第4話 かくしてモブは、ヒロインと友達になる。

 自分はヒロインである。

 確かに字面だけとってみれば、とんでもなく自意識過剰と思われてもおかしくないような言動だ。


 けれど、分かる。

 そう告げた彼女の表情を見れば、そういった表面的な意味ではないことは。

 詳しく話してほしい、と続きを促すと、彼女は微かな安堵を浮かべて口を開く。


「……今朝のクラスの様子、見たよね」


 首肯する。

 入室してすぐ、中学の知り合いが話しかけてきて。その子の導きと周りの理解によってあっという間にクラスの中心人物となっていた。

 誰にも話しかけられず孤立するとか、或いは誰かに敵意めいた視線を向けられるとか。

 そういう高校生活のスタートにありがちな悩みなどとは一切無縁な。皆に特別扱いされて大切にしてもらえる、それこそ──


『──うちの中学が誇るお姫様だよ!』

『我々が守るべきパーフェクトヒロインですよこの子は!』


 的確な表現が、当の女子生徒の言葉で思い出される。


「……ずっと、そうだったんだ」


 晴夜がその表現にたどり着いたことを察して、灯は続ける。


「もちろん、ありがたいことだっていうのは分かってる。大切にしてくれるのはすごく嬉しいし、それで守ってくれたことには感謝もしてる。……でも、なんて言うのかな」


 丁寧に、慎重に。自分の中の心を、しっかりと余さず言葉にするように時間をかけて。

 それが大切なことなのだ、と会って間もない晴夜でも分かったから、何も言わずに彼女の言葉を待つ。


「……寂しい、って。思うことがあるんだ。みんなに持ち上げてはもらえても、みんなの輪の中には入れてもらえない。遠巻きに見守ってはもらえても、本当に近くにきて話しかけてはくれない、みたいな」


 なんとなく分かる気がする。

 まさしく、彼女は高嶺の花なのだ。誰の手も届かないところに咲く美しい花であり──敢えて悪く言えば、誰の手も・・・・届かないところに・・・・・・・・遠ざけられた・・・・・・存在。


 同時に、無理もないことなのだろうとも思う。

 だってその経緯は会って半日の晴夜でも推測がつく。まずは彼女の外見、日本人離れした髪色と瞳の色、神様が特別に贔屓したと思われるような完璧な顔の造形に、非の打ちどころのないスタイル。


 加えて噂を聞く限りスペックも凄まじいらしい。運動もでき、成績も──新入生代表が彼女でないのが信じられない、と言われるくらいだ。ひょっとすると自分がいなければ、今日あの場で代表挨拶をしたのは彼女だったのではないだろうか。

 更には性格も穏やかで優しく、誰にでも分け隔てなく話しかけていた。纏う神秘的な雰囲気も相まって、周りに特別扱いされるには十分すぎる。


「……多分、わたしにも原因はあったの。だって、それでいいんだってこれまではどこかで思ってたから。変にみんなと一緒に何かをしようとしたら……その、よくないことが起きるんだってなんとなく分かったし、実際そうなりかけたこともあったから」


 これも推測はつく。

 分かりやすいものとしては異性関係だろう。こんな才色兼備な完璧美少女は、当然異性の様々な感情を集める。

 それが高嶺の花ではなく、自分たちと同じ場所に降りてきてしまったら。『自分でも手が届く存在かもしれない』と、周りの人間に思わせてしまったら。

 人間関係に亀裂が入ることは想像に難くない。異性だけではなく、同性の友人にまで場合によっては影響が及ぶ。


 それを感じたからこそ、彼女はそう振る舞ったのだろう。

 周りが求める通りに、周りに余計な諍いを起こさないために。求められるままの、『お姫様』『ヒロイン』としての自分を演じ続けた。


「──でも。やっぱり、違和感っていうか……これでいいのかって思いが、どこかにあって。それを高校では変えたいって思ってて……」


 そうして、灯は再度顔を上げる。


「……それで今日、君に会って。ちょっとの間話して、あの入学の挨拶も聞いて──」


 胸に手を当て、熱を伝えるように続けて。


「──感動、したよ。そうだよ、わたしもっ」


 きっと、ようやく行き着いたのだろう。自分の奥底にある思いを、口に出す。


「わたしも……求められるままの何かじゃなくて。自分以外の・・・・・誰かの・・・自分じゃない・・・・・・何かが決めた・・・・・・物語の・・・『ヒロイン』じゃなくてっ」

「!」

「わたしも、わたしの物語の主人公になりたいっ」


 ──その、どこか自分にも覚えのある望みを聞いた瞬間。

 幻聴かもしれない。けれど確かに晴夜はその瞬間、何かが解けたような音を聴いた。


 そんな彼をどう思ったか、灯ははっと正気に戻り顔を赤らめ、慌てたように胸の前で手を振る。


「ごっ、ごめんね! ほとんど初対面の子からいきなりこんなの聞いても意味わかんないよねっ! でもその、伝えたかったというか……何が言いたいかって、その!」


 多分ここで慌てたままでは伝えきれないと思ったのだろう。

 一度深呼吸をして落ち着いてから、もう一度晴夜の方を見て。


「『わたしの物語』が具体的になんなのかは、まだ見つけられてない。でも……君と話した時、わたしは今までにない自分になれた気がして。その先で、見つけられる気がしてるんだ。だから……っ」


 そうして──それこそ告白するような勢いで、真っ直ぐに彼女の想いをこうぶつけた。



「小日向晴夜くん、わたしの──友達になってくださいっ!」



 しばし、沈黙が流れた。

 真正面から告げられた言葉。その意味を受け止め、飲み込んで……数秒ののち、ようやくその内容がしっかりと理解できた上で。


「……ははっ」


 思わず、晴夜は笑った。


「え。ぁ……えっ!?」

「あ、悪い。馬鹿にしたわけじゃないんだ。ただ……」


 困惑と羞恥で更に顔を赤くする灯に、晴夜はやや慌てて告げる。


「ここまで話してもらった上で、出てくる結論が『友達になってほしい』ってのがちょっとおかしくて」


 なんとも微笑ましい、というべきだろうか。

 とは言え、笑ってばかりでもいられない。それに当然、返答は決まっている。


「こちらこそぜひ。言ったと思うけど、同じ中学のやつが一人もいなくてさ。話せる人は一人でも欲しい。水澄さんなら大歓迎さ」


 そう告げて、手を差し出す。

 灯はしばし目を瞬かせていたが、おっかなびっくりその差し出された手を握る。

 それが離れた後も、ぽやっと晴夜の方を見据えて。


「……友達……」

「イエス。あなたと私、友達。なんなら通学路で話した時点でこっちはほぼ友達認定してたまである」


 冗談めかしてそう告げたところでようやく理解が追いついたのか、灯は目を輝かせて。


「ともだち……っ!」


 頬を更に一段紅潮させ、その美貌を晴夜の方へずいと近づけてくる。

 そのまま、「ともだち?」と聞くように小首を傾げ、「そう」と晴夜が趣向すると、更に表情をきらきらさせて。


「え……えへへっ」


 喜びを表すように胸の前で両手を握り、ふにゃりと柔らかく総合を崩す。


(……いや、何この可愛い生き物)


 小動物めいたその一連の仕草に、流石の晴夜も気恥ずかしくなる。

 というか、そこまで喜ぶことだろうか。彼女の人望と美しさなら友達なんてごまんといたのでは……と思ったが、すぐに思い至る。

 多分、そういう意味で周りにいた『友達』と、今彼女が得たと思っている『友達』は種類が違うのだろう。


 そういう意味での初めての友達に自分がなれたのならば、光栄なことだ。

 ……それに、晴夜としても。

 今までにない自分になりたい、何かに強制された役割でない自分を見つけたい。そんな自分と同じように思ってくれた人がいる、自分の言葉に共感してくれた人がいる。

 それは、とても嬉しくもあるのだ。流石にこれは気恥ずかしいので口にはしないが。


 そんなことを考えつつ灯の方を見やると、彼女は儚げな印象とは裏腹の、けれどこれも大変似合っている輝いた表情のまま。


「じゃ、じゃあこの後どうする! お昼とか一緒に行く!? その後遊んだりする!?」

「待って落ち着いて。お誘いはありがたいけど今日は親御さん来てるでしょ。焦らなくても友達は逃げないから」


 若干印象が変わった彼女の様子に苦笑しつつ、晴夜は灯と連れ立って歩いていく。



 こうして、原作における『モブ』は『ヒロイン』と友達になり。

 きっとここから──本格的に『原作』からは外れ始める。


 それがどんな結果を生むのか、誰にとって良くて、誰にとって不都合な結末になるのか。

 どうなるかはもう……それこそ、神様でも知らない。

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