 しかし……。


「ひとり分しかありませんが、どういうことでしょうか?」


 ニコニコと満足そうに微笑んでいるギル様をワタシは見上げる。


「わたしは後で携帯食を食べます。簡単なもので申し訳ないのですが、どうぞ召し上がってください」


 いや、これは簡単なものじゃないから!

 少なくともワタシはここまでのモノは作れない。

 いや違う。

 問題はそこじゃない。


「ギルは食べないのですか?」

「いえ。携帯食がありますので」

「ひとり分しか用意しなかったのですか?」

「ナナ様の夕食をご用意いたしました」


 どや顔で宣言するな!


「ワタシだけがコレを食べるなんてできません!」

「この料理はお気に召しませんでしたか?」


 どや顔から一気にオロオロとした顔になる。


「違います! ワタシはギルと一緒に夕食を食べようと思ったのです!」


 なのにひとり分しか用意しないとは……。

 このマヌケと罵りたくなるのをぐっと堪える。


 ワタシは席を立つと、皿を用意する。


「ナナ様?」

「半分ずつ食べましょう」

「それでは量が足りないかと……」

「だったら、その携帯食も半分ずつにして食べてしまいましょう。携帯食を用意してください」

「携帯食は……その、あまり美味しくはないのですが」

「だったら次からはふたり分、きちんと用意してください」


 急がないと美味しそうな料理が冷めてしまうという焦りから、ワタシはうっかり失言してしまった。


「ナナ様! 次の食事もわたしが用意してよろしいのですか!」


 なぜ、そんなに喜ぶ。

 

「いいから早く携帯食を用意しなさい! 料理が冷めちゃうでしょ!」


 ワタシの迫力に驚いたのか、ギル様は早口で呪文を唱える。

 【収納】魔法だ。

 なにもない空間にぽっかりと穴があき、そこにギル様が手をつっこみ、小さな紙包みをとりだす。


 ギル様は【収納】魔法が使えるのか。

 羨ましい。

 魔法を勉強したのだが、ワタシに魔法の才能はなかったようである。

 生活魔法は全滅だった。使うと生活が破綻するような結果になってしまう。

 その代わりといってはなんだが、精霊魔法がそこそこ使える。


 薬の調合にはとても役立つのだが、収納系や移動系の魔法が使えたら便利なのになぁとは思う。


 そういうちょっとしたトラブルがありながらも、ワタシとギル様は夕食を共にした。


 ギル様の料理はとても美味しかった。

 素朴で温かな味がした。

 凝った料理ではないのだけど、この短時間で限られた食材ですごいと思う。

 

 ただ……。

 携帯食は、食材をパン生地に練りこみ、魔法でカッチカチのガッチガチに固めたものらしく、とても不味かった。

 スープに浸しながら、頑張って咀嚼する。

 携帯食はその名の通り、栄養を追求し、携帯しやすく小さくしたものだったが、凝縮しすぎだと思う。

 まるで、殻ごとクルミを食べているみたいだ。


 冒険者や騎士様たちはこんなものを日常的に食べているのかと思うと、ちょっと気の毒になってしまう。


「ナナ様と同じテーブルで食事ができるなど……。わたしの手料理をナナ様に食べていただけるなど……。まるで夢のようです」


 そうですか。そうですか。

 ワタシも夢を見ているようですよ。

 夢は夢でも悪夢ですけどね。

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