第5話 委員長決めも原作非準拠で

 晴夜と灯が友達になった翌日。

 入学翌日であっても、新入生はイベントに事欠かない。その一つが、その日のホームルームでやってきた。


「それじゃあ、学級委員長を決めるぞー」


 と、いうことである。

 どの新入生も直面する、ある意味でクラスの雰囲気を占うこのイベント。そして例に漏れず──この世界の基となった『原作』でもちょっとした出来事が起きた。


 まずは、この世界のメインヒロイン、世界に愛された高嶺の花である彼女がその美しさとすでに知れ渡っていた文武両道ぶりから委員長に推薦され。大変分かりやすい男子どもが副委員長の座に殺到する中、入学式の一件で仲良くなっていた原作主人公の悠里を灯が指名する、という流れである。


 メインヒロインに自ら指名されることで彼が特別であることを示し、また二人が更に仲良くなる契機となる、一つの重要なポイントであった──の、だが。

 この世界では、どうなったかというと。



「それじゃあ、学級委員長をやりたい奴──」

「はい俺! 先生、この小日向晴夜が立候補させていただきます! ぜひ俺に、俺に清き一票を! ぜひぃ!」

「早いし勢いがすごいな! 五年くらい教員やってて初めて見たよそこまで委員長に意欲的な奴!」



 ご覧の通りである。

 言い終わらないか否かの時点で瞬時に手を上げて委員長をやる意思を見せたのは、またしても原作を何も知らない小日向晴夜。あまりの速度に進行していた担任の男性教員もそう突っ込んだ。

 そのまま、呆れ笑いと共に問いかけてくる。


「やる気があるのは実に結構だが、一応そこまで意欲的な理由を聞かせてくれるか?」

「そりゃもちろん普通にやってみたいからってのと──後は、入学式で言ったことですよ」


 その問いに対し、晴夜の答えは淀まない。


「何がやりたいか、どんな自分を見つけたいか。それを見つけるために、勉強もそれ以外も全力でやるって決めてるんで。とりあえずいろんな体験できそうなとこには積極的に頭を突っ込みます。理由としてはこんなとこすかね」

「ほぉ──」

「それと単純に、多分何もしなかったら『新入生挨拶をしたから』って理由でどっかから俺への他薦が入りそうなんで、その前に自分でアピールした方が好感度は高いかなと」

「うん、この場で言って良いことかどうかは吟味して発言しような?」


 あまりにも明け透けな物言いに担任が告げ、教室中から笑いが起きる。

 とは言え、言い分自体は筋が通っている。元々ある程度名が知れていた彼であること、そもそも高校生にもなれば委員長の面倒ごと程度は理解しているので積極的にやりたがる人間が少ないこともあって、そのまま流れで彼が委員長に決定する──かと思われたが。


「はい」


 そこで、思わぬところから手が上がった。


 クラス中の視線がそちらに向く。

 手を挙げたのは、恐らくは晴夜ほど誰もが名前を知っている、とはまだ言えない男子生徒。誰かと問われれば多くが首を傾げるだろうが──晴夜は彼に覚えがあった。


(あれは……)


 間違いない。何故か入学時点から晴夜に敵意のある視線を向け、文字通り目の敵にしていた生徒のうちの一人だ。

 そこからの印象に違わず、彼はこんなことを続けてきた。


「俺は、水澄灯さんを推薦します」

「……へ?」


 まさかの、他薦という形で。

 議題に挙げられた灯が、驚きの声を上げる。


 そして、そう告げた彼の……『原作』を知る転生者の頭にあるのは、ただ一つのこと。


(これ以上お前の好きにさせてたまるか、小日向晴夜……ッ!)


 彼はご立腹だった。

 ただでさえ、原作での重要なポイントの数々で何故かメインヒロインの灯を差し置いて目立っているこの男。せっかく大好きな作品の世界に転生できたのに、灯の価値を高めるための出来事の節々でこいつが出張ってきている。


 もう我慢ならない、これ以上自分が大好きな作品を汚すな。

 ここは・・・お前のための・・・・・・世界じゃ・・・・ないんだ・・・・。イレギュラーはお前の方だ、さっさとメインヒロインに道を譲れ。


 そんな恨みと、また自分の目的から遠ざかる危機感より。

 彼はこうして声をあげ、いよいよ晴夜を妨害にかかる。

 無論、立候補に他薦という形で割り込むのだから相応の理由は必要になる。そこもしっかりと用意してある、自分は決して考えなしの人間ではない。


「小日向くんの委員長への意欲は買いますけれど、俺が懸念しているのは彼の適性です。……彼に本当に、委員長が務まるのでしょうか?」

「……ほう?」

「委員長は、自分たちクラス全員の代表です。それを、『新入生代表挨拶をしたから』という理由だけで勤めようとする人間は信用できません。……彼は、能力の信頼がない」


 そう告げて、彼は恐らくクラスの多くが思っていた疑問に訴えかける。

 すなわち……こんないかにも軽そうな人間が信用できるのか、と。それは入学式の時点でも何人かが抱いた感想であり、そこからの新入生挨拶である程度は覆したもののまだ口だけは上手い人間である可能性だって否定できないではないかと。


「その点、水澄さんは既に多くの人の信用を得ています。同じ中学の人間からも高い評価を得ていますし、聞けば中学でも生徒会長を務めたことがあったとか。水澄さんなら、安心して委員長を任せられるという人も多いのではないでしょうか」


 それには、一定の理屈があり。加えて彼の妙に自信に満ちた推薦から、ある程度納得する人間も出始める。

 それを肌で感じ取って、どうだ、と彼は晴夜を優越感と共に見据えて着席する。

 自信も出るというものだろう。だって知っているのだから、彼はこの世界のことを。

 ──晴夜が居なければ灯が委員長になっていた、という未来を。


 それがある以上、彼の自信は揺るがない。これでお前の好き勝手もここまでだ、と確信しつつ、一仕事をした満足と共に彼は成り行きを見守る。


「…………だ、そうだけど──」


 ……そして、そんな言葉に対して晴夜は。



「──水澄さんはどう思う?」



 真っ先に、灯に向かってそう問いかけた。


「!」


 灯と……あとはついでに意見を申してきた男子生徒も驚きの表情を浮かべる。

 ……正直なところ、今の意見に対しての反論程度はいくらでも思い浮かんだ。言い争っても勝てる自信も、向こうがどれだけ口達者かはわからないがある程度はあった。


 でも、今やるべきことはそちらではない。

 まず真っ先に確認すべきは、意図せず渦中に立たされた灯の意思だろう。

 その考えのもと、晴夜は灯に告げる。


「今の意見にも一定の正しさはあったと思う。それを踏まえて……まずは水澄さんがどう思ったかを聞かせてほしい。もちろん今の聞いて委員長やりたくなった、とかで立候補してもらっても全然大丈夫。その時は正々堂々演説バトルでもしましょうや」


 そこは遠慮する必要はない、と笑いかけて。


「だから、俺のことは気にせず気軽に答えてくれ。──水澄さんはどうしたい?」

「──ぁ」


 その、最後の言葉が灯に響く。

 今までの彼女ならば、周りに求められる『役割』のままになぁなぁで委員長を務めようとしていたかもしれない。或いは、晴夜に遠慮して辞退していたかもしれない。

 でも、もう彼女は。周りに求められるままのヒロインではない、自分の物語の主人公になりたいと決めた。

 だから、自分でちゃんと考えて。今の自分の望みをこう、口に出す。


「えっと……勧めてくれるのは嬉しいし、やってみたいと思うよ。でも……最初に自分からやりたいって言った、小日向くんの意思も無碍にしたくない。……だから」


 何も気負うことなく、微笑んで素直に。


「わたし、副委員長やってみたいな。小日向くんが委員長で。それならぜひ」

「いいのか? そいつは俺としても心強い、こちらこそぜひぜひ」


 そう話がまとまる。

 クラスの人間も、否は無いようである。まぁ、一部晴夜に対して『あの水澄さんと一緒に学級委員やれるなんて』という嫉妬混じりの視線が無いでもなかったが、晴夜が最初に立候補したこともあって表立って文句の声はない。これが自然だと誰もが分かっていたからだ。


(──いや、なんでそうなる!? 不自然だろっ!)


 ……分かっていないのは、『原作』の知識を持つ者のみ。

 話の流れを呆然と見送るしかなかった、意見を出した転生者の少年は心中でそう毒づく。


 普通に考えれば、流れ的にこう落ち着くのが無難だと分かりそうなものだが。

 皮肉にも原作の知識があるだけに、無意識下で思ってしまったのだ。『原作でそうだったのだから、とにかくきっかけさえ作ってやれば灯が委員長になるに違いない』と。

 端的に言って、『原作』をなまじ知ってしまっていたことによる思考停止。考えなしの結果と言えるだろう。


「い、いや! でも……!」


 それを認められず。なおも何かしらの粗を見つけようと言葉を発する彼だが。

 そんなクラスメイトに向かって、今度は晴夜が口を開く。


「ん? 懸念点は無くなったはずでは……? 委員長も副委員長も仕事はほとんど変わらないわけだし、そっちの言う能力的にも信頼できる水澄さんが入るなら安心だろ?」


 今言った理屈ならば、懸念すべきことは最早無いはずだと示した上で。


「それでもまだ納得行かないってことなら……」


 心持ち、声のトーンを下げて。


「……残る考えられる理由としては、俺が・・シンプルに・・・・・気に・・食わ・・ない・・から・・委員長・・・なって・・・欲しく・・・ない・・ってことになるけど──まさか高校生にもなってそんなことは無いよな?」


 純粋に疑問、と言った風にそう問われ。

 その圧力に、思わず男子生徒は黙り込む。


 無論晴夜も分かっている、間違いなくこの生徒の目的はそれだと。

 ただ、それを面と向かって指摘するのは悪手だ。確実に言いがかりだごまかしだとはぐらかされる、こういうのは先に言った方が負けなのである。

 だからこそ、このように迂遠に攻める、『そんなこと思ってないよな?』と圧力をかけるのが有効。それくらいの知恵は、中学時代に晴夜も身につけている。

 ……それに、もう少し踏み込んだことを言って良いのなら。


 シンプルに、彼のやり方は腹立たしい。


 自分が気に食わないのは良い。全人類と仲良くできるなんて幻想だし、高校一クラスもあれば気の合わない奴の一人や二人いるだろう。それをホームルームの公的な場に持ち込むのも……まぁ百歩譲って分からなくはない。


 でも、仮にそうだとするなら。

 自分が立候補しろよ・・・・・・・・・、と晴夜は思う。晴夜を追い落とそうとしているくせに自分は舞台に上がろうとする度胸もなく、有力な人間に縋ってその威を借りて望みを叶えようとする。

 何故自分が恨まれているのかは分からないが……理由がなんであれ、その性根が変わらない限りこの生徒と相容れることは無いだろうなと思うくらいだ。


 ともあれ、件の生徒は最早それ以上何も言えない。

 ここでなおもごねれば、『晴夜が気に食わないがためだけに物申した』ということを認めてしまう。このクラス全員が見守る場でその認識をされることは、一年の始まりとしては耐え難いだろう。


 結局、その後もぱくぱくと口を動かしていたが……結局何も言えず。

 その生徒の望みだった、原作のヒロインである灯を学級委員長に据えることもできず。


 また──そこから先。推薦した責任として自分が原作主人公に成り代わって副委員長の座につくという狙いも完全に潰されることとなった。


 言うまでもなく、その生徒が持っている知識も狙いも一切知らないまま。

 また無自覚に、晴夜は転生者の狙いを挫いて原作から外れて行くのだった。

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