15 オープンマイクで大興奮ライブ

【ダチを守る為にボコった半グレ

 善と悪のマッチポンプを勘ぐれ

 俺らだけが捕まってああつれぇなんて嘆いてもバカくせぇ

 警官に言われたしゃらくせぇガキ


 味のねぇガムをいつまでも噛んでる奴等にはわからねぇ

 変わらねぇ生活に飽き飽きして犯罪

 足んない衝動を満たそうと散財

 簡単じゃねぇこの団体からの脱退


 Dependence/脱法末法】

 

ライブハウスに来ていた。

 薄暗い数百人規模のハコ。すし詰めの観客。熱狂的なフロア。トリップしてハイになった男女が怪しく揺れる。

 すぐそこのステージ上には、忌まわしいあのMC。

 女の色香に満ち溢れながらも雄々しさも併せ持つ、高身長ダイナマイトボディの金髪前科持ち女。

 Dependence。

 宿敵がマイクを持ちラップをしているのを、虎視眈々と客席から眺めていた。

 そして今、彼女のライブが終わろうとしていた。

 その刹那を縫って、あたしは最前列から壇上に登り出た。

 高校生ラップ選手権以降、MCバトルに出ておらず、当面出る予定もなさそうだった宿敵。そんな彼女を倒すには、本人が観衆の前に立っている際にこちらから野良試合を持ち掛けるしかない──。そう思っての行動。この瞬間こそ、千載一遇の絶対のチャンス。

 だって、こんな大人数の前であたしみたいな女から喧嘩を売られて買わないとあっちゃあ、メンツ丸潰れだ。こいつはそういうアンダーグラウンドでリアルなラッパーであるという経歴があったからこそ、あの大会で優勝した。それがここで逃げられるわけがない。そんな顔に泥を塗るような行為、こいつは絶対にしない。するとしたら、それはこいつがラッパーを廃業するときだろう。

 覚悟を持ってマイクを握り、彼女の眼前に仁王立つ。

「あれ? 四股アイドルじゃん? どうしたの?」

 鮮烈なマイクジャック。だというのに、突発的なアクシデントにも彼女は一切動じることなく、そうあたしに問いかけた。

 どよめいているのは観客たちだけ。目の前の女は、いつだって不動。

 それが本当に腹立たしかった。このあたしで心を動かさない人間がいるという事実が。こんなにも、ムカつく。

 でもそれをひた隠しにして、告げる。

「この場所借りて、あんたに言いたいことがある」

「へえ、いい度胸してんじゃん……。いいよ。言ってみてよ」

 本当にタッパだけでなく器もデカい。あたしだって、それを見越してこんなことをしている。なのに、その大物っぷりにさえ苛立ってしまう。矛盾だらけのあたしは小物。でも誰よりもそれを美しく見せることに、命を懸けてきた。

「あたしともう一回バトルしましょう?」

「え、そんなに俺とやりたいの、ねねねちゃん?」

「当たり前でしょ。それだけの為に、あたしはここまでやってきた」

 思いきり睨みつける。

 その火花を受けてタバコでもふかしたのかってくらいリラックスした表情で、Dependenceはあたしの肩をトントンと叩いた。

「そうなんだ。嬉しいなぁ……。でもさ、今日は俺のライブだから。アイドルのファンはいないんだよね。ごめんな?」

「逃げるってことかしら?」

「ちがうって。ちゃんと受けて立つよ? お前さ、せっかちすぎ」

 彼女はそう言って笑う。

「はあ?」

「もう俺の方でセッティングしてあるから、お前とのバトル」

「あ?」

 何を意味不明なことを言ってるんだ? その機会がないから、こうまでして直接喧嘩売りに来たっていうのに。

「え? まだ知らないの? かわいいなあ」

 彼女は不快な笑顔を続ける。

 その顔に唾を吐きかけたいのをどうにか我慢して、こちらも笑いかける。

「どうしたの? あたしのファンにでもなった?」

「ひどいなあ、もうなってるぜとっくに。だから呼んである」

「なんのこと?」

「今度始まるMCバトルの新番組。フリースタイルヒーロー。そこにお前を挑戦者として指名しておいた」

 ……こないだ27が言っていたのはこれのことだろうか。詳細こそ不明なものの、思いがけない提案に瞬きをしてしまった。

 それを悟られていないことを祈りながら、顔をそむける。

「ふぅん。嬉しいわ。ご指名ありがとう」

「いいサービスを期待してるよ」

「もちろん。二度と指名なんてしたくならないように再起不能にしてあげるわ」

「そいつは楽しみだ……。再起不能にしたことなら何度もあるが、されたことはまだ一度もないからなぁ……!」

 ギロリと、今日一番の鋭い眼光がこちらを威圧せんと輝いた。

 そんなものに負けたりしない。この世で一番輝くのがあたしだ。

「あたしが初めての女だなんて、なんて幸せものなのかしら」

「奪えるもんなら奪ってみろ。俺の処女膜はギンギンの黒人でも貫けねえよ笑」

「残念だったわね。この世で一番固いの、あたしの意志」

「はっ、ガードは緩そうだけどなぁ……!」

 彼女はそう言ってあたしの太ももをつぅっと撫でた。

「……!」

 態度のわりに優しい手つきと手触りに、神経が研ぎ澄まされる。一センチ程度の皮膚と皮膚がこすれ合っただけなのに、舌と舌で交わりあったような刺激が全身を巡り脳内でショートする。

 感情がとろけだして血流に交じってしまった様な感覚。今だけ自分の血の色が赤色じゃなくなったと言われても信じてしまいそうな。そんな甘い心地を与えてくれた指先は、すでにもう別の方向を向いている。

「──というわけでだ。まだ言うには早えーが、まあいいだろ。おめーら外で絶対言うなよ。今度俺テレビ出ることになったから。ついでにこいつも出るぜ」

 ステージから、フロアに向けて大胆な宣誓。非公開情報をこんなところで出演者が堂々とリークしてしまうモラルの無さ。なのになぜこうもこいつは華やかなのか。

 沸き立つ聴衆を横目に、王様の様な少女はあたしに語りかける。

「そうだ、お前宣伝もかねてなんか一曲やってたら?」

「ええ。言われなくても、勝手にそうするつもりだったし」

「へぇ、失礼。それは余計なことを」

「あんたより盛り上げちゃうけど、気を悪くしないでね?」

「全然いいよ? 出来るもんなら。俺はお前を使って、より高みに上るだけだからな」

「……言うじゃない」

「当たり前だろ? それがラッパーだ」

 たしかに、あたしが見てきた女の中でも一番と言っていいくらいに、マイクが似合う。

 そのライトを反射した横顔の陰影に、見とれてしまいそうになる。

 でも。

 あたしはこの女に勝つ。

 その為に今は歌おう。この場の観客に、あたしのラップを誰よりも深く刻み込むために。



【常にとっていた頂点

 既に寝取っていた紅一点

 どう言っても、抗議しても

 正直ね、もう意味ねえ


 吹っ切れた あたしはあたし

 踏み出したニューステージ

 震える心臓に急ブレーキ

 かつてはみんな救う天使

 今じゃシーンに巣食う嬰児


 逆境で見つけたライバル

 倒そうっていずれは介錯

 拝借してく27とぬーのスキル

 マジカルな病夢の曲でマジ狩る

 始まるこの曲がプロローグでしょ

 ストロングゼロみたく決まるねねね

 吐くよいっぱい 悪酔いしてでも

 覚悟しなきゃ悪路は進めない


 禰寧音ねね/restart】

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