ラブコメのモブは、『原作』を知らない。~「お前はラブコメのモブだ」と言われたので脱モブを目指して頑張ったら、何も知らないままメインヒロインを原作以上に幸せにしてた~
第1話 イレギュラーは、転生者に有利に働くとは限らない。
ラブコメのモブは、『原作』を知らない。~「お前はラブコメのモブだ」と言われたので脱モブを目指して頑張ったら、何も知らないままメインヒロインを原作以上に幸せにしてた~
みわもひ
第1話 イレギュラーは、転生者に有利に働くとは限らない。
バタフライエフェクト、という言葉がある。
これは、それが実際に起こったお話だ。
「君はあれだね、ラブコメで言うとモブみたいな子だ」
ことの発端は、初対面の青年に唐突にそう言われたことだった。
……いやまぁ、どう考えても初対面の謎の兄ちゃんに言われるような台詞ではないのだが、そう言われるに至ったちょっとした経緯があるのである。
すごくざっくりと言うと些細な縁で人生相談じみたことをした結果その言葉が出てきたのだが、その辺りの詳細はいったん割愛する。
とは言え、それを踏まえてもあまりに唐突な言葉だったのは間違いなく。
怒りの前に困惑が勝りきょとんと見返す自分に、青年は苦笑を浮かべて。
「ああいや、ごめんね。……ちょっと今日久しぶりに親戚の、ちょうど君と同い年くらいの子と会ったんだけど」
こんなことを話してきた。
「すごく昔の知るあの子とは違ってて──
「は、はぁ」
「まぁ多分、あの年頃にはありがちな妄想だろうと流したんだけど……なんでか、君を見てたらその喩えが思い浮かんで。蔑称、かもしれないね。率直な印象だから、君がそう受け取ってしまったならごめん」
申し訳なさそうに告げたのち、けれど、と真面目な顔に戻って……青年は最後に。
「でも、多分。もし君が今の言葉を聞いて、『確かにそうかも』と思ったなら」
人生の先達らしく、一つのアドバイスを残して去って行ったのだった。
「──その認識を変えない限り、君はきっと本当に『モブ』のままだと思うよ」
きっと青年にとっては、なんの気無しに言った言葉。
でもその言葉が……大袈裟でなく、自分の人生を変えた。
「……その通りだ」
なんというか真面目に、何か一つの呪縛から解き放たれた気分だった。
これまでの自分の人生は……様々な要因もあってだが、本当に一切何かの中心になるような、スポットライトが当たるような活躍ができず。
その結果として無意識に構築されていた、『自分は何かの物語のモブである』という刷り込みのような認識。
それが、解けた。同時に当然、このままではいけない、とも思った。
もちろん──
であれば……やることはもう決まっている。
「……目指すか、主人公」
そんな、多分これも側から聞いていればまぁまぁ痛々しいかも知れない言葉を呟きつつ。
けれど大真面目に、部屋の壁に『脱、モブ!』と書いた貼り紙を貼るくらい真面目に。
小日向晴夜の人生を変える挑戦が始まって──
◆
そして翌年。
真新しい制服に身を包んだ晴夜が、桜の残滓が残る街路を足取り軽く駆けていた。
足取り軽くもなると言うものだろう。何せ今日は高校の入学式。
待ちに待った高校生活に心を躍らせつつ、晴夜は足を早める。
無論、無駄に俯いたりもしない。『どうせ中学までとそんな変わらない』と最初から決めつけて冷笑的に駆け足をやめたりもしない。
理由は一つ。それは自分の目指す主人公像ではないから。
……ひょっとすると、あの青年に出会う前の自分ならばそうしていたかもしれない。でも、そんな自分とはもう決別すると決めた。
それに、そうなれるようこの一年間努力してきた。
勉強も運動も、その他諸々も頑張った。容姿はしっかりと気を遣って最大限整え、表情は自信と希望たっぷりに。
何より目線は常に前を向いて、引き続き高校への足を進め。
そのおかげで、彼は気付けて。そして出会う。
目線の先、晴夜と同じ制服を着て、晴夜以上に足早に……焦りを含んだ様子で走る少年に向かって、晴夜は叫んだ。
「そこの人ストップ!」
「!?」
唐突に後ろから響いた大声に、少年は思わず足を止め──
──その直後、少年の目と鼻の先。曲がり角から、これも同じ制服を着た女子生徒が飛び出してきた。
「わっ!」
慌てた様子でたたらを踏み、その場で転ぶ少年。その音で少女も気付いたのだろう、狼狽と共に足を止めてこちらを向く。
同時に、晴夜もその場へと駆け寄って告げる。
「大丈夫!? めっちゃ転んでたけどぶつかった!?」
「い、いや……ギリギリぶつかってはない、よ。その……君が声かけてくれたおかげで」
少年は未だ驚きを顔に貼り付けながらも理解したのだろう。あそこで晴夜が注意を促していなければ、今少女と軽く衝突事故を起こしていたと。
柔和な顔立ちと、そこから感じる印象そのままの声で晴夜に礼を告げ、差し出された手を掴んで立ち上がる。
そこで、少女の方からも声がかかる。
「ごっ、ごめんなさい! お母さんと待ち合わせしてて急いでて、それで……!」
まさしく鈴を転がすような声で、恐縮しきりの響きと共に告げて頭を下げてきた。
本心から申し訳なさを覚えているのはそれで十分伝わる。少年の方も「いや、こっちも声かけてくれなかったらぶつかってたと思うから」と告げて顔を上げてもらい──
──そこで、思わず目を奪われた。
透明、という単語がこの上なく似合う少女だった。
色素の薄い髪に、それよりさらに透明に近い薄銀の瞳。その二つに加え、驚くほどの美貌も持ち合わせている。
抜群のスタイルにきらきらと輝く長髪も相まって、浮世離れした儚さまで感じさせる。端的に言って、とんでもない美少女。
お姫様みたいな子。第一印象は、そんな少女だった。
けれど、いつまでも見惚れているわけにはいかない。
差し当たっては、この衝突事故未遂を起こしてしまい極めて気まずそうな二人組をどうにかしなければ。そう決心して、晴夜は意図して明るい声で告げる。
「見たとこ、二人とも新入生?」
「え……あ、はい」「そう、だけど……」
「そっか、なら尚更良かった。華の高校生活初日で人にぶつかって怪我しました──なんてことになったら悲しいしね。二人とも、俺に感謝するよーに!」
「そ、それはもう!」「どうやって返したらいいかわからないくらいだよ!」
「うーんなるほど二人ともシンプルいい人のパターンか!」
意図的におどけてみたのだが、この手の相手だと率直に伝えたほうが良いか。そう思い、続けて苦笑を浮かべ。
「とにかく、そんなに気にしなくていいってこと。感謝してくれるのはありがたいけど、それ以上に変に引きずって欲しくないっていうか……ああ、そうだ」
そこで、思いついたとある提案を告げる。
「じゃあ、お礼代わりと言っちゃなんだけど、一つ聞いてもらっていい?」
「?」
「せっかくだしさ──学校まで一緒に行かね?」
きょとんとした顔を二人が浮かべる。
「見ての通り俺も新入生で、しかも同中の奴が一人もいないんだよね。話せる相手は一人でも増やしておきたいし……それにさ」
これも本心だが、続けての言葉がメインの目的だ。
「このままはいさよならって別れちゃったら、二人とも相手が『事故りかけた人』って印象が残って後々気まずくなりそうでしょ? だったらもういっそ、ここで俺共々仲良くなっておいたほうがある意味気楽じゃないか、と思ったんだけど」
その言葉に、二人が揃って目を丸くする。
やけにシンクロ率が高いな、と謎の感心を覚えつつ、最後に。
「まぁもちろん、メインは前者だけどね! 正直心細いんですよ! だから、どう?」
そう締めくくるが──その直後に、今の提案に問題があったことに気付く。
「……あーでも、そっちの子はお母さんと待ち合わせしてるんだっけ。急いでたりする? ていうか、君もなんか焦ってたしひょっとして……」
「うん、僕も親が待ってるんだけど……でも」
けれど、そこで。男子生徒のほうがスマホを取り出して告げる。
「急ぐのはやめとくよ。今まさに事故が起きかけた状況でまた走れないし。それに……」
晴夜の方を見て、苦笑と感謝が入り混じった表情と共に。
「友達ができそうだから遅れる、って言えば、多分許してもらえると思う」
「──はは、いい親御さんじゃん」
そしてこいつはいい奴だ。そう確信した。
それに合わせて、少女のほうも急ぐわけには行かないと思ったのだろう。二人合わせて親に謝罪のメッセージを送ったのち、三人揃って歩き出す。
引っ込み思案なのか未だ控えめな様子の少女に対し、話しかけてきたのは少年の方。
「にしても、よく気付いたね? 曲がり角から人が来てるって。位置的に君の方からも死角だったよね?」
「そこはあれですよ、音で分かった。陽キャスキルの一つです」
「ねぇ待って知らない単語出てきた」
「知らないだと? あんたも陽のものを目指すならば覚えておいたほうが良いぞ。何かイベントごとを嗅ぎつけたらすぐに突っ込むためと──」
あの日言われた、主人公になるために磨いた能力の一つを自信満々に晴夜は告げる。
「──あと、俺の陰口を聞きつけたらそいつの名前をノートに書いて、意図的に見せてビビらせて『聞かれてただと!?』と底知れなさを見せて威圧するためのスキルね」
「発想が陽じゃない! むしろ陰湿だよそこは直接言おうよ! いや陰口を叩くのが一番悪いとは思うけど!」
早くもそんな漫才じみたやりとりをしかけた、そこで。
「……ふふっ」
隣から、とても可憐な笑い声が響いた。
見ると、これまで控えめに二人のやりとりを聞いていた少女が、思わずと言った様子で笑みをこぼしていた。
本日二回目の驚きと共に、反対隣の少年共々彼女を見やる。すると少女は、はっとした様子で胸の前で手を振り。
「あ、いや、そのっ! 変に笑ったとか、そういうわけじゃなくて……その……」
純粋な憧憬のようなものを宿した瞳で、告げてきた。
「男の子って、こんな早く仲良くなれるんだって。それが……その、いいなって」
「……やー、俺も一個謝りたい」
それを聞いて、晴夜も素直に浮かんだ言葉を口に出す。
「なんていうかさ、あんたの外見とか雰囲気とか見て、勝手に浮世離れしてて控えめな人なのかと持ってたけど──」
「えっ」
「──まさしく外見からの勝手な決めつけでした誠に申し訳ない! 全然話せる人じゃん! 一番やっちゃいけないことしたわ俺、土下座で足りる!?」
「往来で土下座はやめよう! いろいろ迷惑がかかりすぎるから!」
膝をつけようとする晴夜を少年が後ろから止める。
それを見て、少女はきょとんとした顔ののち……
「……あははっ」
もう一度、笑った。今度は、先ほど以上の嬉しさを讃えた声と表情で。
そのまま、続けて。
「……ううん、そこは全然。でも……それじゃあ、一つだけ」
顔を上げるこちらとは対照的に、少しだけ悪戯げな笑みと上目遣いで。
外見や雰囲気からは予想できない、けれどこの上なく可愛らしく、告げてきた。
「学校まで、もうちょっとあるから。その間に……わたしのことも、知ってくれると嬉しいな?」
二人揃って頷いたことは、言うまでもない。
と、そこで、晴夜は一つ工程をすっ飛ばしていたことに気付く。
「そういえば一番大事なこと忘れてた! 名前聞いてないじゃん!」
二人の前で振り返ると、まずは自分からとの礼儀に則って。
「俺は
「わたしは……
「えと、僕は
「そこ謝る必要ないから! 大丈夫ちゃんと覚えるから!」
そう突っ込み、三者三様の笑みを交換し。
……きっと、良い学校生活が始まる。そんな晴夜の予感と共に、揃って歩き出した。
──彼は知らない。
ここまで切り取れば、ごく普通のどこにでもある微笑ましい新入生三人組のファーストコンタクトであるだろうが。
小日向晴夜は知らない。
比喩的な意味で主人公を目指す彼が居るこの世界が、
彼が助けてしまった神崎悠里と水澄灯が、この世界における『主人公』と『メインヒロイン』で。
本来なら、この二人は入学式の通学路、曲がり角でぶつかって。
怪我をした悠里に灯が付き添って、保健室から二人揃って遅れて登校し。その後も何かと波長が合う二人が少しずつ少しずつ距離を詰めていく、というお話になっていたことを。
その流れを、初手から完全に変えてしまったことを。
更に──小日向晴夜は知らない。
歩き出し、二人に背を向けた彼。そんな彼を見つめる視線が、
まずは、左からの薄銀の瞳。
その顔色は、髪や瞳とは裏腹に、高揚と興奮で紅潮しており。
「……すごい」
胸に両手を当て、高鳴る鼓動を感じながら思わず溢す水澄灯が。
実は今のような振る舞いなんて、中学までは一切したことのなかった彼女が、続けて。
「……こんなに早く、『今までにないわたし』になれるなんて思わなかった、な」
自分を変えにこの高校にきたメインヒロインが、そう告げたことも。
続けて、右からの緑の瞳。
彼も同様、驚愕と敬意を宿した瞳で彼を見据えて。
「……すごいな」
こちらも思わず溢した神崎悠里が、続けて。
「……こんなに『主人公みたいな人』、初めて見た」
誰かに託しにこの高校にきた主人公が、そう呟いたことも。
そして──何より、はるか後方からの瞳。
「………………は?」
晴夜たち三人を見つけた、晴夜たちと同じ真新しい服を着た少年がそう溢し。
「灯と悠里がぶつかってないし、何より──誰だよ、あいつ!」
この世界の『原作』を知り、同じくその原作を変えようとした少年。
実は今の晴夜になる、無自覚の最大要因を作った少年が。
「まさか、あいつも俺と同じ──ッ!」
全く的外れな推測を抱き、一方的に敵意を込めた瞳で晴夜を睨みつけたことも。
それら諸々全部含めて──これは何一つ、何もかも、裏の思惑など知らないまま。
全てはこの世界ではあり得ない知識を持つ存在が、やってきたことを発端に。
ただただ、『主人公』を目指した少年が、真っ直ぐな性根と、愉快な努力で。
原作主人公も、メインヒロインも、転生者
原作があるが故の不思議な強制力なんて、全部望みの力で跳ね除けて。
そして、最高の青春を送るお話である。
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新作! 主人公が転生者じゃないラブコメ転生ものです。
何も知らない晴夜の活躍と、これからどんどん見せていく灯の可愛さを楽しんでいただけると嬉しいです!
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