第10話 『ヒロイン』の名前は伊達じゃない。

「水澄さん?」


 少しばかり驚いた。

 何故ならあの場にいた生徒は全員悠里の方を向いており、自分なんぞを見ている人間なんて一切いないと思っていたから。

 その疑問も込みで、続けてこう告げる。


「よく分かったね、ここに居るって」

「小日向くんが、先生と話して体育館から出てくのが見えたから。……その時ちょっと足引きずってたし、それじゃあここかなって」


 妥当な推理だ。けれどそこまでしっかり認識していたことに驚きだ。

 なるほど、と返す晴夜。そこから足の様子を聞き、問題ないとの言葉を受けた灯は安堵の表情を浮かべたのち、引き続き。


「……その。周りの人にちょこっと聞いたんだけど、神崎くんと勝負してたんだよね。それで──」


 その続きの言葉を察し。晴夜は自然な意地を含めて、こう引き継いだ。


「ああ、ばっちり負けました」

「……」

「いやぁ、あいつやっぱすげぇわ。シャトルラン百五十超えは余程しっかり鍛えてないと絶対無理、その上で一回差とは言え完全に実力出し切って最後走りきれず負けたんだからもう──」



「──実力、じゃないよね」



 今度こそ、ちょっとどころではなく驚いた。

 目を見開く晴夜の様子でさらに確信を深めたらしく、灯が続けてくる。


「最後の小日向くん、ちょっと不自然だった。ほんのちょっとだけ小日向くんの方が余裕残ってるように見えたのに……いきなり体勢崩して」

「!」

「多分、滑ったんじゃないかと思う……あの後滑った場所の床見てみても、汗が落ちたりもしてなかったから、自信はないけど」


 そこまで気づかれていたのか。

 そうなると、変に誤魔化しても無駄だろう。少々バツが悪くも、晴夜が答える。


「……まぁ、そだな。滑ったのは確かだし、それがなければ百五十五回目も走れてた自信はある。でもそんなたらればに意味はないし、結果が全部で……」

「うん、それで……ね」


 けれど、更に灯は。


「それと、今君がそんな顔してるのは……やっぱり、何か関係あるの?」


 心配そうに、或いは何かを願うように。こう告げてきた。


「……へ?」

「神崎くんとの勝負に負けて悔しい……っていうだけじゃ、ないように見えるの。その、根拠はないんだけど……それだけじゃそんな、会ってから今まで見たことないような顔は、しないんじゃないかって、思って……」

「……」

「あっ、その! 会ってまだ数日の人間が何言ってるって言われたらそれ以上何も言えないんだけど! でも、えっと……っ」


 踏み込みすぎたか、と慌てて胸の前で手を振りつつ、それでも引くことはなく。


 それはまるで、初めてありのままの『自分』としての人との関わり方を探るように。

 これまで自然と周りからお姫様として扱われ、望まれるままにそういう風に振る舞ってきた灯が、辿々しくも一生懸命に自分の言葉を紡ぐ。


「なんていうか、曖昧なんだけど……『それ』、話してもらうことってできない、かな」

「!」

「君が、どんなものを抱えてるのか。今日の神崎くんとの勝負に関係する……普段すごく自信家な君が、そんな顔をする、何か」


 灯の推測と洞察は、かなり核心に近いところまで行っていた。

『モブ』として晴夜が抱えるものの、本当に近くまで。


「……」


 話してしまおうか、と思った。

 自分の……自分に重要な場面でことごとく働いてきた、不思議な力。

 絶対に・・・自分以外の人間に・・・・・・・・主人公補正がかかる・・・・・・・・・──敢えて名をつけるのなら、『モブの呪い』としか言いようのない、何か。

 彼が中学まで『自分はモブなんだ』と思い込む原因のような、それを。


「……いや、悪い。今は話したくねぇ」


 けれど、晴夜は黙ることを選んだ。

 理由は色々ある。そもそも他人に話してどうなるものではないとか、自分で乗り越えるべきものだとか。どうしてと言われればいくつかは思い浮かんだ。


 でも、一番の理由は別にある。

『確定してしまう』ような気がしたのだ。口にすることで、誰かに話すことで。そういう力が確かに存在すると、認めてしまうような気がして。


「あ、気持ちは嬉しいぞ! 超嬉しい、凄まじく嬉しい。でも……」


 そんな考えのもと、心苦しいがそう告げる。

 それに、もう一つ理由を挙げるとするならば。


「水澄さんだって、他に目的はあんだろ?」

「!」

「自分の物語を……自分が本当にやりたいこと、自分の本心を見つけたい。すげぇ立派だと思うし、その邪魔もしたくないしな」


 そうだ。これ以上他人に関わるのは、『自分』を見つけたい灯の目的からも逸れる。

 それを根本に、あくまで気まずくならないように晴夜は努めて明るく告げる。


「自分でやりたいことがあるなら、そっちを優先してくれ。そもそもさっき言った通り、会って数日で話すことじゃないしな。だから、この話はこれくらいで──」


 そんな彼を聞き届けた、灯は。


「……わかった。確かに、数日で話すことじゃない、かも。話したくないっていうなら、無理強いはできない、よね」


 まずそう頷き、晴夜も良かったと安堵の表情を浮かべ、そこで。




「じゃあ──君が話したくなる・・・・・・・・くらいにもっと・・・・・・・君と仲良くなる・・・・・・・……っ」



 

 なんかとんでもないことを言わなかったか?

 はい? と呟き思わず灯を見やるが……彼女の表情はいたって真剣。この上なく可憐で儚げ、思わず見惚れるほどの透明な美貌に──控えめながらも、確かな意志の光を宿して。


「本気だよ。小日向くんは、言ってくれたよね。『やりたいことを応援する』『水澄さんは何をしたいか』って。だから……わたしも、本心で言うね」

「……」

「友達の……ううん、友達って言葉を言い訳に使うのは違うよね。わたしが、君をっ」


 そのまま……保健室の椅子に座る晴夜の目の前までやってきて、顔を近づけ。

 正面から、真っ直ぐに。


「『君のことを知りたい、君と仲良くなりたい』! それが──わたしの、今のやりたいことっ!」


 そう、言い切った。


「──」


 言葉のあまりの衝撃とその他諸々の要因でしばし固まっていた晴夜だったが。


「……と、とりあえず離れてもらえるか、ちょっと距離が近いので」

「えっ──あっ、ご、ごめんっ!」


 それこそ目と鼻の先まで顔を近づけていた灯が、ぼっと顔を赤らめてぱっと離れる。

 うん、晴夜としても今まで見たことないレベルの美少女の顔が至近距離にあるのは普通に心臓に悪い。それで一旦落ち着いたのち、今の言葉を考える。


 自分と仲良くなることが、今の灯のやりたいこと。

 ……結論は、すぐに出た。


「……それ言われたら何も言えねぇなぁ……」


 元々、晴夜はそれをこそ応援していたのだ。

 実質上の認める言葉に、灯も顔を輝かせる。

 が……それはそれとして言っておきたいことが。


「でもその、あれだ。言い方はもうちょっと気を遣って欲しかったぞ。下手をすれば勘違いされかねん」

「?」

「あー……なんと言えばいいか」


 どうやら気付いてなさそうな様子で小首を傾げる灯に……いや自意識過剰とは思うし、この辺りの感覚は人によって違う。灯にとってそういう意図は一切無いと分かっているのだが……それでも、言っておかねばなるまい。

 最大限言葉を吟味しつつ、晴夜はまずこう問いかける。


「すごい唐突で申し訳ないし今聞くことかとも思うんだけど」

「うん?」

「水澄さん、告白された経験とかある?」


 言葉通り唐突な質問に目を丸くしつつ、灯は何かを思い出すように中空を見て……数秒後、少々気まずそうに答える。


「……えと、数十回くらいは」

「だろうな」


 桁が一つ違う気もするが彼女なら納得だ。

 そして、それなら話が早い。この次の言葉が、晴夜の言いたいことだ。


「じゃあさ。その告白してきた人の中に……今水澄さんが俺に言ったようなことを言ってきた人はいなかったか?」


 それを受け、灯がぱちりと目を瞬かせ。

 そこから記憶を想起し……恐らくいたのだろう。そう言えば、と思い出した様子を見せて、その上で今自分が晴夜に言ったことを改めて思い出し──


「──っ」


 ぼっ、と再度顔を赤らめた。


「えっあっ違うの、そういうつもりは全然なくて──っていうのも小日向くんに失礼なのかな、でもあのその、仲良くなりたいってのは嘘じゃなくて──っ」

「うんごめんな俺も多分今変なこと言ったな!」


 ミスった。単純に勘違いされるかもだから気をつけてほしい、と言おうとしたのだが多分話の持って行き方を間違えたし今言うことではなかった。

 自分も思わぬことを言われて多少冷静ではなかったのだろう。どう収拾をつけるか……と真面目に高校入学後最大の当惑の中晴夜も頭を回す、そこで。


「小日向君! 大丈夫──」


 外から救いの天使が現れた。

 慌てた様子で保健室の扉を開けて入ってくるのは神崎悠里。彼はそのまま晴夜を認めて──同時に、何やらあわあわしている二人の様子もばっちりと視界に収めて。


「……えっと。変な時に来ちゃったりとかした?」

「いいやむしろ完璧なタイミングだ神崎! 改めてになるがシャトルラン新記録おめでとう!」


 彼が打ち切った空気に乗る形で、どうにか事なきを得たのだった。




 その後は、保険医の処置を待って三人揃って教室に戻る。

 悠里は体育の件もあって若干気まずそうにしていたが、当の晴夜が気にしていないこと、また今後も機会があれば競ったりして遊ぼうと気軽に誘うと、多少は罪悪感も和らいだ様子で頷いてくれた。


 そのまま連れ立って歩いていると……くい、と制服の袖が引っ張られる。

 振り向くと、灯が未だ赤みの残滓が残る顔でこちらを見てきていた。


「その、小日向くん。……改めてさっきはごめん」

「いや、それに関しては俺が悪かった。完全にこっちが変なこと言ったわ」

「う、うん。……でも、ね。さっきも言った通り──」


 そこから、灯は。改めて、確かな意志の光を透明な瞳に宿して。


「──君と仲良くしたいってのは、本当。だから、これからは今まで以上に仲良くする……ううん、仲良くなりに・・・・・・行くから・・・・。だから……」


 気恥ずかしさと緊張を残しながらも、それでもまっすぐ健気に。

 これからの意思を示すべく……こう、言い切るのだった。


「……こ、これから、よろしく……っ!」


 例によって最後は何故かありきたりな言葉になってしまいつつも。

 そこまで言い切って、そこで教室に着き。クラスの女子生徒に呼ばれるまま、ぴゃっとその場から駆けて行った。


「…………いや……」


 それを見送ったのち、晴夜は。

 浮かんだ感想を、素直にこう告げた。


「……誰だよ、お姫様とか言ったの」


 少なくとも──周りから求められるその偶像の下に隠されていた彼女の本質は。

 恐らくは、それとは対極に位置するようなものである気がするのだが。

 そう思いながら、自分も教室へと戻る晴夜。



 そんな彼に……宣言通りこれから、『ヒロイン』である灯の想像以上の猛プッシュが始まることは。

 当然、知るよしもなかったのである。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ようやくラブコメらしいお話が書けた気がします……!

ここまでがある意味での、灯と晴夜のお話のプロローグ。ここから色々と押せ押せになる気がする灯と晴夜、そして彼も色々背負ってる悠里の話を時にほのぼの、時に熱く時にざまぁも織り交ぜつつ書いていきたいと思います。

ぜひ、この先も見守って頂けると嬉しいです!

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