第11話 大体のことは、とにかく早く自分から行動を起こした方が勝つ。

 この人のことを知りたい。

 初めて、そう思ったんだ。


 その人は、高校に入ってから初めて出会った人の一人で。

 明るくてお調子者で、でも自分の考えや意思をしっかり持っていて。自信家で、その自信を持つに相応しいくらいいろんなことができて、きっといろんなことを頑張った人で。


 わたしにないものをぜんぶ持ってる人。最初は、そんな印象だった。

 だから、『友達になってください』と頼んだ時の感情は──この人みたいになりたい、というのが一番近かったと思う。

 ……ある意味で、どこか遠い人の印象だったのだ。


 でも。あの、体育の授業の後。

 保健室に行って一瞬見た、彼の表情。普段の自信がなりを潜めて、何かに苦しむような、その上で何かに立ち向かうような。

 どこか幼くすら見える、その表情を見た時……不思議と、今まで以上に彼を身近に感じると同時に、強く思った。


 知りたい。この人がこんな顔をする理由が、そうするだけの、彼の抱えているものが。同時に……今まで知らなかった、きっとたくさんあるこの人のいろんな面が。

 知ってどうするんだ、と言われれば返す言葉はない。彼ほどの人があんな顔をするくらいだから、きっと自分なんかでは及びもつかないくらいの何か大きなものなのだろう。


 それを自覚すると同時に、彼に対して抱いていた漠然とした憧れのようなものが……はっきりとした熱として、胸の中で形を持った気がした。

 その熱が具体的に何というものなのか。それは、まだ自分でも分からないけれど。


 でも、これは。これだけは、消したくないと思った。

 今までのように、周りが求める自分の像であり殻で自分の熱を押し込めるんじゃなくて。彼みたいに、自分の中で燃える何かに従える自分になりたいと思った。


 だから──怖いけど、わたしも一歩踏み出す。そう、決めたんだ。




 ◆




 高校に入学して、二週間が経った。

 これだけの時間があれば、クラス内でも誰と頻繁に交流するか。所謂『グループ』が概ね決まってくる。

 無論創作などでよくある明確なグループ間の上下関係なんてものはないが、それでも自然と一緒にいる人間は徐々に固定されていくものだろう。


 その観点で、小日向晴夜のグループ事情はどうなっているのかというと。

 少々、不思議なことが起こっていた。というのも……


「こ、小日向くん……っ! お昼、一緒に食べよ!」


 午前中最後の授業が終わると同時に、こちらにやってきて。

 小さなお弁当の包みを片手に、緊張の色を可憐な顔に浮かべてそう告げてくる、水澄灯の存在がいるからである。


 あの、体育の授業の日。

 保健室で『これからもっと仲良くなる』宣言をした灯はその宣言通り、こうして今までにも増して積極的に晴夜に話しかけてくるようになった。

 それ自体は素直に嬉しいのだが、一つ問題が。どうやら灯はこうやって自分から他人にアクションを起こす経験がこれまで乏しかったらしく、毎回このようにおっかなびっくりな誘い方になってしまうのだ。


 元々恐ろしいほどに人目を引く容姿をした美少女の灯だ。そんな彼女が教室内でこんな表情でしかもそれなりに響く声でこう言うのだから、授業後の雑多な教室内でも多少の注目を集める。

 このままではクラス中の注目の的になってしまう。後単純にぷるぷると震えている灯の様子を見ると謎の罪悪感が湧くので、晴夜は努めて落ち着かせるような声で。


「えっと、とりあえず落ち着いて。そんな毎回気合い入れて誘わなくても大歓迎なんで」

「ほ、ほんと?」

「ほんとほんと。もう一週間くらいこうしてるんだから全然慣れて大丈夫、もっと気軽に『お昼たべよー!』くらいで全然いいから」


 どうどう、と宥めるようにそう告げると、そこでようやく灯の顔も安堵を取り戻し、その後大層嬉しそうにぱっと輝く。


「そんじゃ、今日は中庭で食べる予定だから行くか? あ、例によって神崎も居るけど」

「そ、それは全然! 神崎くんもいいって言ってくれるならぜひ!」

「あいつがこんなんで断るのはねぇさ」


 晴夜を積極的に誘いつつもそこは律儀な灯に苦笑しつつ、晴夜は灯と連れ立って教室を出ていくのだった。


 そんな彼らを、彼らのクラスメイトたちの多くが見送る。

 何せ、彼らは目立つ。入学後から何かと話題に上がる晴夜に、言うまでもなくその容姿で人目を惹く灯。しかも灯が中学では見せないほどに積極的な様子なのも相まって、多くの人間が驚きと共にその光景を見やっていた。


 だが……だからこそ、だろうか。その注目度と驚きに反して、何か文句や不満などが上がることはほとんどない。

 単純な話──まぁつるむとしたら、グループになるとしたらそこだろうと誰もが納得していたのだ。明確な上下関係ほどではないものの、目立つ人間は目立つ人間同士で固まるのが自然な流れであり、その点も晴夜が過去から頑張ってきた成果の賜物だ。


 よく、クラスで目立つ人間が目立たない人間と仲良くしようとしたばかりに云々、との流れがあるし所謂『目立たない側』の人間がそれを夢見ていることも晴夜は知っている。

 その気持ちも重々分かるが……その上で、今の晴夜は思う。そもそも・・・・誰かに・・・きっかけを・・・・・もらわないと・・・・・・動けない・・・・状況を・・・空想してる・・・・・時点で・・・出遅れてんだろ・・・・・・・、と。


 そう気づけたが故の、今の晴夜であり。この、灯と交流しても文句をそこまで言われていない現状はそんな彼が勝ち取った権利。その辺りを分かって察しているからこそ、基本的に良識のあるクラスメイトたちは何も言わない。



 ──分かっていないのは、余計な知識を持っている人間だけだ。


(なんでこんなことになってんだよ……ッ!)


 晴夜と灯が出ていった教室の扉を睨みつけながら、心中でそう怒りの声を上げるのは──例によって、この世界の『原作』を知る転生者。『主人公』である悠里に成り代わろうとしている方だ。彼はそれを画策しつつも……その悠里ではなくイレギュラーの晴夜にことごとく調子を狂わされうまく行っていないのが現状だ。


 そんな彼にとっても、先週のシャトルランはこの上ない僥倖だった。原作主人公である悠里が目立つのは好ましくないが、それよりもあのいけすかない小日向晴夜とかいうイレギュラーがやられる方が何倍も自分にとって都合が良い。

 後は、如何にも自信満々だったあの男が鼻っ柱を折られて調子を崩し、そうすれば自然と灯からも離れるだろう。そこからどうなるかは読めないが……灯が孤立するならやりやすいし、次に可能性のある『原作』に戻って悠里と仲良くなる方向に行っても現状よりは余程やりやすい。


 どちらにせよ、原作知識を活かして自分が主人公になる。彼も同様『前の世界』では報われない青春を過ごしていたと思っているだけあって、その情熱はひとしおだ。

 故に、淡々とその機会を伺っていた──のに。


(なんで、一向に離れないんだ! どころか今まで以上に仲良くなってないかあれ!? なんで、なんでだよ! 何もかも原作と違う!)


 しかも理解できないのが、晴夜があれで灯と一緒に原作主人公である悠里とも仲を深めている点だ。

 何故だ、灯を狙っているのなら悠里はあいつにとっても邪魔者じゃないのか。しかも表面上仲良くしている風な雰囲気でもないし、灯と悠里が交流するのも一切止めようとしていない。──意味が、分からない。


 分からない、分からないが……一つだけ確実に言えることは。

 このままいけば、間違いなく完全に原作からは外れてしまうというだけ。


「……動くしか、ないか」


 できれば、確実に自分を邪魔してくる晴夜が排除されるのを待ってから動きたかったが。

 どうやら、誰もそれができないらしい。なら自分がやるしかない。あの、この世界にはお呼びでないモブを彼の好きな『原作』から引きずり下ろすしかない。


 大丈夫、自分はアドバンテージとして原作を知っている。二週間程度しか交流していないあいつなんかより、灯のことも間違いなく知っている。それを生かせば、成り代わることも十分に可能なはずだ。

 その自信と決意をもとに、彼は行動を開始する。


 ──その認識と行動によって、さらなる墓穴を掘るとも知らずに。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


新エピソード開幕回のような形です。

是非ざまぁ&更なるラブコメエピソードの導入も入れる予定なので、次回も読んでいただけると!

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