18 師弟関係

「女子高生ラップ選手権三連覇を成し遂げ、それ以外にも無数の大会で優勝し続けている現役最強ラッパー。巧みなライミング、的確で鋭いディスとアンサー、多彩なフロウ、生み出したパンチラインは数知れず……。万能のバトルモンスターが今宵、推しであり弟子でもある挑戦者に立ち塞がる! 不敗神話の無敵ホワイト、27ーーーーー!!!」

 ぬーたんが去り、Dependenceへの最後の関門が立ちはだかる。

 あたしをラッパーとして育て、今日まで導いてくれた最初の師。

 フロウも、ライムも、戦略も、知識も、すべて彼女が授けてくれた。

 そんな彼女が、満を持してあたしの前にゆっくりと歩み寄る。

「サードステージは最強のヴィラン27! 彼女を倒せば、最悪のフィクサーであるラスボスDependenceへと挑戦できます!」

 今日も純白の髪とロリィタがあまあまにかわいい。この場であたしの次にかわいいのは、間違いなく彼女だろう。真っ赤なカラコンから臨む瞳は、決意に満ちている。

 その視線を真っ向から受け止めて、アイドルとしてではなく、ラッパーとして鋭く威圧する。

「27もぬーたんと同じく禰寧音の師匠ということで、今度は師弟対決! さらに27は禰寧音のファンでもあったということで、注目の一戦です!」

「……。」

 27はぐっと唇を噛みしめて沈黙している。

 言いたいことはバトルの中に全て込めるということだろうか。

 ならばあたしもそうしよう。

 彼女にはずっと感謝しかない。きっとそれは彼女も同じ。

 でも二人とも、勝たなければならない理由がある。

 そうでなければ、誰もステージに上がったりなんかしない。

「そんな激熱の対決を彩るビートは──DJ BAD GRACE!」

 刻まれるスクラッチ音。流れ出すのはRequiemで【決別】。ヒップホップ好きでなくてもわかるくらいの名盤。荘厳で神々しいビートに合わせて冒涜的なリリックを乗せた問題作。

「ナイスDJ! このまま禰寧音が破竹の勢いで勝ち上がるのか、はたまた27が王者の貫禄を見せつけるのか──! さあ、先攻後攻はどうしますか?」

「言うまでもないでしょ。先攻!」

「イエス! ではいきましょう!! サードステージファーストラウンド! 8の2本! 先攻禰寧音ねね、後攻27! トバセぇー!!!!!」

 DJがターンテーブルに手をかける。

 言うべきことなら無数にある。何を言えばいい。何を言いたい。何を言えば勝てる?

 このあたしを最初に痺れさせたラッパーを、今日この場で、どうやって超える?

 先攻用に仕込んできたいくつものネタ。どれを使うか──。

 いや、今日までのあたしが考えてきたものなんて、ダメだ。

 初勝利を遂げた今のあたしが紡ぎだす言葉に価値がある。

 すべてを吐き出して、この場の空気を大きく吸い込む。


 ☆。.:*・゜

 今までありがとう。一戦目勝てたのもぬーたんに会えたのもあなたのおかげ

 拍手ない時から来てくれてた握手会。神だよ?

 マジなトーンの好きに何度も救われた

 静まってた人生狂わせた大麻草


 作られた記事ですぐバレた不貞

 償えばよかったけどこの道を選んだ

 あんたに出会えてよかった。だからここまで来れた

 ラッパーとして、27をここらで超えなきゃね

 ☆。.:*・゜


 何度も彼女と交わした握手を思い出しながら、言葉を吐き出した。

 27はまだあたしが彼女をファンとしてしか認識していなかった頃と同じ表情と、バトルの時にしか見せない不敵な表情との間で未だに揺れ動いている。

 でも、彼女だけじゃない。悩んでいるのはあたしもだった。アイドル=禰寧音ねねとしての自分と、素の自分には大きな隔たりがある。その二人の自分とどう付き合っていくのか、それを周囲にどう見せていくのか。彼女に対しては特に。

 何が正解なのかわからない。だが、ありのままの本心、心から湧き出てきた言葉をそのまま放出した。

 アイドルの時には決してしていなかったこと。

 なのにその言葉に、27の瞳が潤んでいた。

 この子は本当にどの状態のあたしも愛していてくれているのかもと、そんなことを思った。

 大切にするべき人間なのだろう。でも、この女を倒さなくては、あの女に復讐を果たせないんだ。

 この場で一番強くて一番かわいいのがあたしだ!

 それを心の底から信奉して、最高のファンでありライバルである目の前の少女を強く強く見つめる──!

 27はその視線を正面から受け止めて、小さな口を大きく開いた。


〖あなたに出会えてよかった。こっちのセリフだ

 「なにものにもなれないのにいつか誰かの物になるのかな」

 「そんなの無理になる ならボクはどうすればいい?」

 その答えをくれた。だからここに立ってる


 頭も運動神経も見た目も体格もセンスも全部悪かった。ぼくはなにももっていなかった!

 あなたに勇気をもらって、初めて持てたのがマイクだった!!!

 でもここは、持たざる者が夢を見れる場所! スターはお呼びじゃない!

 絶対に負けられない! レペゼン落ちこぼれの無敵王者!〗


 全身に衝撃が走る。

 全てにおいて高次元、強いて言えばアティテュードとバイブスが弱点と言われていた彼女が、その二点のみで仕掛けてきた。

 その小さく白い甘い外見からは想像もつかないごうごうと燃え滾る情熱があたしだけに激しくぶちまけられる。

 図らずも彼女のラップの原点となっていたらしい禰寧音ねね。どこまでもリアルな彼女の生涯が弾丸となって打ち出される。

 フロウでも韻でもない。彼女の人生の軌跡で描き出した魔法陣から生み出されたパンチラインに命の炎を燃やして注ぎ込まれたバイブス。熱く重く説得力のある言葉の照射。

 AIZIAの楽曲【to be anymore】のワンフレーズを巧妙にサンプリングしてこちらを上げつつも、それでもなお自分を誇る。

 同世代で最もラップに打ち込み、最もラップが上手い27による、スキルによらない、魂のラップ。

 この場にいる誰もが彼女の慟哭に、胸を打たれただろう。涙を流すものさえいる。

 それでもあたしは、絶対に心を動かさない。

 あたしは動かされる側ではない、動かす側だ──!

 その矜持だけで、ここまでやってきた。

 最愛のファンからの最高のファンレターだって破り捨てる。今のあたしはアイドルではなくてラッパー。

 勝つ為にだけ、舌を動かす。

 マイクを持ち、表情を作る。

 頂点に立つにはそれ相応の気概がいる。あんたもきっとそれを持っていた。でも先に転落したあたしからアドバイス。それをキープするのが一番難しいってコト。

 結局あたしの後をずっとついてくればいい。それを今ここでわからせる。

 目は逸らさない。一生分のレスをあげる。覚悟して。 


 ☆。.:*・゜

 なにそれ? 持たざる者が勝てるなら、どう考えても勝つのはあたし

 あんたは無敵の三冠王者。あたしは炎上中の元アイドル

 マネージャーからも見放されて、どっちの方が落ちこぼれ?

 ひっくり返して解放してあげる。頂点に立つプレッシャーからね♡


 今日ここで勝って全て取り戻すアベンジャー

 見せてあげるチャレンジャーの晴れ姿

 あたしがまた時代を変えるから

 「どこまでもついてきてはなれないで 絶対 約束」

 ☆。.:*・゜


 言い切る。どこまでも自信満々に力強く。

 あんたの道をあたしが切り開くと言わんばかりに。

 言い負かし、韻を踏み、サンプリングで〆る。

 全部あんたが教えてくれたこと。

 これで負けたらあんたの教えが悪かったてこと。

 つまり絶対あたしの勝ちってこと。

 爆沸きしている客席を見渡して、前を見る。

 合った真っ赤な目からは涙。

 でも、その瞳には確かに宿る決意。現役最強ラッパーの目つき。ファンとして、最強として。どちらも合わさった最後のバースが、推し(弟子)へと降りかかる──!


〖ああ、やっぱりねねねちゃんは永遠の太陽

 このバトルで恩返し。名声と愛送る

 なにがあっても幻滅もしないもん

 この一生を捧ぐに足る伝説のアイドル


 でもこれだけは譲れない。ぼくは底辺の代表

 なのに今推しとバトルしてんですよ? 泣きそう

 やっぱりねねねちゃんが一番なんだ。もはやエミネムも埋葬

 「キミの叫びでぼくは目覚めた」 like a テンペストな一生〗


 ずっと逸らさずに見つめ合う目と目。誰よりもあたしを愛してくれたトップオタからの、どこに出しても恥ずかしくいないガチ恋口上。バトルの最中なのに、いつまでも聞いていたいと思ってしまうくらいの惜しみない称賛──。

 バトルというには、いささかリスペクトに溢れすぎていた。それでも、お互いの人生を極限まで出し尽くしぶつかり合って生まれた熱量は、並みのディスり合いを遥かに凌駕する。

 経歴ではない。心が燃えていた。今を燃やす炎。熱い感情が、この冷え切っていたはずの人間の芯に火をつける。

 そしてそれは観衆たちも同様のようだった。


「終了ーーーー!!! やばい!!! でも、勝敗はつけなくてはいけません! ジャッジの方お願いします!!!」 


 会場を埋める歓声を待って、Diavoloが宣誓する。


「結果は……、ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー……!? く、クリティカル!!! 勝者禰寧音ねね!!!!」


 自分の勝利を疑わなかった。確固たる自信と強烈な自我だけを頼りに生きてきた。

 でも、目の前の少女の実力も知っていた。それに、最後の韻の畳み掛けとバイブスの半端なさには心震えた。さすがは、あたしが教えを請おうとした女。あたしの一番のファン。本当に凄まじかった。誇りにさえ思った。

 だからこそ、あたしの完勝という結果に理解が遅れた。

 けれど、彼女は泣きながら不細工に笑顔を浮かべて。

「おめでとうございます、ねねねちゃん!」

「……ありがとう」

 あたしは彼女の細い体を思いきり抱きしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る