1-5. あなた様が銀鈴蘭の聖女様です

「あなたが……あなたが……あなたが……」


 守護騎士様はワタシに向かって手を差し伸べると、両脇に手を差し入れてワタシを勢いよく持ち上げる。


「え?」


 見えない不思議な力が渦巻いて、小柄なワタシの体がふわりと浮き上がる。

 そのままワタシは幼子のように、軽々と頭上に抱き上げられてしまった。天井に頭がぶつかりそうになる。


「きゃぁぁぁぁっ!」

「ナナ! おい、オマエ! ナナになにをするんだぁっ! やめろ!」


 ワタシの叫び声とグラットの怒鳴り声が店内に響く。


「きゃあああっ!」


 不意打ちのように守護騎士様に抱き上げられ、ワタシはわけもわからず悲鳴をあげる。

 そのまま宙を舞うようにして、ワタシはカウンターの向こう側にいる守護騎士様の胸の中にすぽんと収まった。


「会いたかった。会いたかった。わたしの大切なヒト……」


 低い男性の声が耳元で聞こえた。ワタシをぎゅっと抱きしめると、守護騎士様はワタシを床の上に立たせる。


 そして、自分は片膝をつき、深々と頭を垂れた。


 白いマントがバサリと音をたてて翻り、残りの守護騎士様たちも一斉に膝まづく。

 神官様も慌てて膝をつく。


「え? えええっ?」


 なにがどうなっているのか。


「銀鈴蘭の聖女様! お迎えにあがりました。わたしは……わたくしは、銀鈴蘭の聖女様の筆頭守護騎士ギルバード・スルトレイトでございます」


 水晶を割った守護騎士様が、震える声で己の名を告げ、深々と頭を下げる。

 と、他の守護騎士様たちもそれにならってさらに低く頭を下げる。

 いわゆる忠誠を捧げる最上の礼だ。


「ちょ、ちょっと待ってください! 困ります! 頭をあげてください。それに、立ってください」


 狭い店内でこんなことをされると困る。

 というか、なにが起こっているのかさっぱりわからない。

 ワタシの声と共に、白服の守護騎士様たちが一斉に立ち上がる。訓練された一糸乱れぬ動きは、それはそれで迫力があって怖い。


「だ、誰が銀鈴蘭の聖女様ですって?」


 足がガクガクと震えている。

 尖った小さな耳も、プルプル上下しているはずだ。

 頭の中が真っ白になる。

 この展開はおかしい。ありえない。

 思考がついていけない。

 みんなでワタシを騙そうとしているのか?


「店主殿が、銀鈴蘭の聖女様でございます」


 ギルバード様ではなく、白百合の聖女に仕えているクルサス様が、厳かに言葉を発する。


「どうしてワタシが聖女だと?」

「聖女様の水晶が、見事に割れました」

「いや……割れたのではなく、あれは……割ったのでは? ワタシはなにもしていません。そもそも水晶に触れてもいません」


 クルサス様の隣にいるギルバード様が、水晶を割りましたけど。とは流石に言えない。


「決して割れることがない……銀鈴蘭の聖女様にしか割ることができない聖女様の水晶が割れました。それが全てでございます」

「その……大変申し上げにくいのですが、割ったのは、その……守護騎士様が手を滑らせたのであって……ワタシは……」


 水晶が落下して割れる瞬間を、この場にいる全員が目撃していたはずだ。

 ワタシはなにもしていない!

 まさか、自分たちのミスを隠ぺいするために、その場に偶然居合わせたワタシを聖女としてでっちあげようとしているのか?


「お言葉を返す無礼をお許しください。あの水晶は、普通の水晶ではございません。六名の聖女様がたが聖なる力を込めて創造した、聖なる力を秘めた水晶になります。床の上に落としたくらいで割れるものではありません」

「……だったら、実際に床上に落として試したことはあるのですか?」

「そのような畏れ多いこと……わたくしどもにできるはずがございません」


 自信満々で答えるクルサス様。

 ワタシに対する呼称が、『店主殿』からいつの間にか『銀鈴蘭の聖女様』に変わっている。


 ダメだ。

 このヒトたちとは話がかみ合わない。

 たぶん、住んでいる世界が違うのだろう。

 これは……どこからどう話をすすめたらよいのやら。

 面倒なことに巻き込まれてしまった。

 家賃値上げよりもたちが悪い、かもしれない。


「ワタシは聖女ではありません。水晶が割れたのは偶然。たまたまだと思います。ワタシは辺境の地に住むハーフエルフの薬師です」


 ワタシの主張に、クルサス様はゆっくりと首を横に振る。


「聖女様、ギルバードは銀鈴蘭の聖女様の筆頭守護騎士でございます」


 クルサス様がギルバード様に視線を向ける。


「銀鈴蘭の筆頭守護騎士が宣言したのですから、間違いございません」

「あなた様が銀鈴蘭の聖女様です」


 ギルバード様の真摯な瞳に見つめられ、ワタシの胸がどくんと脈打つ。

 守護騎士様が嘘をつくとは思えないが、やっぱり信じられない。


「聖女様としての自覚がない現在は納得できないことかもしれませんが、筆頭守護騎士とはそういうものなのです。仕えるべき御方に出会えば、一瞬でわかります。ギルバードも感じ取ったのでしょう」

「そんなことを言われても……」

「わたくしは白百合の筆頭守護騎士です。同じ筆頭守護騎士が言うことですから、間違いはございません。銀鈴蘭の聖女様」


 今度は立ったまま、守護騎士たちが腰を折る。

 ワタシが銀鈴蘭の聖女様であることは、このヒトたちの中では決定事項のようである。

 困った……。

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