ラブコメのモブは、『原作』を知らない。~「お前はラブコメのモブだ」と言われたので脱モブを目指して頑張ったら、何も知らないままメインヒロインを原作以上に幸せにしてた~
第12話 不自然な知識の持ち主に、『登場人物』は気付いている。
第12話 不自然な知識の持ち主に、『登場人物』は気付いている。
「……いやはや」
その日の放課後。
晴夜は日直の仕事を終わらせ、廊下を歩きつつ思う。
考える内容は、言うまでもなく最近の灯のこと。
『今まで以上に仲良くなる』。そう晴夜の前で宣言してから、宣言通りなんというか、すごいぐいぐいきている彼女にどうも扱いを決めかねつつあった。
正直自惚れてもいいのなら……懐かれてはいるのだろう。それ自体は嬉しい、大変光栄だ。だが一方で……
(……なんていうか。多分水澄さん、中学までは真っ当な──対等な友達付き合いが少なかったせいもあるんだろうな)
恐らくだが、灯の今の態度は……『単純に対等な友達が今のところ晴夜しかいないから晴夜に深く関わっている』というのが最も正しいだろう、と分析している。
自分に懐いてくれるのはとても嬉しい。が、そればかりなのはきっと良くない。
……我ながら随分と他人に関わっていると思うが、まぁそれにも色々と思うところがあるのだ。
話を戻す。こうなっている以上は、晴夜の方から積極的に灯の交友関係は広げていくべきだろう。『自分を見つけたい』という彼女の願いがあるならば、尚更。
その心当たりもある。あとはどう持っていくか……と晴夜が考えていたところで──ふと、話し声が聞こえてそちらを向き。
「──とは言っても、だ」
即座に、その考えを一部撤回する。
灯の交友関係を広げるのは目下の目標だ。だが……
明らかによろしくないと思われる交友関係に、しかも強引に誘われているのなら話は別だろう。
その決意とともに視線の先……例の男子生徒、晴夜は知らない『転生者』の一人に見る感じしつこく灯が話しかけられているのを見て、早足でその場へと向かうのだった。
「だから──水澄さんの悩んでいることの解決に、俺も協力させて欲しいんだ」
その転生者の生徒は知っていた。灯の悩みを。
優れすぎた容姿と能力から、周りからお姫様として扱われ、半ば遠ざけるように高嶺の花として持ち上げられていたこと。本心では自分もみんなと同じように一緒に、同じ目線で笑い合ったりしたいと思っていること。普通で対等な存在が、欲しいこと。
『原作』では、悠里との交流の中で本当にゆっくりと、少しずつ自分を出すようになっていく。その歩むような丁寧な過程が原作の人気、その理由の一つであり、彼もその点に関してはすごく好きだったのだが──同時にこうも思った。
俺ならもっと早くできる。
全部を知っている自分なら、もっと早く灯の無意識に纏ってしまった壁を壊せる。本当の自分を、その魅力を出すことができる。転生した直後、そう確信した彼はその方向でメインヒロインである灯と関わることを決めた。
その目論見は、あの小日向のせいでほとんど壊されかけている──が、まだ間に合う。
その焦りと決意のもと、彼は灯に捲し立てる。原作から得た知識である。灯の置かれている現状がなんなのか。
それを聞き届けた灯は……困惑と共に、こう答えた。
「えっ、と。……小日向くんに、聞いたの?」
「っ!」
だがその悩みは、既に晴夜に……晴夜にだけ話している。晴夜同様『原作』を知らない灯が妥当な推測とともにそう問いかけるが、それが尚更彼の劣等感や焦燥感を刺激して──当然、認めるわけにはいかない。
「いや、違う。小日向に聞かなくてもその、周りの噂とか何より普段の水澄さんを見てれば分かるっていうか。それで、せっかくクラスメイトになったわけだし困っているなら協力したいっていうか──」
どうにか『原作から得た』という信じてもらえないことを隠そうとしつつ、とにかく灯との距離を詰めようと必死に頭を回す彼。
だから、気づかない。それを聞いている灯がどんな顔をしているかも、また二人の向こうから迫り来る足音にも。
「と、とにかく! 俺はこれでも人を見る目はあるつもりだから、見えちゃった以上放って置けなくて、だから──」
「──はいストップ」
そこで、気が逸ってか前のめりになっている彼を遮るように。
彼と灯の間に手を割り込ませる人影。彼が見るとそこには案の定──
「演説中割り込んでごめんだけど、友達が変な絡み方されてるのは放っておけないので」
「小日向……ッ!」
本人を見て一気に諸々の感情が噴出したのか、そのまま晴夜に噛みついてくる。さりげなく晴夜が『会話』ではなく『演説』と皮肉をぶつけたのだが、残念ながらこの様子だと気付いていないらしい。
「なんだよ、クラスメイトと仲良くしようとして何が悪いんだよ!」
「それは全然悪くないけど、仲良くなるにも順序があるよねって話。とりあえずいきなり初っ端から馴れ馴れしくすればいいってもんじゃないの、それができることがコミュニケーション能力だと勘違いしてるタイプ?」
いけない、初手から火力が高すぎた。流石にこうまで晴夜に敵意剥き出して何かと噛みついてこられると思うところがあるか、と反省する。
幸い、先制攻撃としては成功したようだ。向こうが息を詰まらせつつ、それでもきっと晴夜を睨んできて。
「そっちこそなんだ、みんなの人気者である水澄さんを取られようとして焦ってんの?」
「……え、いや、真面目になんの話? 水澄さんが景品かなんかだと思ってる? というか、何を勘違いしてるのかは知らんけど……」
続けての言葉には割と本気で脳内にクエスチョンが浮かんだ。……時々感じていた、彼ともう一人の晴夜に敵意を向けている生徒と、自分の中にある何かの齟齬が出た形だ。
それは一旦無視するとして……そも、ここで自分と彼が論戦していても埒があかないだろう。そう思った晴夜は、とりあえず振り向いて。
「と、いうわけなんだけど水澄さん」
「うぇっ、あ、はい!」
「どうやらこちらのクラスメイト君は、水澄さんと仲良くしたくてちょっと前のめりになってしまったらしい。それを踏まえた上で……」
まず聞くべきことは決まっている。
驚いた灯に向かって、これまで最初に聞いてきたことをもう一度。
「……水澄さんはどうしたい? 仲良くしたいのか他の答えなのか、いきなり変なことに巻き込まれてごめんだけど、それを聞かせてほしい」
灯の意思を問う。それが、何よりも優先されるべきことだと思うから。
対する灯は、まずその問いにどこか安堵したような顔を見せてから……しっかりと考える間をとって、その上で顔を上げて、言葉を紡ぐ。
「……えっ、と。仲良くなりたいって、思ってくれることは嬉しい。……でもね」
敵意はなく。心から申し訳なさそうに、その男子生徒を見て。
「わたし、人と自分から仲良くなるのがその、あんまり得意じゃなくて。今頑張っている途中で……たぶん、一気にたくさんの人と仲良くなるのはまだ、難しいと思うの」
「──」
「そ、それでね」
臆すこともなく、丁寧に。自分の意思を伝える。
「今一番仲良くなりたい人は、もう決まってるの。だから……今はその、ごめんなさいっ!」
その、『今一番仲良くなりたい人』が、誰を指しているのか。
分かってしまう程度には半端に賢かったのが、彼にとっての不幸だっただろう。
そんな彼を他所に、晴夜が手を叩いて。
「はい。そういうわけなので、無理強いが良くないってことは流石に分かるよな? 何を考えているのかまでは分からんけど、今はこれで引いてくれると助かる」
そう言い、呆然とする男子生徒を置いて灯と一緒にその場を離れようとする。
が──その直前。
「ま、待てよ……っ!」
なおも諦めきれない様子らしく、後ろから晴夜に刺々しい声をかける。
無視もあれなので振り向いた晴夜に、黒い感情のこもった声で。
「なんだお前、自分が一番水澄さんの悩みの力になれるっていうのか!? 俺よりも、他の誰よりも!? 自分よりもできる奴がいるなら、そいつに譲るべきだとは思わないのか!?」
……これ以上何も言わないのなら、スルーで良いと思っていたのだが。
これでもなお敵意を剥き出しにしてくるのなら、さしもの晴夜にも考えがある。
「……その口ぶり的に、そっちは少なくとも俺よりは『水澄さんの力』とやらになれると思ってるみたいだけど」
もう一度その男子生徒のもとに歩み寄って、続ける。
「ちらっと話は聞いた。彼女が何に悩んでるのかは知ってるみたいだったよな?」
「そ、そうだよ。だから──」
「
そこで一旦灯の方を向くが、灯はふるふると首を横に振る。
……であれば、確定だ。
「つまりあんたは、彼女と直接話したわけでもなく、しっかり話を聞いたり交流したりして、コミュニケーションをとったわけでもない……本人じゃない誰かから聞いた『答え』を持ってるだけのくせしてそれだけ自信満々なわけだ。
なぁ──本っ当に、心から、純粋に分からないからこその疑問なんだが」
そうして、晴夜は。
入学以降ずっと彼らに覚えている『違和感』の一つを、こう突きつける。
「お前ら──
改めて言う。小日向晴夜は、原作を知らない。
この世界がラブコメを基にしていることも、それによる『原作』が存在している世界であることも、一切知らない。
でも、だからこそ。無自覚であるにも拘わらず放たれたその言葉が、
「それでよしんばうまくいったとして、誰かを助けられたとして誇れるのか? もしその答えと違う何かが起こった場合にお前らは何ができるんだ? それともここから起こること全部一切合切把握している神様かなんかのつもりなのか?
なぁ、いい加減聞かせてくれよ──
もう一度言う。晴夜は、原作を知らない。
故に、これは純粋な疑問。ただし……無自覚にモブを脱却しようとする彼が足掻いて手に入れた洞察力をもとにした、極めて彼らの核心に近い疑問だ。
それは晴夜のことを『登場人物』としか思っていない彼らにとっては、最早恐怖以外の何ものでもない。
あまりの衝撃に固まるその生徒に、晴夜は聞こえていないかと嘆息すると、今度こそ心配そうな灯と並んで廊下の奥へと消えていく。
その場に佇んだ男子生徒が我に帰るまでには、かなりの時間がかかって。
……その彼が自分を保つために晴夜にさらなる敵意を滾らせるには、そう時間はかからなかったのだった。
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若干お話を進める色の濃い回になりました、次回こそ灯とのラブコメにします……!
是非読んでいただけると嬉しいです!
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