2-4. さっさと入ってください!

「筆頭守護騎士様……わかりました」

「ありがとうございます。聖女様!」


 ギルバード様が嬉しそうに微笑む。

 純真で一途な笑顔が眩しすぎる。


「とりあえずは、その隙間からでてきてくれませんか?」

「はい」


 ギルバード様は横向きになると、ずりずりと隙間からでてくる。

 美しい純白の騎士服が壁に擦れて汚れやしないかと、ハラハラしてしまった。

 やはり、ギルバード様の体格では、この隙間は狭すぎるのだろう。


「ここで立ち話というのも近所の目がありますので、店内にお入りください」

「よろしいのですか?」


 とまどいをみせながらも、ギルバード様の声は弾んでいる。

 キラキラと輝く瞳は、市場に棲みついてみんなから可愛がられている、大きな犬とそっくりだった。

 

 営業中というプレートを準備中に変えると、ワタシは店の扉を大きく開いた。


「……ここには聖女様おひとりで暮らしていらっしゃるのでしょう?」


 街の神官にワタシのことを聞いたのだろう。

 店舗と住居が一体となっている古ぼけた建物を見上げながら、筆頭守護騎士様が後退る。

 すでに逃げ腰だ。

 さっきまでの勢いはどこにいってしまったのだろうか?


「お話は明日、白百合の筆頭守護騎士も交えてでよろしいのでは? さきほどの場所がダメなら、裏口の方で護衛をいたしますので」

「あなたみたいな目立つ方が、裏口に……店の周囲にいらっしゃると近所迷惑になります。みんなからなんと言われるか」


 近所の飲食店で働いている、噂好きイケメン好きのウェイトレスに見つかったら、色々と大変そうだ。

 それでなくても、噂というものは広がりやすい。

 この街に来た当初は、新たにハーフエルフが街に棲みついたとかで、好奇の視線にさらされて、とても不愉快な思いをしたものだ。


 ようやく街のヒトたちの興味の対象から逃れることができたのに、ここで再燃となったら困る。


 森暮らしが長かったワタシは、ヒトとの交流が苦手なのだ。


「わたしがここにいると、聖女様にご迷惑がかかるのですか……」


 そのとおりです。

 はっきりいって、迷惑なのです。

 おとなしく街の神殿で、他の守護騎士様たちと仲良く寝てください。

 ……と、言いたいところなのだが、筆頭守護騎士様はワタシの言葉に元気をなくし、力なく項垂れている。再び泣きだしそうな顔になっている筆頭守護騎士様を前にすると、言葉に詰まってしまう。


 非常にわかりやすいヒトだが、非常にめんどくさいヒトだ。


「とにかく! ワタシに迷惑をかけたくないのなら、さっさと入ってください!」

「は、はいっ!」


 筆頭守護騎士様は大きく頷くと、店の中に駆け込むようにして入った。

 あれだけ躊躇ってというか、ぐずっていたのに、とても従順だ。

 ちょっときつめな口調になってしまったが、これはこれでいいかもしれない。


 店内に入ってもらったのはいいが、『雪雫の薬鋪』は広くない。

 建物の規模でいえば、店としては小ぶりというか、店舗兼住居としては、一番狭いタイプになるだろう。


 接客スペースはものすごく狭い。

 大人が五、六人も入れば身動きがとれなくなる。


 対面が前提だし、商品を手に取って選んでもらうという販売方式ではないので、これで十分なのだ。


 接客スペースの後ろには衝立を目隠しにして、薬棚があり、調剤、調合ができる作業部屋があり、その奥は、素材を保存できる倉庫になっている。


 一階はそれで終わりだ。


「こちらに来てください」


 強めの口調を心がけて、ワタシはカウンターの背後にある、二階へと続く階段を登りはじめる。


 筆頭守護騎士様はワタシの後を追って、素直に階段を登っていく。

 階段がギシギシ、メシメシと音をたてているが、大丈夫だよね? 底が抜けたりとか……しないよね?


 ワタシもワタシの師匠も小柄な方だったので、階段がこんなに音をたてるものだとは思ってもいなかった。


 大工さんに来てもらって、修繕を頼んだ方がいいのかもしれない。


 階段を登れば、すぐにダイニングになる。


 四人掛けのダイニングテーブルがあり、奥には小さなキッチンスペースになっている。


 ワタシも師匠も、おそらく初代店主も、食に関してはさほど興味がないようで、キッチンのスペースに変化はない。


 大通り側の部屋は師匠の部屋だったが、今はワタシが使用している。

 反対側の部屋は書庫だ。今までの資料や本などが保管されている部屋だ。

 ほぼ物置だ。

 

 師匠も、そして、この『雪雫の薬鋪』を開業した師匠の師匠――初代店主――もハーフエルフだった。

 よって、通常のニンゲンよりは寿命も長く、三代であっても営業年数はそこそこ長い。


 なので、資料や本は増えつづけ、百数年分の資料をため込んでいる部屋の中は、とても大変なことになっている。

 床補強の魔法をしていなければ、とっくの昔に底が抜けていただろう。

 貴重な本や危険な資料もあるので、床補強以外にも色々な魔法が重ね掛けされている。


 この建物内で、作業部屋や倉庫よりも頑丈……つまり、最も頑丈な部屋だ。


 その隣には、狭いなりにバス、トイレがある。


 二階は以上だ。

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