第2章 放浪の狩人
2-1. 嫌です!
「銀鈴蘭の聖女様、長き時に渡り、おひとりでお待たせして申し訳ございませんでした。これからは、わたくしが聖女様をお護りいたします。さあ、わたくしたちと共に帝都の大神殿にお戻りください」
「嫌です!」
「なぜですか!」
ギルバード様が驚いた顔でわたしに詰め寄る。
いや、なぜかと聞きたいのは、ワタシの方だよ。
「どうして、ワタシが帝都に行かなければならないのですか!」
帝都には悪いヒトや怖いヒトがいっぱいいる、生き馬の目を抜くようなとてもとても危険な場所だって、父様が言っていた。
そんな場所には絶対に行きたくない。
それに、師匠から譲り受けた『雪雫の薬鋪』のこともある。
「聖女様には、帝都の大神殿にて他の聖女様と共にお暮しいただきたく……」
「嫌です!」
ワタシの即答拒絶に、ギルバード様の整った顔がくしゃりと歪む。
「そんなにわたしのことが嫌いなのですか!」
「はぁ? なぜ、そうなるのですか?」
脈絡のない科白にワタシは混乱する。
好きとか嫌いとか、さっき会ったばかりなのに、どういう思考回路なのだろうか。
「聖女様は、わたしのような者が筆頭守護騎士であるのが許せないから、帝都には向かいたくないと」
ギルバード様の双眸からぽろぽろと雫がこぼれ落ちはじめる。
「ちょ、ちょっと! 守護騎士様! ギルバード様!」
なぜ、この守護騎士様はいきなり泣き始めたのだろうか。
救いを求めて……クルサス様にすがるような視線を送る。
「……聖女様、お見苦しいところをお見せしました」
クルサス様は困ったような表情をつくりながら、なだめるようにギルバード様の背中を叩く。
「今までずっと恋焦がれ、想い続けていた銀鈴蘭の聖女様にお会いできて、ギルバードも興奮してしまったようです。お許しください。やっとお会いできた聖女様に手ひどく拒絶され、混乱しているのでしょう」
いやちょっと、手ひどくって、まるでワタシの方が悪いみたいじゃない。
ひどい言われようだ。
ワタシの方が泣きたい。
「あ――のぅ。白百合の筆頭守護騎士様、発言をしてもよろしいでしょうか?」
今まで気配を消していた壁際のグラットが、おずおずと手を挙げる。
「狩人殿、なにか?」
「ナナは……ええと、銀鈴蘭の聖女様は、数年前まではエルフの養父と共に、人里離れた森の奥深くで暮らしていました」
「なんと!」
「ですので、ヒトの世界との交わりも極めて少なくてですね……。聖女様だとか、筆頭守護騎士様だとか、あまり馴染みがないと思います。なので、いきなり全てを一度に受け入れろというのも」
「なるほど。少し急ぎすぎましたか」
「そうですね。街で暮らし始めてようやく三年といったところなので、森の動物や植物には詳しくても、ヒトの営みについてはちょっとまだ……」
グラットの指摘は間違っていない。
間違っていないけど……。
まあ、グラットなりにフォローしてくれているんだろう。
「銀鈴蘭の聖女様、わたくしどもの非礼、お詫び申し上げます」
「いえ、そんな!」
守護騎士様が一斉に深々と頭を下げる。
ギルバード様も涙を流しながら、同じように謝罪の姿勢をとる。
このヒトたち、なんかやりにくい。
「本日はこれにて神殿の方に戻ります。今後のことについては、また日を改めてお話しいたします」
「……わかりました」
というやりとりがあった後、守護騎士様たちは店を後にした。
ワタシが聖女というのは決定事項なんだろうか。
それも含めて後日なのかどうかはわからない。
狭い店内だが、体格の良い守護騎士様たちがいなくなると、妙に広く感じる。
ワタシはプルプルと頭を振ると、カウンターの上に並べられている薬の素材チェックをはじめた。
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