1-3. これは非公式な訪問なので

「あ――。お取込み中のところ誠に申し訳ないのだが、店主殿、少しだけお時間をよろしいかな?」

「はい。なんでしょう?」


 ワタシは反射的に返事をする。

 神だ!

 救世主の登場だ!

 誰かはわからないが、誰だっていい。

 この剣呑な雰囲気をぐちゃっと潰してくれるヒトなら、客じゃなくても大歓迎だ。


 すると、白い外套をまとった集団が店内にぞろぞろと入ってくる。


 客……ではなさそうだ。


「…………」


 白服の集団は、店内に入ろうとするが、すでに体格の良い男たちが四人もカウンターの前に陣取っているので、これ以上進むことができない。

 白ずくめの来訪者たちは、店の入り口で立ち尽くしていた。


 彼らの服装を目にしたグラットが、いちはやく店の隅に移動する。


「ありがとう」


 三、四十代くらいの白服の男性が、一団の中からカツカツと歩み出る。

 グラットが譲った場所にまでやってくると、ワタシに向かって恭しく頭を下げた。


 彼が身につけているのは、白いマントに、純白を基調とした巡礼用の騎士服。

 神殿に使える騎士……聖騎士様なので、聖なる力が宿った聖剣を帯剣している。

 この街にも神殿がある。そこには神官たちが仕えており、全員が純白の神官服をまとっている。

 街の神殿にも聖騎士様が常駐しているが、あきらかに彼らは『格』が違った。


 基本、街にいる聖騎士と同じ衣裳なのだが、あきらかにこの男性の方が豪華なデザインで装飾も多く、身分が高いということがわかる。

 なかでも目を引くのは、百合の刺繍が施された見事な布帯だ。そこからとても強い力を感じる。


 聖騎士の衣裳に身を包んだ壮年の男性は、カウンターで立ち尽くしている大男たちを睨みつける。

 それだけで、チンピラ三人組は慌てて店からでていってしまった。


 入り口付近で「ぎゃあっ」とか「いでぇっ」とか「うぎゃ」といったうめき声が聞こえたのは……たぶん、入り口にいた聖騎士様たちにぶつかってしまった故の、天誅だろう。


 三人がいなくなったので、外で待機していた騎士たちがかわりに店内へと入ってくる。


 聖騎士様の人数は全員で六名。

 あと、街の神官様もひとりいた。

 聖騎士様の身に着けている、マントや上衣の裾の長さ、飾りの内容がそれぞれ異なっているのは、階級の差を現しているのだろう。

 同じような騎士服なのだが、全員が違う。


 この人数が多いのか少ないのかはわからないが、辺境の街のさびれた薬屋には、あきらかに不釣り合いな人たちだ。


 最初に話しかけてきた壮年の男性がこの中で一番エライ人のようだった。

 地方の神殿ではなく、もっと帝都に近い場所にいる位の高い聖騎士様ではないだろうか。


「お取込み中失礼いたしました」

「いえ。お恥ずかしいところをお見せして申し訳ございません。こちらこそ助かりました」


 狭い店舗で流血騒ぎにならなくて本当に助かったよ。

 ワタシに話しかけてきた聖騎士様は、とても丁寧なヒトだった。ワタシがハーフエルフだとわかっているのに、穏やかな顔のままだ。

 

「はじめまして。わたくしは白百合の聖女様にお仕えしております。筆頭守護騎士のクルサス・スルトレイトと申します」

「はい?」


 聞き間違いだろうか?


「わたくしは白百合の聖女様の筆頭守護騎士でございます」

「…………うそ? あ、いえ、失礼しました」


 ワタシは慌てて頭を下げる。

 グラットも同じように頭を下げていた。


 帝都に近い場所どころか、総本山にいるヒトだよ。


 総本山も総本山。

 花の名を冠する聖女様を一番近くでお護りする筆頭だよ。

 筆頭守護騎士だなんて、おとぎ話かと思ったんだけど、本当に実在したんだ。


 一瞬、偽物? 新手の詐欺? かとも思ったのだけど、この気配は本物だ。

 街の神官様も同席しているし、動物以上に動物的カンが備わっているグラットが畏まっているのだ。嘘であるはずがない。


「店主殿、それから……狩人殿? も楽にしてください。これは非公式な訪問なので、礼は不要です」


 いや、非公式だったら、騎士服を脱いでからにしなさいよ。目立って仕方がないじゃない。


 帝都にいらっしゃるはずの筆頭守護騎士様が、こんな辺境の地にどんな用事がおありで?


 ワタシの心の声が聞こえたわけではないだろうが、筆頭守護騎士様が口を開く。


「実は、白百合の聖女様の予言により、この地のどこかに銀鈴蘭の聖女様がいらっしゃるということがわかりました」

「ああ……」


 そういえば、そんなことを近所のウェイトレスが言っていたような?


 ここ数日、近隣の村々に守護騎士を名乗るイケメン集団が出没しているとか、そろそろこの街にもやってくるとか?


 そういえば、そのときに十五から十八の年齢の女性は、街の神殿に集合とか言われたような気もする。


 凛々しい容貌の筆頭守護騎士様から、彼の後ろに控えている若い守護騎士様たちに視線を移す。

 そうか、彼らが噂のイケメン集団なのか。団子状態になっていてよく見えないけど。ああいうのをイケメンというのか。


 ……父様がイケメンだから気がつかなかったけど、確かに、守護騎士の方々はイケメンなのだろう。


 ワタシの場合、父様や兄様たち、弟がイケメンだったから、イケメン判定が厳しくなる傾向にあるようだ。

 ウェイトレスの判定が甘々すぎる気もしないではないが、これはもしかしたら父様たちを超絶イケメンに格上げしていた方がいいのかもしれない。


「失礼ながら、この街の神官より、店主殿のご年齢は十八とうかがっております。間違いございませんでしょうか?」

「そうですけど?」


 なんとなく話が見えてきた。


 というか、このヒトたち、アスグルスの街を含む近隣の十五から十八くらいの女子の全員を相手に、突撃訪問をしているのだろうか?

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