第6話 素晴らしい物語の主人公は、原作が無い程度では色褪せない。

 晴夜と灯がそれぞれ学級委員長、副委員長に決まった後。

 特筆すべきことが、もう一つ起きた。というのも──この学校では学級副委員長は、最大二人まで務めることが可能なのである。


 結果何が起きるのかというと……もうお分かりだろう。

 そう。残り一枠の副委員長の座を巡って、大変分かりやすい男子どもが殺到したのである。奇しくもここは原作再現となってしまった。

 中には、『どうせ仕事はやる気のあるらしい委員長がやるからその間に自分は水澄さんと仲良くなれるのでは』なんて考えが透けている人間もいたりした。


 当然、そんな人間は晴夜の方からNGだ。それを汲み取ったことに加えて、候補者があまりに多すぎるのでホームルームの時間を考慮した担任が「小日向と水澄が決めてくれ」とまさかの指名権を渡してくれた。

 そんな経緯ののち、選ばれたのは──




「いやしかし、学級委員になって最初の仕事が書類整理って地味にアレでは? いやこういう仕事もあるとは思ってたけど、最初はやっぱり派手で華やかなやつの方がいいじゃん。たとえばそう、先輩と優雅にダンスとか」

「現代日本の学級委員長の仕事に君は何を見てるの……?」

「あはは、でも先生も申し訳なさそうだったし、飲み物もご馳走してくれるらしいし」


 その日の放課後。

 今しがた晴夜が言った通り資料室での書類整理を片付けながら、謎の夢を見ている晴夜の言葉に。灯の声に合わせた、苦笑気味な突っ込み混じりの返事があった。


 そう、その返事をした人間こそ──もう一人の副委員長であり『原作』の主人公、神崎悠里である。


 彼が立候補してくれた時点で、指名する人間の合意は晴夜と灯の間で一瞬で取れた。正直大変ありがたい、他の候補者の多くがあまりよろしいとは言えない目的っぽかった以上、ある程度人柄の知れた彼を指名するのは自然な流れだっただろう。


 ……特に、晴夜に突っかかって来て返り討ちにされ、その上で尚も副委員長に立候補した件の男子生徒とかは正直遠慮したかった。その気概だけは買うが、多分彼と悠里を比べれば誰もが悠里を選ぶと思う。

 これまで散々原作を破壊してきた晴夜がこの時ばかりはある程度原作を汲んだ形となるが、言うまでもなく彼はそんなこと一切知らない。


 そんなこんなで、悠里が学級委員三人最後の一人となったわけだが……


(……少し、意外だったな)


 そう晴夜は心中で思う。同時に、気になるならむしろ今聞くのが絶好の機会だろうとも。せっせと一生懸命書類を片付ける灯と一緒に作業を続けつつ、晴夜は悠里に話しかける。


「にしても、どうして立候補してくれたんだ?」

「え?」

「いや、勝手なイメージって言われればそれまでなんだが……なんとなくこれまでのあんたを見るに、あんまり目立つのを好むタイプじゃ無いのかなーと思ってたんだが」


 当然、悠里が他の男子たちと同じように灯目当ての下心で立候補したとは思わない。

 だとすればどうして──しかも、委員長ではなく副委員長に立候補する形で。そう思って問いかける晴夜に、悠里は少しだけ言い淀んだのち、まずはこう告げてきた。


「……えっと。まず──目立ちたくない、ってわけじゃないんだ。というかよっぽどの事情とかが無い限り……僕らの年代って基本的に目立ちたいものじゃないかな?」

「まぁそれはそう」


 そこに関しては同意する。

 よく『俺は目立ちたくない』と斜に構えている人間を見かけるし、実際本心でそう思っている人もいるだろうが……

 多分その中の決して少なくない割合が単純に──自分から目立ちに・・・・・・・・行くのは面倒だ・・・・・・・し恥ずかしい・・・・・・でも機会があれば・・・・・・・・やってやりたい・・・・・・・

 つまるところ、『仕方なく・・・・なら・・目立ちたい・・・・・。そう思っているだけなのではないだろうか。

 ……これが、過去の自分を踏まえた偏見混じりであることは否定しないが、あながち間違ってもいないのではと今は考えている。

 その考えを持った上で、悠里の言葉を持つ。


「目立ちたくないわけじゃない。でも……同時に、他に前に出たいって人がいるなら、その人を押し除けてまで自分が前に出る必要はないんじゃないか、とも思ってて」

「……じゃあ、なんで立候補を?」


 その考えにも理解を示した上で再度問いかけると、悠里は「えー、っと……それは」と若干言葉を濁らせたのち。

 それでも意を決したように、こう告げてきた。


「……君を見たから、だよ」

「へ?」


 思わぬ回答に面食らう晴夜に、悠里は続けて。


「だってそうじゃない? 入学初日からすごく堂々としてて、自分の価値観を持ってて。入学式であんなすごい演説までやって、ちゃんと大勢の前でも自分の意見を通して」


 少し気恥ずかしげでありながら、確かな意思を持って言葉を紡ぐ。


「──憧れちゃうでしょ、普通。自分もそうなってみたいって、思うくらいには」

「──」


 本日二度目、面食らった。


 なんということはない。

 他の多くの……場合によってはあの場のほぼ全員が、灯に憧れて立候補したのに対し。

 唯一、悠里だけは。灯ではなく──晴夜に憧れて立候補したのだ。


 それを理解すると同時に、思わず。


「……ははっ」


 様々な感情のこもった笑いが、晴夜から溢れた。


「もーなんだよ、そんなに俺が好きなら早く言ってくれよー。そうと分かってればもっと全力でボケまくって突っ込みをもらいに行ったのにー」

「うん今ので好感度若干下がったかな!」


 そう若干照れ隠しも込みで続けるが、早く言って欲しかったのは本心だ。何故なら、


「いや実際、ちょっと気にしてたんだぜ? 入学式の日に会ってからちょいちょい俺からも話しに行ったし機会があれば答えてくれたけど、そっちから話しかけてくれることは全然無かったからさ。『あれひょっとしてウザがられてる?』とか思ったりもしたし」

「それは──その、うざいとは勿論思ってないんだけど……えっと」


 その問いに、悠里の回答が若干滞る。

 おや、と思う。雰囲気を見るに、単純に気後れしていたという訳ではなさそうだが……


 なんとなく、だが。

 軽い気持ちで投げかけた質問だったが……思いの外、彼の深い部分に関わる内容だったのではないか。そんな気がした。


 であれば、答えられないのも無理はないし無理に聞き出そうとも思わない。その雰囲気を察してか、悠里も合わせて話題を変えに来てくれた。


「でも、そっちもなんていうか……自分で言うのはあれだけど結構僕と話してくれるよね。何か理由があったり?」

「んー? それはあれですよ、勘」

「勘かぁ……」

「はは、半分はそんな感じだけどちゃんと人を見てのつもりではあるぞ? あんたがいい奴で……それで、すごい奴ってのはなんとなく分かる。それに──」


 と、そのまま悠里との会話を続けようとしたが。

 そこで、くいくい、と控えめに制服の袖が引っ張られる感触。振り向くと、そこには透明な瞳で、控えめにじっと晴夜を見る灯の姿が。


「あ、悪ぃ。喋りすぎたか? 資料片付けも急がないと……」

「う、ううん。そうじゃない、よ。話しながらでもちゃんと作業してたのはしっかり見てたし。だから、えっと、用事は、その……」


 問い掛けると、灯はそう答えてから。

 話している途中に、何かに気づいた様子でしどろもどろになり、頬を赤らめて。


 目を逸らし気味ながら、袖はきゅっと握って。

 可憐な声はか細くありながら、ほんの少しの自分の意思を乗せて。

 こう、告げてきた。


「わ……わたしも、お話に、混ぜて欲しい、です」


 なんだこの可愛い生き物。


 一日ぶり二度目の感想を抱くが、言葉の内容自体はその通り。


「確かにそうだなごめんな! 作業がいくら順調でも三人作業で二人だけがずっと会話してたら普通に気まずいよな! ちゃんと三人で話そうな!」

「た、確かに僕もごめん。……ていうか、やっぱり水澄さん教室で見てるのとはちょっと違うけど……こっちが素なのかな……?」


 そんな一幕がありつつ、三人はその後は和気藹々と、極めて優秀に学級委員組としての初仕事を終えるのだった。



 こうして、メインヒロインと主人公、そしてモブは純粋に仲良くなる。

 そこには、原作など一切介在していないように思える。


 ──けれど。

 それでも、ここは確かに『原作』が。更に踏み込むのならば、『基となった物語』が存在している世界であり。

 それ故の何か。普通ではあり得ない力が、働いている世界なのだ。


 そのことを彼らが……まずは『主人公』と『モブ』が。感じ始める出来事はこの翌日、体育の授業でやってきた。

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