1-4. 聖女様の……水晶が……

「それでは店主殿、お忙しいとは思いますが、わたくしどもにご協力いただけませんでしょうか?」


 ここで「嫌だ」と言って断ったら、筆頭守護騎士様はどんな反応をみせるのだろうか。

 そんな意地悪なことを考えてしまったが、もちろん考えただけで実行はしない。

 たったひとりの聖女様を捜して、帝都から遠路はるばるこんな僻地にまでやってきた人たちに対して、そんな対応をするのは鬼か悪魔しかいないだろう。


「それはかまいませんが、ワタシはその……ハーフエルフですよ?」

「ええ。それがなにか?」

「なにか……って、ワタシはニンゲンじゃないですけど? 調べるだけ無駄では?」


 ワタシの言葉に筆頭守護騎士様は一瞬だけ目を丸くして、呵々と笑う。


「だから店主殿は神殿にいらっしゃらなかったのですか?」

「ええ……っと」


 さすがに話を聞き流していて、忘れてましたとは言えない。


「今でこそ人の聖女様が続いておりますが、歴代の聖女様の中には、エルフやドワーフ、獣人や竜人、小人族などもいらっしゃいました。現に、他国ではありますが、聖者様はエルフですよ」

「そう……ですか」


 本当に見境なく手当たり次第なんだな、と彼らの執念に感心しつつ、ワタシは筆頭守護騎士様のいう『協力』に了承する。


 協力するからにはなにか商品をお買い上げいただきたいところだが、癒しと浄化、護りと祝福が専売特許のエリート集団相手に、店の薬を売りつけるのは間違っているだろう。


 こうなったらさっさと対応を終わらせて、グラットの納品物チェックの業務に戻りたい。

 部屋の隅に追いやられ、待たされているグラットが気の毒だ。

 あの位置だと、外に出ることもできないだろう。


「店主殿、お時間はさほどとらせません。こちらの水晶に手を置いていただくだけで終わりますので」


 なるほど、水晶に手をおいて「ぴか――っ!」と光ったら、聖女様ということか。

 確かにすぐに終わりそうな判定システムだ。


「聖女様の水晶を」

「はい」


 筆頭守護騎士様の命令を合図に、背後にいた守護騎士様がひとり、つつっと前に進み出る。

 他の守護騎士様よりも飾りが豪華なので、年齢的に見ても、彼がこの集団の二番手だろう。


 あの三人組に負けず劣らずの大柄な男性だが、身体は騎士様の方が引き締まっている。

 赤みを帯びた金髪は短く刈り揃えられて、ツンツンと針鼠のように尖っていた。

 二十代後半だろうか。

 グラットよりも年上っぽい。


 長旅で疲れているのか、表情に元気がなかった。目を伏せ、手に持っている水晶をじっと見つめている。

 痛々しいくらいに落ち込んでおり、こちらまで胸が苦しくなった。


 ワタシの変化を、筆頭守護騎士様は察知したようである。

 筆頭守護騎士様の穏やかだった表情が、みるまに険しくなった。


「ギルバード! しっかりしろ!」

「も、申し訳ございません」


 下を向いていた守護騎士様が、声に驚いて慌てて顔をあげる。


 澄みきった灰色の瞳が、カウンターに立つワタシに向けられる。

 初めて守護騎士様と目があった。


 その瞬間、ワタシをとりまく世界が停止する。

 心臓がドクドクと激しい音をたて、体温が一気に上昇した。

 自分の鼓動が煩くて、なにも聞こえなくなる。


 無音と化した世界のなか、守護騎士様が硬直し、息を飲み込んだのがわかった。


 守護騎士様の大きな身体が、小刻みに震えている。驚愕で目を大きく見開き、小柄なワタシを食い入るように見下ろす。


 彼の灰色の瞳には、ワタシしか映っていない。


 そして、この先、彼はその生命が燃え尽きるその瞬間まで、ワタシだけしか見ない……そんな気がした。


 死人のような表情だった守護騎士様の顔に、明るい輝きが灯る。

 暗い世界を一瞬で追い払う、喜びに輝く笑顔だった。


「あなたは……」


 震えながらギルバードと呼ばれた守護騎士様が、一歩前に進み出る。


 守護騎士様の手から水晶がこぼれ落ちる。

 それはゆっくりと、ゆっくりと落下していき……床の上であっけなく砕け散った。


 ガッシャ――ン!

 パリン!


 聖女判定に必要なアイテムは、床に落ちると同時に微塵に砕ける。

 小さな破片が床に広がり、それはキラキラと輝きを放ちながら、光の粒となって消えてしまった。


(え…………?)


 店内が異様な沈黙に包まれる。

 誰かが「ゴクリ」と唾を飲み込んだ音が聞こえた。


 ワタシはカウンターから身を乗り出し、床を凝視する。


(す、す、水晶が……)


 聖女判定用の水晶が消えてしまったというか、割れてしまった。


 ただの水晶ではないだろう。

 あれは間違いなく、聖なる力が凝縮した玉だった。

 おそらく、非常に高価なものだ。

 予備はあるのだろうか。


 守護騎士様たちは呆然と立ち尽くしている。


 聖女判定用の水晶を落として割ってしまうなど、あってはならないことだろう。

 水晶を管理していた守護騎士様は、大丈夫だろうか。


 カウンターの向こう側にいる、大きな守護騎士様を見上げる。


 守護騎士様は口をパクパクさせながら、ワタシをじっと見ている。

 ワタシじゃなくて、自分の足元を、いや、手元を見た方がいいんじゃないだろうか。

 この様子だと、自分が水晶を落として割ってしまったことに気づいていないみたいだ。


「す、す、水晶が……」

「聖女様の……水晶が……」

「割れた……」

「水晶が割れた……」


 守護騎士様たちが口々に呟く。


「あなたが……せ、い……さ……ま……だ」


 目の前の守護騎士様がなにかを呟いた。


「はい?」


 独り言に近い小さな声なので、なにを言っているのかよく聞こえない。

 まさか、ワタシのせいで水晶が割れたとか言ってないよね?

 ハーフエルフを見てびっくりして水晶を落としてしまったとか……言わないで欲しいよ。

 ワタシはこの件とは無関係だからね。

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