2-5. このままでお願いします!
ワタシはダイニングへと筆頭守護騎士様を案内する。
掃除はしているのだけど、百数年近く使用している庶民の部屋なので、あちこちに汚れがみられる。
「筆頭守護騎士様は、こちらにおかけになってお待ちください」
「はい」
ワタシが用意した小さな椅子に、筆頭守護騎士様がちょこんと座る。
立派な騎士服を着た方をお通しする部屋ではないが、話ができる部屋はここしかない。
ワタシはハーブティーをふたり分用意すると、向かいの椅子に座った。
「こ、これは……」
筆頭守護騎士様は食い入るようにハーブティーを見つめる。
「ハーブティーです。お嫌いですか?」
「いえいえ! 聖女様がご用意したモノを嫌うだなんて!」
とんでもないことです、とプルプル激しく首を振る。
そして、そのままじっと、ハーブティーを眺めている。
お茶は眺めるものではなく、飲むものだが……飲みたくないものを無理に勧めるのはよくない。
「疲労回復の効果があるハーブをメインにブレンドしたものです。毒など入っていませんよ」
ワタシはひとくちお茶を飲む。
うん、今日も美味しいお茶を飲むことができた。
お茶は上手く淹れることができるのに、どうして料理の腕はイマイチなんだろう。
とか思いながら、ほっと一息つく。
仕事の後の一杯は格別に美味しい。
今日は色々あったけど、グラットから薬の素材を仕入れることができたし、薬を卸すこともできたのでまずまず満足だ。
閉店後のお茶は日課のようなものだ。
初代店主から続く『雪雫の薬鋪』の伝統と言ってもいい。
筆頭守護騎士様はピクリとも動かず「聖女様のハーブティー、聖女様のハーブティー」と呪文のように呟いている。
ちょ、ちょっと怖い。
「普通のお茶もありますので、淹れなおしましょうか?」
聖女様の守護騎士に選ばれるヒトたちは聖人君子らしいから、嫌いなものをだされても断ることができないのだろう。
悪いことをしてしまった。それに、目の前でハーブティーに向かってブツブツと呟かれては、ゆっくりとお茶も愉しめない。
「いえ! 聖女様! 大丈夫です! このままで! このままでお願いします!」
「ハーブティーがお嫌いなのでしょう?」
「いえ、違います! 飲めます! ただ、聖女様が淹れてくださった貴重なお茶を、飲んでしまうのがもったいなくて! まだ飲めません!」
このヒトはなにを言っているのだろうか。
お茶は飲むために淹れるものだ。
「お茶が冷めてしまいますよ」
適温というものがあるので、美味しいタイミングで美味しくいただいてほしいのだが……。
それとも猫舌なのか。
「聖女様! 聖女様より初めて下賜された記念すべき貴重な品を、もう少しこうして眺めて鑑賞することをお許しいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「…………」
(グラット助けて。ワタシはこの質問にどう答えたらいいんだろう)
心の中で呼びかけるが、当然のことながら返事があるはずもない。
「どうぞ、ご自由に……」
「ありがとうございます! 聖女様!」
全く理解できないけど、筆頭守護騎士様はとても喜んでくれているのはわかった。
「あのぅ……。できればですけど、聖女様と呼ぶのはやめて頂きたいのですが」
「なぜですか?」
言い出すタイミングを見計らっていたのだが、我慢できずに言ってしまった。
予想していたとおり、激しく驚かれてしまった。
「……街のヒトに聞かれたら困ります」
「ああ。そうですね。思慮が足りず、申し訳ございませんでした。聖女様を手中におさめようとする不届き者に、聖女様の存在を知られては大変ですよね」
ちょっと違うけど、まあ、もうそれでいいや。
「それでは、聖女様のことは、なんとお呼びしたらよろしいのでしょうか?」
「ナナと、呼んでください。それがワタシの名前です」
父様がつけてくれた名前だ。
ワタシは父様が『七番目に拾った子ども』だから『ナナ』だそうだ。
「ナナ様ですね。素敵なお名前です。エルフが使用する古の言葉では、確か『愛しい子』と云うのですよね?」
「……そうです」
驚いた。まさかエルフの古語をニンゲンが知っているとは思わなかった。
やはり守護騎士様だ。
ただのメソメソ男ではないようだ。
「では、わたしのことはギルとお呼びください」
「ギル様ですか?」
「いいえ。ギルでお願いします。『様』は不要です。ナナ様」
「筆頭守護騎士様を呼び捨てにするなどできません……」
「ナナ様、聖女様が守護騎士を様づけで呼ぶことは許されておりません」
「ワタシはまだ自分を聖女だと思っていないのですけど?」
思ってはいないのだが、グラットの話を聞いてしまった後では、主張するだけ無駄という気もしてきた。
だからといって、自分が聖女だというのも信じられない。
「でしたら、わたしのことも守護騎士ではなく、そうですね……護衛に雇った冒険者とでも思ってください」
筆頭守護騎士様は、なかなか難しいことを言ってくる。
だけど、この辺りが妥協点なのかもしれない。
ギル様にもいろいろと制約があるのだろう。ニンゲンって、本当に面倒な生き物だ。
「わかりました。筆頭守護騎士様のことはギルと呼びます。ただし、ワタシのこともナナと呼んで欲しいと思っていることだけは、理解しておいてください」
「承知いたしました」
なんだかとても疲れてしまった。
まだ本題にも触れていないのに、ずっとこの調子なのだろうか。
ギル様はまだハーブティーに手をつけず、ただ眺めているだけだ。
使い古したカップに注がれたハーブティーを、なぜそこまで愛おしそうな顔で眺めることができるのだろうか?
一歩前進というか、前途多難だ。
これはいつまで続くのだろうか。
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