17 2on2 ぬータッグ
「長身黒髪ロングの美少女JK巫女。恐山で培った唯一無二のライミングで、会場を独自の精神世界へと誘う──森羅の押韻詩人・エウテルペーーー!!!」
Ash Blossomが捌けたステージ上に、すぐさま次の対戦相手がやってくる。
見上げざるを得ない高身長の麗人。以前女子高生ラップ選手権のオープニングアクトで圧巻のパフォーマンスを見せていたラッパー。
巫女服などという奇抜な出で立ちながら、それが自然におさまっている。コスプレ感が出てしまいそうな色物衣装を自分の素肌かの様に違和感なく見事な調和で着こなしそこに在る。それ以上の、彼女自身の特異性が、そうさせているのか──。
実際に対面しても、そのオーラに圧倒される。まるで自分のテリトリーを他者に強制するかのような存在感。未成年とは思えない、妖艶さと神聖さの陰陽で魅せる天女。
あたしがやるに、相応しい相手。倒したいと思った相手。
彼女はこちらまでやってくると美しい所作で一礼。そして顔を上げると、何があるでもない虚空へと強く眼を開いている。まるでなにかそこに見えないものを見ているかのように。
「そして! セカンドステージは2on2で行います! もう一人のヴィランはこいつだ!!」
そう、第二ステージのみ、チーム戦での対決となるらしい。
「北の大地が産んだ孤高のサブカルクソラッパー。誰よりも深くまで思考を紡ぎ続ける探究の狂犬は、一度噛みつけばどちらかが死ぬまで、絶対に離さない──パラノイアポエトリーリーディング・らぶちゃんーーー!!!」
登場するのは、病みかわ系の派手髪ロングヘアー女。とろけた目でふらふらしながらステージ上へとやってくる。精神と感情だけで生きていそうなろくでもなさをひしひしと感じさせる。しかしこの手のタイプは、ある一定層からカルト的な人気を誇ることをあたしは経験則で知っている。そして、敵に回すと死ぬほどめんどくさいということも──。
「というわけで、セカンドステージは、エウテルペ・らぶちゃんチームが担当します! 意気込みをどうぞ!」
圧倒的陽のオーラを放つDiavoloに対し、陰の極みの様な二人組は目線も定まらないままに返答していく。
「精一杯お勤め致しますれば……。よろしくお願い申しあげます……」
「……よろしく」
「真面目なコンビみたいですね! 二人はなにか仲良かったりとかするの?」
「共に山籠もりをして高め合う関係でございます……」
「まじか?! じゃあ、コンビネーションはばっちりということかな?」
「自分でさえも自分を正しく理解できない。であれば、他者が自分をそうすることなど、より困難だ。それでも、この広い世界で自分と波長が合うとしたら……エウテルペをおいて他にない。」
「あら……。はしたない……」
そう言って口元に手を当てるエウテルペ。
「まあ、よくわかんないけども、ばっちりということですかね! では続いて禰寧音のパートナーの紹介に参ります!」
「よろしくお願いします♡」
あたしがそう言うと、彼女の代表曲【炎上selfie】が流れ出し、口上が読み上げられる。あたしとタッグを組むのはもちろん──。
「元プロゲーマーの元祖炎上ラッパー。今宵は2代目炎上ラッパーに助太刀致す──燃え盛るヘイトの刃、特級炎上請負人・ぬーたんーーー!!!」
「いや、わしの紹介に悪意あり過ぎろ!!! 文かいたのわしか!!!!」
文句と共に現れたのは、ぬーたん。黒髪ロングに青のエクステ。衣装は普段とは違いトレンドをおさえたニューエイジなジャージパーカー。
垂れ目なのに鋭い目つきという有り得ない組み合わせを誇る、性悪で現実主義な社会不適合者。あたしのパートナーにこんなにも相応しい女はいない。もちろん、ビジネスパートナーとして考えるなら、あいつ意外ありえないけど。こと、ラップでチームを組むとしたら、ね。
「ぬーたんと禰寧音は師弟タッグということで、チームワークには期待大ですね!」
「はい♡」
「まあわしと一番相性いいんはになたんやけどな」
「そんなこと言って、あたしのことも大好きなくせに~」
「んなわけあるかぁ! 他でもないになたんの頼みやから教えとったことゆめ忘れるなよクソビッチが!」
「ツンデレかわいい~♡」
「なるほど、こちらもよくわかんないけども、たぶん仲良しなんでしょう! マイメンペア同士の対決ということで、これは熱い勝負が期待できそうです!」
「勝手にマイメンにすな!」
「では、この対決を彩るビートをお願いします! DJ BAD GRACE!」
ぬーたんガン無視で司会進行するDiavoloに請われ流れ出したのは、eye/shadowで【hell tempest】。鬱屈としたビートに可憐な声で独自の世界観が展開されていくゴシックロリータラッパーeye/shadowの代表曲。
世界観重視のリリシストであるエウテルペ・らぶちゃんペアに有利な曲調……。
「敵さん有利なビートやんか。初心者相手にやってくれるやんけ」
小声であたしにだけ耳打ちしてきたぬーたんに、小声で返す。
「誰が初心者よ」
「おう、その返しを待っとった。普段通りいけば勝てる。勝つぞ」
「ええ」
どんと、叩かれた肩。ボディタッチはあんまり好きじゃない。それを察してなのか、元々そういうのをあんまりしないタイプなのか、これまで彼女と肉体が接触したことはおそらく一切なかった。なのに、これまで何度もそうされてきたかのような安心感を、その一瞬の衝撃から感じた。
「それでは、先攻後攻の選択権は、チャレンジャーである二人にあります。どちらにし、」
「「先攻!」」
司会の声を遮って、叫んだ。別にせーので言ったわけでもないの二人全く同じタイミングで同じ単語を発声していた。ちょっと恥ずかしくて、そっぽを向く。たぶん、もう1人もそうしている。
先攻を選んだことで、観客が熱を持った目であたしたちを見ている。対戦相手は──二人とも考えの読めない澄ました表情を浮かべていた。その顔、早くぐちゃぐちゃにしてやるから覚悟してなさい……!
「おお! アツい! では、禰寧音ねね&ぬーたんが先攻、エウテルペ&らぶちゃんが後攻で参りましょう! 8小節2ターン! トバセぇ~~!!!」
ビートがスタジオをジャックする。始めにマイクを握るのは、マイメン。
***
炎上アイドル 炎上ゲーマー 最悪の二人w
コントローラーみたくぶん投げる罵詈雑言で挨拶の代わり
なんやお前ら新興宗教の教祖とオタサーの姫みたいなコンビwww
囲われんとなんも出来んメンヘラビッチ二人www
***
8小節の内、前半4小節を彼女が歌い上げる。
ラップというよりは、ヘイトスピーチの様に早口語り口調でディスりまくる独特なスタイル。
流れるように自分さえも蔑みながら全方位に毒を撒き散らしていく。
この最低のバトンを受け取って、あたしが残り4小節を走りきる──!
☆。.:*・゜
メンヘラビッチに食らわせる先制パンチ
このマイク一本 原点回帰
まだ誰にも知られてなかったあのころみたいに
またこの声だけで羽ばたく全世界に
☆。.:*・゜
ぬーたんが放った「メンヘラビッチ」という単語を拾って押韻していく。
そして緩急をつけるためにあたしは神聖な主張で飛ばしていく。
パートナーが徹底的なディスで攻撃し、あたしは夢を語り自身を補強する。攻守揃った完璧なコンビだ。伊達に二人でずっとフリースタイルの練習をしてきてない。
この最悪の二人を倒せるものなら倒してみなさい……! という表情で、残る二人を見据える。
最初にマイクへ口を近づけたのはエウテルペ。彼女は完全なる真顔を維持したまま、その唯一無二な世界をこの場へと展開していく。
"好評な興業に相応の構想
相当費用かけもう工事了
This is ヒップホップ公共事業
高度無視の上昇志向 モード不死鳥″
……はあ?
正直、意味不明だった。ただ、めちゃくちゃ韻を踏んでいるということだけはわかる。
なんとなく、このフリースタイルヒーローという番組について言及しているのだろうなということはわかった。が、それを今このあたし達との対戦で言う意味がわからない。番組でなく、あたしにだけ目を向けろよ!
そう思い睨みつける。
彼女は拳を高らかに掲げながら、どこか1点を凝視している。
どんな場所でも、ただ自分のしたいことをするだけ。そんな気高くも傲慢で潔い彼女の矜持を感じる。それが、ムカつく。
けれど、そんなパートナーの身勝手なラップに深くうなずきながら、もう1人がマイクに口を近づけていた。
残る4小節が、らぶちゃんによってエウテルペのラストバースに被せ気味に解き放たれる。
とろけたような目の中に光が宿り、爛々と光り始める。
❞ああ、なんと幸せで苦しいのかこのセッション!!!
三者三葉全く異なるスタイル
その四つ目の葉になる自分が幸福の象徴になれるのか……。
今日はそれを確かめたい! うわべのディスは捨て置くぞ!❝
恍惚とした声が会場中を浸食していく。
この4人の中で最も自分の内面をありのままに吐露していた4小節。
彼女なりの表現で前3人のラップを評価し、自分がどう感じどうありたいかを述べていく。
即興かつ邪念のない美しい言葉の流れ。
相方のエウテルペが内向的なネタっぽい韻を畳み掛けたのに対して、らぶちゃんは押韻こそないものの自然な内心をすらすらとこの場にいる1人1人にフリースタイルに投げかけていた。
あたしたちとは異なる意味で対照的な二人。
そこにどうアンサーする?
隣のぬーたんと目くばせする。
まかせろ? そんで、かませ? うん。わかった。
二ターン目も、口火は彼女が切る──!
***
アンサーないのうwww なめとんのか!
自分の話したいだけならお家でティックトックライブでもしてろやかまってちゃんが!
顔だけ女は黙ってしゃんとしとけ
わしが使えん運営に代わってBANしたるわビッチ!
***
ゲームとラップをしている時にだけ見せる好戦的な邪悪な笑み。
それを誰よりも真横で見つめながら、その彼女よりもきっと巨悪的な笑みを自分が浮かべているなと自覚する。
ああ、気持ちいい。彼女のラップが大好きだった。音に乗せずに言ったら、ただの僻みアンチコメントにしかならないような発言が、こんなにも気持ちよく映える。そしてなにより、こいつのいうこと、めちゃくちゃ共感できる! それがいつもは不快なんだけれど、今日だけは最高に純粋に気持ちいい!
後はもう彼女の言葉に即興で合わせて、残りを美しく締めればいい。
懐かしい感覚に全身が滾ってくる。なんでって、問題児をまとめ上げるのがあたしの天職だった!
それを日本中に、もう一度わからせられる──!!!!
☆。.:*・゜
ただ手マンされるのを待ってるだけのマグロ
足りてない象徴になる覚悟。涙飲んで笑顔浮かべた何度も
レペゼンAIZIA禰寧音ねね☆
a.k.a 最狂で無敵のアイドル!!!!!
☆。.:*・゜
決まった!!!
快感に脳が痺れる。
後はただ、身を任せればいい。
エウテルペと目が合う。彼女が初めて、口元を少しだけ綻ばせた。
らぶちゃんは、目を閉じて天を仰いでいる。
ラストバース。あたしは力の限り彼女達を睨みつけた。
"偶像の空想に付与された猶予
屈辱の重症で収束し終了
中傷の銃口が向くが宿業か
再就職するは此処、最終処分場"
❞ご愁傷様! あなたがたの仮面は既に剥がれ落ちている!
ペルソナを失ったスターの末路
言の葉で刺す覚悟ならば誰よりも自分を誇れる
殺せるこの言葉で! 誰を生かすかだけをっ! ❝;
「終了!!!! それでは判定に参ります! レェッツ、ジャッジ!」
渾身の叫びで幕切れた対戦相手のバース。そして即座に判定は下される。
「結果は……! ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー! なんと!? 全員ヒーローでクリティカル!!! ということで、第二ステージは禰寧音ねね&ぬーたんの勝利です!!!」
「「しゃあ!」」
二人でハイタッチ。思いっきり叩き合ったのに全然痛みを感じない高揚感。
最高だ。今あたしが、この場を完全に掌握している。流れは完全にこちら側に来ている。
ストレートで駆け上がる次のステージ。
倒すべき相手は、あと二人だ。
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