2-2. ナナには自覚がなかったの?

 守護騎士様たちが店をでてから小一時間が過ぎようとしていた。


 その間にワタシは納品された薬の素材を確認し、グラットが注文していた薬を揃える。


「ナナ、すまない。急いで薬を届けないといけないから、オレはこれで失礼するよ」


 グラットはワタシから受け取った硬貨の枚数を確認すると、仕入れた薬を麻袋に詰め込みながら謝罪する。


「ナナが大変な時期に見捨てるような形になってしまって、本当に申し訳ない」

「気にしないで。今日は助かったわ。ワタシひとりだけだったら、どう対応していいかわからなかった。ありがとう」

「いや、たいした力にならず、申し訳ない。その……このままひとりで大丈夫か? 対応できるか?」

「うっ……。まぁ、なんとかなる……と思う?」


 グラットが軽くため息をつく。

 今日、放浪の狩人グラットが『雪雫の薬鋪』に来店していたのは偶然だ。

 本来の訪問周期と比べ、一週間ほど早まっている。


 実は、とある村の子どもたちの間で発疹をともなった発熱が流行しはじめ、グラットは予定を変更して、ワタシのところに薬を仕入れにやってきたのだ。


 薬さえ飲めば完治する病気なのだが、悪化すると高熱が数週間も続く。栄養状態が悪く抵抗力がない子どもは死ぬ場合もあるのだ。

 恐ろしい病気だけど、早めに対処すれば治りも早くなるし、体力の消耗も少なくてすむ。生命を落とす心配もない。

 薬を飲めば助かる病気だ。


 薬の在庫があってよかった。

 隣の村までは距離があるので、流行は村内だけに留まるとは思うが、万が一の場合もある。


 周辺の村には薬の在庫を確認し、警戒してもらった方がよいだろう。


 こういう突発的なことがあるから、店を長期間閉めることはできないし、店をたたむなどもってのほかだ。


 チンピラ三人組と守護騎士様たちの訪問で時間がおしてしまったが、グラットはこれから急ぎ、その村に向かうつもりでいるようだ。

 責任感の強い彼のことだから、夜通し歩くのだろう。


「村の子どもたちをお願い。リストにはなかったけど、他にも必要そうな薬を入れておいたから。荷物になるけど、念のために持っていって」

「わかった」


 薬についての注意書きをグラットに渡す。

 グラットはメモに目を通すと、軽く頷いてから懐にしまった。


 ワタシもグラットも、父様に文字を教えてもらっていたので、ひととおりの読み書きはできる。


「使う必要がなければ、それでいいんだけど……」

「そうだな」

「使わなかった薬は、返品してくれたらいいから」

「わかった。そうさせてもらうよ」

「気をつけてね」


 辺境の地は魔獣の出現率も高い。

 しかも夜の単独移動だ。

 道中、本当に気をつけてほしい。


「大丈夫だ。今回はナナの魔獣除けの薬を使うし、問題の村までの道は盗賊の出現もすくないからな」


 少ないだけで、皆無ではないだろう。

 なにが起こるかわからない。

 本当に怖いのは、魔獣よりも悪意のあるニンゲンだとワタシは思う。


「心配してくれてありがとうな」


 グラットがポンポンとワタシの頭を軽く叩く。


「……もう、これでナナと会うのは最後になるのかな」


 ワタシの頭の上に手をのせたまま、グラットがポツリと呟く。

 聖女に選ばれたワタシが帝都に行くと思っているのだろう。


「グラットは、ワタシが聖女様だと思っているの?」

「ナナは……聖女様と筆頭守護騎士様のことは詳しくないんだな」

「聖なる力が使えるのが聖女様で、聖女様を護る騎士が守護騎士様でしょ? その筆頭だから、筆頭守護騎士様」

「やっぱりわかってないよ……」


 グラットは再びため息をつく。

 ワタシの知識は間違っていないはずだ。

 どこが違うというのだろうか。


「筆頭守護騎士様は、聖女様にとって特別な存在なんだ。逆もそうだけど。筆頭守護騎士様は、己が守護する聖女様を見つける能力がある。その能力があるからこそ、筆頭なんだよ」

「……そうなの?」

「うん。そうだよ。だから、筆頭守護騎士様が、この方が聖女様だと宣言したら、聖女様で間違いないんだ」

「じゃあ、なんで、水晶なんか持ち出したの?」

「……さあ? でも、聖女様捜しに水晶は必要みたいだけどね」

「グラットがよく知っているの? それとも、ワタシが知らなさすぎるの?」

「後者だね」


 即答された。


「ということは、ワタシは聖女になるの?」


 ワタシの質問に、グラットがまたため息をつく。


「ナナには自覚がなかったの?」

「え? 自覚?」


 またため息だ。

 ちょっとため息の数が多すぎるわよ。


「オレたちが子どもの頃の話だけど、ナナが村に来るとね、怪我や病気の治りが早くなったりしてたんだよ」

「そ、それは初耳……」


 グラットは目を閉じ、額に手をやる。


「ということは、気づいていないんだね」

「なにを?」

「今、アスグルスの街には、病気になるヒトって、すごく少ないよね?」

「ええ。そうだけど?」

「病気になったとしてもすぐに回復するし、怪我だって同じだ。持病で苦しんでいたヒトもいつの間にか治っていたし、古傷が傷むというヒトもいなくなった。それって、ナナがこの街で暮らし始めてから起こったことだろ?」

「え?」

「今回の件で確信したけど、ナナの能力が、街から病気と怪我をなくしていたんだよ」

「なんですって!」


 想像もしていなかったグラットの指摘に、ワタシは唖然とする。

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