2-3. そこに在るだけで、聖なる存在

「嘘でしょ?」

「どうして嘘をつく必要があるんだよ。オレの言うことが信じられないか?」

「だって……。そんなこと気にもしなかった。でも、師匠は病気で」

「あれは寿命だろ? 聖女様でも、運命を変えることは許されないって云われているし」

「運命……」

「まあ、昔語りでは、聖女様が対価を払って運命を変えたっていう話がいくつかあるけどさ。普通は変えられないし、変えちゃいけないことだよ」

「ということは、同業が廃業したり、医者がこの街をでていったのは……。ワタシがここに住んでいるから?」


 グラットがコクリと頷いた。

 な、なんということだ!

 ごめんなさい。

 ワタシが原因だったとは!


「聖女様は『そこに在るだけで、聖なる存在』なんて云われているよ。まあ、医者や薬師にとっては気の毒なことかもしれないけど、この街のひとたちは幸せだと思うよ」

「グラット、慰めてくれてありがとう」

「別に慰めてなんかいないよ。事実を言ったまでだから」


 それだったら……。


「やっぱり、ワタシは帝都に行かなければならないのかな」

「この街を離れるのは嫌なのか?」

「うん。育った森はここから何日も歩かないといけないけど、帝都に行けば、もっと遠くなるよね。それに、師匠が残してくれた店もある。この街は病気になるヒトはいないかもしれないけど、周囲の村では、病気になっているヒトがいるから」

 

 グラットは再びワタシの頭をポンポンする。


「それをそのまま、銀鈴蘭の筆頭守護騎士様に話すんだ。話せるだろ?」

「ギルバード様は、ワタシの話を聞いてくれるかな?」


 泣いていた大きな男を思い出す。

 図体はでかいが、頼もしいヒトとは思えない。

 どちらかというと、ギルバード様よりもクルサス様の方がしっかりしていそうだ。


「大丈夫だ。ナナが本当に銀鈴蘭の聖女様で、あのギルバードとかいうヒトが銀鈴蘭の筆頭守護騎士様なら、ナナの話すことなら聞いてくれるはずだ」

「なんで?」

「なんでって……そういうモノなんだ、としか言いようがないなぁ。ナナの味方になってくれるのは、銀鈴蘭の筆頭守護騎士様だ。だから、ちゃんと話をするんだぞ。話さないと伝わらない、わかってもらえないからな。守護騎士様たちなら、嫌がる聖女様を無理やり帝都に連れて行く……ってことはできない……はず……だと思う」


 グラットがどうしてこんなにも詳しいかというと、聖女様と筆頭守護騎士様の昔語りは、寝物語だけでなく、吟遊詩人の唄や芝居などにもなっていて、人々の間では一般常識として浸透しているからだ。


 ヒトが棲むところで暮らしていたら、自然と耳に入ってくる知識になるらしい。

 それくらい聖女様と筆頭守護騎士様は、人々の間では当たり前の存在というわけだ。


 なので、「あなたは聖女様です」と言われたら、普通は喜び、自分が選ばれたことに対して誇りに思うらしい。

 ワタシのような反応は珍しいのではないか、とグラットには言われてしまった。


 となると、ギルバード様も断られるとは思っていなかったし、ショックで泣きだしたのも……わからなくもない。


 とはいえ、あのような形で水晶が割れてしまった状態で、あなたは聖女様ですと言われて信じる方が問題アリだと思うけどね。


 取り引きを終えたグラットは、最後までワタシのことを心配しながら店をでていく。


 その頃には日も暮れ始め、店を閉める時間となっていた。

 ワタシは店の外にでて、薬を届けに行くグラットを見送る。


 見送りを終えて店内に戻るとき、ふと、なにかの気配を感じたワタシは、隣の建物との隙間を覗き込む。


 薄暗い隙間の先には、なぜか白い塊があった。


「ぎ、ギルバード様?」


 ワタシの声に、白い塊がピクリと動く。

 建物の壁に背を預け、剣を抱えて座り込んでいた男がゆっくりと首を動かす。


「聖女様!」


 ギルバード様がジタバタもがきながら、慌てて立ち上がる。


 隣の建物との間隔は、大人がひとり通れるくらいの幅しかない。

 体格のよいギルバード様にとっては、かなり狭い場所だろう。


 というか、よくもまあ、あんな大きな身体で、こんな狭い隙間に入ることができたな、入ろうと思ったよな、と呆れ返ってしまう。

 まるで、狭い隙間が大好きな穴鼠みたいだ。


 彼は嬉しそうな、そして、悪戯が見つかって困惑するような表情を、ワタシに向ける。


「あの……筆頭守護騎士様は、そこでなにをなさっているのですか? 皆さまと神殿にお戻りになったのではないのですか?」

「……申し訳ございません」


 ギルバード様はワタシに向かって深々と頭を下げる。


「わたしは、護衛を……聖女様の護衛をしたくて、ここに控えていました」

「ごえい?」

「はい。聖女様に万が一のことがあってはなりませんから。お側に控えさせてください」

「万が一って?」

「はい。誘拐とか誘拐とか誘拐とか誘拐とか誘拐とか誘拐とか誘拐とか誘拐とか誘拐とか誘拐とか誘拐とか誘拐とか……です」


 聖女様って、どれだけ誘拐される存在なんだ。ちょっと怖くなってきた。


「大神殿なら警備も厳重ですし、邪悪な気配を察知する魔法も、退ける結界も強固です。ですが……ここにはなにもございません」

「…………」

「聖女様! お願いでございます。このまま、ここに留まることをお許しください。お願いします! 決して、聖女様のさまたげになるようなことは、決していたしません! この場にいるだけです。それだけです。我が剣と我が名に誓って! ですから、お願いします!」

「…………」

「今回はたまたま見つかってしまいましたが、次からはもっと上手に隠れて、気づかれないように陰から護衛できるようにいたします。聖女様の視界に入らないよう、全力で挑みます! ですから!」


 灰色の瞳をウルウルさせながら、ギルバード様はワタシに訴えかける。

 言っていることはちょっと無茶苦茶だか、気持ちは十分に伝わった。

 こういうヒトたちを、ニンゲンたちは『すとうかぁ』と呼んでいるらしいよね?

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