第2話 世界に愛されるメインヒロインと、密かに居る転生者、とモブ。

 とある公立進学校の、一年一組。

 様々な要因から県内でも屈指の人気を誇る学校は同時に、この世界の基となった『原作』が繰り広げられる舞台でもある。


 そしてこの一年一組にも、『原作』の知識を持つ人間が一人。

 彼は原作を積極的に壊そうとはしていない。むしろ自分が大好きで何度も見返したこの作品を全力で見守りたい存在、自分は傍観者でいい、と少なくとも表面上の認識ではそう思っていた。


 そんな彼が胸を躍らせて待つのは、原作序盤の象徴的シーン。

 原作の主人公とヒロインである悠里と灯が連れ立って教室に入ってくる場面だ。


 教室に入ってきた灯の美しさに皆が目を奪われ、同時に隣に立つ悠里に『誰だお前は』と値踏みの視線を向ける。

 そんな評価を悠里がこの先の活躍で覆すことを知っている彼は『彼が実はすごいことを知っているのは自分だけ』という優越感に浸りつつ、そのシーンを見守ろうとする。


 そして、ついにその場面がやってきた。

 教室の扉が開き、一目で分かる特徴的な髪色を持った灯、それと連れ立って入ってくる悠里──に、もう一人。


「やー、まさか三人とも同じクラスとは運がいいな」

「だね。僕も同じ中学出身が多いとは言えないし……小日向君と一緒なのは、助かるな」

「うん、わたしも──嬉しいよ」


 なんかすごいちゃらちゃらした奴が二人の間に居た。

 全て読み込んだ原作知識のデータベースを漁っても、絶対にあんな奴はいない。脇役ですら見たことないし面影もない、つまりは全く認識していないモブ。

 そんな人間が、あろうことか灯と悠里の間にいる。


 それを認識した瞬間──彼は思わず、心中で叫んだ。


(誰だお前は!?)




 そんな謎の認識をされていることなどつゆ知らず。

 運よく同じクラスになれた灯、悠里と教室に入った晴夜は室内を見渡す。

 これからここにいる人たちが一年間クラスメイトか、と感慨に耽る晴夜だったが……そこで、視界の中からとある女子生徒が立ち上がってこちらにやってきて──


「ともー!」


 隣に居る灯に抱きついた。


「わっ」

「いやもうほんっっっと嬉しい! 高校でも同じクラスになれるなんて! これはもはや運命!? 運命と言っても良いよね!?」


 すごい勢いで再会を喜んでいた。灯が驚きつつも受け入れている様子から、灯の中学時代からの級友あたりだろうと察しをつける。


「大丈夫? ちゃんと無事学校来れた? 何もなかった?」

(おかんか?)


 随分と過保護な心配をしているが……今回ばかりはその質問は折が悪い。ここに来るまでの道中は『何もなかった』と明言するには一つ大きな事件があったばかり、そして……


「え、あ、っと……」


 ここまで見た様子から察するに、灯は嘘をつける性格ではない。

 予想通り言い淀んだ灯に、その女子生徒は眉を吊り上げる。


「え、何!? なんかあったの!? まさか──貴様らが何かしたのか灯と一緒に来た男子二人組! 何しとんじゃうちのお姫様に!」

「ちっ、違うよ……! 二人とは通学路で偶然話しただけで、何も……!」


 流石にそこは灯も否定してくれた。そして悠里は事故未遂を起こした立場な以上『何もない』と言うのは少々後ろめたいだろう。そう思い、ここは晴夜が答える。


「お姫様だったのか。そうとは知らずご無礼を」

「そうだよ! それで本当に何もなかったんか!」

「少なくとも、会ってからは無傷で学校まで送り届けたつもりではあるよ。一切変なこともしてないし、ここは本人の証言を信じてくれると助かる」


 まぁ、彼女の外見を考慮すれば過剰に心配するのもやむを得ないか。そう思って告げるとこれ以上は言えないのか、謝りつつも威嚇するような視線を向けて、灯を連れて自分たちのグループへと戻っていく。


「あ、守屋さん。そっちの子が話してた……うわ超美少女、え、人間?」

「でしょー! 我らが中学の誇るお姫様だよ!」

「ごめん正直紹介ではいくらなんでも盛ってるだろと思ったけど……実物見たら納得した。これはとんでもないわ……雰囲気も浮世離れしてるし、まさしく高嶺の花って感じ」

「うんうん、しかもこれで文武両道のスーパーハイスペ美少女なんですよこれが! 新入生代表挨拶もなんでこの子じゃなかったのか信じられないくらいだし……勿論性格も超いい子だから安心して! 我々が守るべきパーフェクトヒロインですよこの子は!」

「流石に大袈裟すぎ……とも言えないか。えっと、水澄さん。よろしくね?」


 と、あっという間に女子グループの中心になる灯。

 いや、女子グループだけではない。彼女が教室に入った瞬間から教室中全ての視線が彼女に向いている。女子生徒からは羨望を、男子生徒は一人残らず完全に見惚れており、お近づきになろうとして立ち上がった数人は先刻の女子生徒、守屋さんとやらに「近づくんじゃねー!」と追い払われていた。


 もうこの時点で、皆が悟っていた。このクラスの中心は、彼女になるのだろうと。

 晴夜もそれに否はない。こんなに見目麗しい少女がいて、しかも話によるとスペックも申し分もないのならそりゃそうなるだろう。



 ……ただ、気になったことが二つ。


「……うん、よろしく」

「そうなの? じゃあ、いつか紹介して欲しいな」

「分かった、明後日ここのみんなで一緒に行こっか」


 まずは女子生徒たちに囲まれている灯の様子。受け答えする様子は常に穏やかに微笑んで、見た目から想像される雰囲気通りの『儚げで浮世離れした美少女』のままの姿。

 ……ここに来るまでに時折晴夜に見せていた、生き生きしていたものとは少し違う、その姿に微かな違和感を覚える。


 それと、もう一つ。先ほどの会話。

 ちょくちょく語られていた、『お姫様』『守るべき』『ヒロイン』等々の単語。

 それを聞くたび、特に最後の言葉を聞いたときに一番──灯の表情が、微かに翳っているように見えた。


「……」


 とは言え、いくらなんでも出会った初日にそこを自分から突っ込むわけにはいかない。

 気になるところとして残りつつも、晴夜は灯たち女子グループから目を離し、自分の席を探し始めるのだった。




 その後は、各々入学初日の恒例行事であるクラスメイトとの交流を深めていた。

 用事が別にあるという悠里と別れて自分の席につき、ついでに近くの席になったクラスメイト数人と交流。初対面の相手に緊張するような自分は頑張って中学に置いてきた。

 その甲斐に加えて近くの人間が基本良い人だったのもあって、自己紹介程度はつつがなく済んだと思う。


 ……まぁ、何故かそれに加えて。二人ほど、自分に凄まじい敵意の視線を向けている人間もいた。割と真面目に身に覚えがない。

 強いて挙げるなら、その二人は灯に一目惚れしており灯と一緒に教室に入ってきた自分を目の敵にしているあたりだろうか、と予測を立てる。


 無論、彼らが『原作』の情報を知る転生者であり、原作では完全なモブだった晴夜がこうなっていることに対して敵意を抱いていることなど彼は知る由もない。


 そんなこんなで、入学式直前。式の前にとお手洗いに向かった晴夜だったが……そこで、後ろから声がかけられる。


「あの……小日向、くん……っ」


 美麗な声に振り向くと案の定、急いで追いかけてきたらしく息を切らした灯の姿。

 首を傾げる晴夜に、灯は申し訳なさそうに眉を下げて。


「その、ごめんなさい……さっきのこと」


 教室に入った件だろうということは察しがついた。


「さっきの子、ゆきちゃん……守屋さんに変に疑われちゃって」

「ああ、それは気にしてないさ。知り合いがいきなり見知らぬ男子生徒たちと登校してきたら疑いたくもなるだろ。あんたみたいな人なら尚更」


 後半の言葉に、灯が軽く俯く。


「……うん、そうだね」


 そこから、続けて。


「……そういうのを変えようって、変えたいって。思ってたはずなんだけどな」

「──」


 呟かれたその言葉の意味、全てを把握していたわけではなかったけれど。

 これだけは分かった。……彼女はきっと、自分の何かを変えるためにこの高校に来た。


 ──『モブ』だった自分を変えたい晴夜と、同じように。


 だから、晴夜は告げる。


「何か話したいことがあるのは分かった。けど……もうすぐ入学式だ」


 その短時間で話すような内容ではないだろうということを示しつつ。


「だから、話はその後で聞くよ。多分その方が良さそうでしょ?」

「う、うん……!」

「それに──」


 そこから、最後に。ひょっとすると今の彼女にも伝えられる何かがあるかもしれない。

 そう思う理由を、最後の一言に乗せて。ここから起きるだろうことを──晴夜は含みのある笑みで、こう締めくくるのだった。


「──その入学式で、面白いものが見られるかもしれないぞ?」

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