第7話 情報だけ優位の人間は、端からはこう見えている。

 翌日の体育の授業。 

 その内容は、学生にとって一年の始まりに必ず行うイベント、体力テストだ。端

 そして体力テストには、恐らくほぼ全学生に嫌われているだろうとある種目がある。晴夜たちのクラスの男子組が、奇しくも場所使用の関係で一回目の授業から来てしまったその種目の名は。


「シャトルランは嫌だシャトルランは嫌だ……!」

「なんで初っ端からこれなんだよぉ……だるいよ適当で終わらせようよ……」

「おいやめとけ、そういうの怒る先生かもしれないんだぞ。せめて不自然に思われない程度には走らないと……!」


 そう、みんな大好きシャトルランである。

 徐々に早くなる音楽に合わせて、一定距離を走れなくなるまで往復するという競技。持久力を測ることが目的の測定な以上、必然持久力の限界まで追い込まれる──端的に言い換えれば、超しんどい競技だ。


「わぁ阿鼻叫喚」

「まぁ、無理もないんじゃないかな……好き好んで限界まで走りたいって人はそうそういないと思うし」


 男子の皆さんが悲嘆の声を上げているのを眺めて晴夜がそう呟き、その隣で晴夜と同じ体操服に着替えた悠里も気持ちはわかるとの声を上げた。


「小日向君は嫌じゃないの?」

「んー? いや、俺も別にひたすら体力を消費するのが好きって訳じゃないぞ。ただ嘆いたとこで何も始まらんからやるかーって思ってるだけで……」


 そこで、晴夜はふととあることを思い付き、隣の悠里を見やる。


「そうだ。神崎、一つ提案があるんだけど」

「ん、何かな?」

「せっかくだし、競争しね? どっちが長くまで走れるか」


 悠里がぱちくりと目を瞬かせた。


「えっと、いくつか聞きたいことはあるんだけど……まず、勝負になるの?」

「なると思うぞ? 俺だってこれでも結構鍛えてるんだし……あんたもそうだろ? ある程度は外見に出るからわかるだろ、真面目に鍛えてる奴なら尚更」

「!」


 もちろんそれこそスカウターじみた真似はできないが、所謂『ちゃんとやってる人間』かどうかは手足の筋肉のつき方で凡そは察せられる。

 見るに、悠里は何かスポーツをやっていたタイプだろう。であれば、競争相手としては申し分ないはずだ。


「じゃ、じゃあもう一つ。……なんでいきなり?」

「そりゃあれだよ、さっきの話を踏まえてさ」


 続けての質問にも、淀みなく回答する。


「俺だって、好き好んでこういう競技をやりたい訳じゃない。でもやりたくないだのなんだのごねてても始まらない。

 じゃあさ、嫌だ嫌だとごねながら走るより──『その中でどう楽しめるか』を考えて、それで工夫しながらやる方がよっぽど建設的だろ? 例えば友達と競ったりとかさ」


 悠里が目を見開いた。


「……すごいな」

「だろー? そんでどうする? もちろんお互い乗り気じゃないと楽しくはないから無理強いはせんさ、普通に走るのでも全然。言ってそこまで嫌いってほどでもないし」


 続けての晴夜の問いには、悠里がしばし考え込む。

 その顔から読み取れるのは、単純に悩んでいる……のと。


(?)


 見間違いかもしれない。

 けれどその時の悠里の顔からは、悩み以上に……何かを恐れている・・・・・・・・ような空気が察せられた。

 疑問に思うが、それと同時に悠里が顔をあげ。

 何か意を決したような、何かを願うような表情を浮かべて、こう告げてきた。


「……うん、そうだね。やってみよっか。……勿論、やる以上は負けるつもりはないよ」

「はは、そうこなくちゃ」


 ともあれ、快諾を得られたことに晴夜も楽しげな笑みを浮かべる。

 先ほどの疑問は残るが……それもきっと、勝負のうちに分かることなのだろう。そう思って軽く条件を話し合う。


「そんじゃ、単純に一回でも多く走れた方が勝ちってことで良いか?」

「うん、大丈夫」

「オーケー。それじゃあ見せてやりますよ、モテるために毎日運動部並みに走り込んでいる私の力をねぇ!」


 冗談めかしてそう言って、悠里も苦笑を浮かべつつ同意した、そこで。


「──はっ」


 後ろから、明確な失笑の響きを帯びた声が聞こえた。


 流石に露骨っぽかったので振り向くが、その声を発しただろう男子生徒は既にこちらを向いていない。

 だが、晴夜は見た。その男子生徒は……入学当初から晴夜に敵意全開の視線を向けていた生徒のもう一人の方。つまりは、ここ数日晴夜に突っかかってこなかった方だ。


 晴夜のおちゃらけた発言に笑っただけなら良い。でも……それだけではない響きが含まれていたことは明確だ。

 その証拠に、彼は去り際に──聞こえるかどうかの声量で、こんなことを言い残した。



「……『主人公』と戦おうなんて、身の程知らずな奴だな」



 そのまま、如何にも意味深なことを言ってやったとでも言いたげな満足げかつ皮肉げな笑みを浮かべて男子生徒たちの影に消えて行こうとするので、晴夜は。


「──なぁなぁ、どうした!? 何か用か!? 俺たちに混ざりたいのか!?」


 すんごい大きい声でその男子生徒に話しかけた。

 彼が驚きと共に身を引く。


「え、ぁ、小日向……? な、なんだよいきなり」

「いやぁ悪い悪い。なんかわざわざ俺たちのとこに近づいてよく分かんないことをぼそっと言ったからさ。てっきり構って欲しいのかなーと思って」

「そ……んな訳ないだろ。聞いてたけどシャトルランで対決すんだろ。俺はそういうのいい、適当に流すだけだから」

「そっか、そいつは残念」


 考えてみれば、彼はずっとそのスタンスだった。

 もう一人の男子生徒……晴夜は知らないがもう一人の転生者のように明確に干渉してくることはなく、時折何かしらを言ってくるだけ。

 それは個人の自由だ、晴夜がとやかく言うことではない。なので……自分が言われた分だけを返す。


「さっき言ってたこと。主人公だのなんだのって話は、俺にはよく分からんが」


 小日向晴夜は知らない。ここが『原作』が存在する世界だということを。

 でも、それでも。彼のこれまでの人生を踏まえた上での言葉を、転生者に返す。



自分だけ・・・・安全圏から・・・・・知った風な・・・・・口聞く・・・だけで・・・戦おうとすら・・・・・・しない奴・・・・よりはマシだと思うぞ」



「ッ!」


 その言葉が、刺さったように目を見開いて。

 続けて、忌々しげに晴夜を見てくる生徒に透明な視線だけを返す。


 ……なんとなく、思っていたことだが。

 今日まで晴夜に敵意を向けてくる生徒に共通しているのが、なんというか──

 ──『自分だけが世界の中で一つ上の場所にいる』。そう思っているような雰囲気を節々に感じるのだ。


 それが何故なのかは、当然知らないまま。

 何事かを言い返そうとする相手だが……その前に、教員から集合するように声がかかって。

 黒い視線を全く気にすることなく、晴夜は悠里と共にシャトルランの開始場所へと向かうのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


区切りの都合でやや短め&灯が登場していなくてすみません!

次回は灯も登場、そして話も動く予定です。ぜひ読んでいただけると!

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