14 丸一日 ラップ意識し 悪いキミに 勝つ必死に

「緊急特別企画!禰寧音ねね、24時間耐久フリースタイルラップぅぅ~!!!」

「いえ~い☆」

 あたしのよく知る女がいつも通り能天気に叫んでいた。それに乗っかってあたしもアイドル然としたキャピ声を上げる。

 彼女とあたしはカメラを前にわちゃわちゃしていた。広いだけが取り柄のなにもなくてアクセスも悪い都内の公園に、二つの声が溶けていく。

「ではでは、早速企画をせつめいしちゃります。ねね様の特訓と好感度アップを兼ねて、これから24時間即興のラップをするというものみたい、ですよ?」

「そのへんぶっちゃけちゃうの病夢ちゃん相変わらずだなぁ~。この感じも懐かしいよー」

「はて? そして見事成功した暁には、私がねね様に曲を提供するということらしい、です」

「うん! 病夢ちゃんはほんとに作曲の天才だからね!」

「どしぇ~、それは、諸説あると言われとります」

 この変なしゃべり方のキチガイ女(20)は、上夜久野病夢(かみやくのやむ)。私の所属していたアイドルグループAIZIAのinfinityとピンク担当。その辺の凡百のグラビアアイドルでは到底太刀打ちできないKカップの爆乳と、超人気バンドマンにも匹敵するくらいの作曲能力と社不クズっぷりを併せ持つ鬼メンヘラだ。酒カスヤニカスパチンカスの三点セット。顔と体と耳と感性の良さだけで全てを許されているタイプのガチゴミクズ女。

 あたしを除いて厄介なメンバーしかいないAIZIAの中でも、トップクラスに出来る限り接触回数を減らしたいタイプの異常者。だが、今回ばかりは彼女に頼らざるを得なかった。それくらい今あたしは追い詰められているし、それくらい本気でラップに打ち込んでいる。

 アル中なのか、何かしらのクスリの弊害なのか、元来の性質なのか……、真相は一生知りたくもないが、彼女はいつも通り不自然に手を震わせながらヘラヘラと口を開いた。

「では、前置きがなごうてもつまらんですので、さっそくはじめちゃります」

「よろしくね♡」

 そう言って、マイクとカメラの前に立つ。隣には見慣れた真っ黒なスピーカー。

 野外でのイベントなんていつ以来だろう。まだわずかに残暑を感じる青い空。木々草花は本当に秋を迎える気があるのかと疑わしいくらいに意気揚々と生い茂っている。

 まだ陽の下に出るにはいろんな意味で早い。けれどまた炎上したとしても、あたしは這い上がるんだ。

 何もかもを蹴散らして、あたしを世界に認めさせるために。

 まだ観客は誰もいない。ゲリラ的に敢行しているから、当然。

 でもしばらくしたら、ここは満員になる。もう生配信は始まっているし、ツイートもした。

 ビートを爆音でスタートさせる。

 あたしが音になって弾ける。


☆。.:*・゜

 あたしの名前は禰寧音ねね☆

 元AIZIAセンターアステリズム担当!


 地下から駆け上がって頂点まで来た

 火がついてまた地下に落ちた


 時代を変えに来てる今

 自分が何者なのかをあたしと世界に証明


 正面から照明を照らされるような性根じゃないけど

 あたしが出ていたのは少年すらも憧れる様なショーで


 そこに再び上がるために、

 こんな場所からまたマイク握る

☆。.:*・゜


 あっという間にあたしの声が通行人を魅了する。

 立ち止まるものも出てくる。

 他人の人生の一時(リソース)を、このあたしに使わせるという傲慢な快感。

 まだフリースタイルは始まったばかり。あたしはここからどこまでいけるんだろう。


☆。.:*・゜

 駆け出しのころ新宿南口の駅前でやった路上ライブ

 そこでもらったおひねりが初めての報酬


 わずかでも不思議と重かった財布

 この恩はいつか絶対に返す


 そう誓い段々とサイズアップ

 でもアイスの様にとけてまた振り出し

 

悔いない。けど大勢にかけた迷惑

 少なくともビッチなのは明白

☆。.:*・゜


 早くも汗ばんでくる。心もどんどんと火照り始める。

 始めたばかりの頃は、こんな様なことをよくやっていた。それも自分たちの曲ではなく、有名な曲をカバーで。大した目標もなく、他者に言われるがままに。

 でも今は自分の言葉を、自分の意志の元、明確な目標を叶えるために行っている。

 熱を込めるにはまだ残り時間を考えれば早すぎる。迸りそうな気持を抑えて、漏れ出る本音で冷静に韻を踏む。


☆。.:*・゜

 男の邸宅で負った傷は手痛く

 狂わせたみんなの計画

 

 性格悪いそれを隠してた

 だからもう解き放つ制約


 せっかくだから聞いていってみんな

 あたしから送る最悪のラブソング


 ラブソースウィート。そんなのいらない

 ビターにしたたる狂愛をちょうだい?

☆。.:*・゜


 今どのくらい経ったんだろう。そろそろ野次馬かまだあたしを推してくれる愛おしい愚か者がやってきそうな頃。

 あたしはもう次のステージにいる。ただし絶対に返り咲く。その意思を込めて。その原動力をラップにする。


☆。.:*・゜

 奈落の底で出会ったのは新宿の女

 どんな奴だろうと叩き潰すだけ


 そんな気持ちでいたのに半端ない惨敗

 なのに出来てない未だ免罪


 絶対にするリベンジ

 だからこそ今だってしてるこの24時間

 

 丸一日かけて伝える本気

 歌詞だってちゃんと書く地道に

☆。.:*・゜


 ラップを始めたことで、いろいろな出会いがあった。

 向かうところ敵なしだったあたしに、久々に強敵がたくさんできた。

 この企画の前に27から言われたことを思い出す──。



「27ちゃん。あたし、あいつに勝つにはどうしたらいいと思う?」

「わけあってねねねちゃんにはまだ言えませんが、今度絶好のリベンジの機会がねねねちゃんにはやってきます」

「……27ちゃんが敢えて言わないってことは、よほどのことなんだね」

「すみません。でも、その時には絶対に勝てるようにあたしとぬーたんでねねねちゃんを強くする。もう二度と負けないように」

「嬉しいな。本当にありがとう」


 そう言って笑うあたしの顔を真剣な瞳で見つめ返す27。

 彼女に教わったおかげで、あたしは急成長出来た。

 それでも、まだ足りない。その穴を埋める秘策を彼女は授けてくれようとしていた。


「前回のあしゅぶろ戦で思ったのは、サンプリングの重要性です」

「なるほど、たしかにそうだね」

 MCバトルにおけるサンプリングとは、既存の歌詞やフロウなどの引用のこと。

 前回のバトルであたしに勝利したAsh Blossomはバトル中に自分の曲からサンプリングするというテクニックを用いて客を沸かしていた。

「ねねねちゃんには、元々AIZIAのつよつよ楽曲がたくさんある。それをキメにいくタイミングでサンプリングするだけで、超絶強いはずです。レゲエ界隈の人がバトルに出る時には特にそういったことをすることも多いですし、実際決まれば客は超上がります」

 彼女の言う通り、あたしが見た過去の有名なバトル動画などでも、そういったシーンは多々散見された。自分のリリースした曲や、そうでなくても既存の人気楽曲から適切なフレーズを持ち出してサンプリングすると、盛り上がる。

 自分の知識量やヒップホップ愛、あるいは自身の楽曲がいかに優れているかなどを、サンプリングを通して観客にアピールする事ができる。また、観客との共通認識を再確認することにもなり、彼らを味方につけやすくなる。

 それは敢えて誤解を恐れずに例えるなら、パロディやモノマネ、オマージュ、デペイズマンといった形で他のジャンルにおいて行われてきた諸々の試みに近い。

「それはぶっちゃけ盲点だったよ。あとは、あたしがラッパーとして自分で曲を作れば……」

「そうすれば、ねねねちゃんは無敵です。誰にも負けるわけない。ぼくは本気でそう思ってます」

 27はどこまでも透き通った目で、あたしを真正面から見つめる。あたしと対面するとすぐ照れて顔を逸らす彼女だが、あたしを肯定するときだけは一切の迷いなくこのクソ女を見上げてくれる。

「それに、一度切りしか使えませんが、絶大な効果のある秘策もあります。ねねねちゃんなら、それで絶対に勝てる」

 アイドルの可能性を広げる。それがファンの仕事だと言わんばかりに。

 まだ戻ってほしいというのなら、あたしは全ての望みを叶えてみせる。

 再びあいつに馬鹿な夢を見せるために、あんたの馬鹿な夢を叶えてあげる。

 どこまでも強欲なあたしの欲望を満たすことで。


☆。.:*・゜

 これが終わったらリリースする新曲

 AIZIAじゃないねねねを歌う楽曲


 ハーモニーじゃなく、単独の魅力

 あたしの奴隷になるよう全人類に勧告


 みんなメロメロにするハンコック

 酸素食らいつくす最上のアイドル


 反則級の気持ちよさをあげる

 これ終わったら販促用にサイン書いとくよ~♡

☆。.:*・゜


 体温がどんどん上がっていく。気温もきっとだいぶ上がっている。なんでこんなアングラなこと日の下でやっているんだって馬鹿らしくなってくる。

 飲み物を飲む瞬間だけ、ラップが出来ないのが悔しい。仕方ないという言葉がなんでか昔から嫌いだった。

 トイレにはどのタイミングでいこう。その間はいったんタイマーを止めてラップしている時間が24時間に達したら終了ということになっているから合計だと25時間くらいやることになるのかな……。自分の一日の排泄時間を知られるとか気持ち悪過ぎるんだけど。何なのよこの企画……。

 はあ、なにやってんだろう、あたし……。

 普段絶対に表に出さないはずの弱音・不満。思考が止め処なく流れていく。それをそのままにラップにせざるを得ないことが歯がゆい。その悔しささえもバースに昇華されていってしまう。

 自分が自分でないみたいだ。それかこちらが本当の自分なのか。平静から自分についてなんて理解できていないのに、より深く自分について不可解な不信感と不安が募る。

 あつい、ふわふわする、苦しい……。渇き続ける喉と精神──。

 だが、続けていくうちに、思考がデュアルになる。

 この後何を言った方がいいのかについて考えながら、これから言うことについて考えることが出来る……ような気がしてきた。

 その感覚がつかめそうで、逃げていく。それを追いかける。逃げている速度は一定。あたしがところどころ止まったり減速してしまって、追いつけていない。何の確証もないが、そんな奇妙な感覚だ。もどかしい。

 あと少しで大事ななにかの尻尾を掴めそうな、そんな気がする……。

 漠然とした成功へのルート。

 スタッフがカンペを見せてくる。昔なら、マネージャーが担っていただろう役割……。

 もう、五時間が経っていた。


☆。.:*・゜

 経過している五時間

 もう時間だって思いたいのにまだあと19時間


 週休二日だったら絶対味わえなかったこんな人生

 ちいせぇ世界広げてくれたマネージャーに感謝

 

反社みたいにぶっとんだ女だけど

 ガンジャなんか吸わずいつも素面で変だ


 あたしはもうあんたの中毒患者

 あんたが連れてってくれたの 武道館は

☆。.:*・゜


 

10時間が経った。汗で前髪がたぶんぐっちゃぐちゃになってる。

 でももうどうでもいい。

 だって今はなぜかやってきた馬鹿アイドルどもに路上でリフトされながらラップしてる。意味不明だ。

 クリストファー・D・ユーバメンシュ。Under×Under 。ふゐ。上夜久野病夢。そしてあたし(禰寧音ねね)。そんなふざけた統一感の全くない名前の五人がAIZIAだった。

 本名なんてたぶんお互い全員知らないし、たいして仲もよくない。

 けれどその辺のどうでもいい家族ごっこや友達ごっこしてる凡夫どもよりは、よっぽど深いところでつながっている。そんな不思議な関係。

 一緒に生死をかけて狂い咲いた戦友。

 ドームだって埋められた五人がそろっているのに、せいぜい数百人しかまだ周囲には人がいない。それが逆に気持ちよかった。


☆。.:*・゜

 うわ、なにしにきたの久しぶり

 まだ食らいついてる? 芸能界?

 

 あたしがいなくてやってけてるの?

 まだ死人がでてなくて安心したわ


【タカイタカイタカイタカイタカイタカイ

 破壊衝動に嘘つかないで生きよう

 瓦解した社会も魔界みたいな世界もぶっ壊して

 高い金字塔から落っこちて死のう】


 ……なのにあたしだけ一抜けてごめんなさい

 また這い上がるから首洗って待ってなさい

☆。.:*・゜


 滴る汗をぬぐう。

 奴等は一時間もしないで全員帰った。

 差し入れをするでも労わるでもなく、むしろあたしを疲れさせに来ただけだった。

 ガチの屑どもだ。端から期待はしていない。とはいえ、予想通りになったとしてもこの限界状況でそんなことをする様な最低の奴らと同じチームにいたということに腸が煮えくり返り、内側から熔けてしまいそうなくらいの苛立ちを覚える。

 病夢くらいは企画の内容上せめて残るかと思ったが、「熱いし飽きた。ちょっとタバコ~」とか舐めたことぬかしていなくなり、そこからたぶん一時間は経っている。あの乳だけ女、絶対パチンコ打ってやがるわね……。

 腹立たしいが、日本一の馬鹿マネージャーが肝入りで選りすぐった社不共だ。動物や自然災害の様なものだと思って気にしないようにしなければ。久しぶり過ぎたのか、そんなことさえも忘れていた。

 それよりも今は、目の前であたしの次の言葉を待つ一般聴衆たちに声を届けよう。


☆。.:*・゜

 だいぶ喉が痛くなってきた

 仲間よりも大事なのはファン


 あつすぎてそのありがたみが分かる

 今ならいろんな意味でね


 扇風機よりもはるかに巻き起こしていた旋風

 練習は当時から欠かさなかった

 

 戦友たちからのRIP 

 天誅下す絶対。あの元犯罪者に 

☆。.:*・゜


 あたりが完全に暗くなってきた。気のせいか、視界の端も暗くなってきているような気がする。舌も頭も回らない。くらっときて、倒れそうになる。

 ──刹那、見覚えのある顔がまた瞳に映った。幻覚かと錯覚する。けど、あたしがこんな時に見る幻覚だったとして、それがあいつだなんて絶対にありえないし許せない。右足を強く踏み出し、額の汗をぬぐって、目をどうにか大きく見開いた。

 見間違いなんかじゃなかった。そこにいたのはゲーマー女。気持ち悪い湿っぽい目で眼鏡越しにこっちを見て、全然似合わないグーサイン。

 そして、それだけ終えるとすぐに踵を返した。

 なんなのよ、ほんと……。

 ラップを途切れさせないよう、合間に一口ずつゼリー飲料をすすりながら、あたしは目と口を開き続ける。


☆。.:*・゜

 出会いは無数の仕事のうちの一個

 それが引っ越した先で再開して師匠


 失笑するくらいしょうもない人生

 一緒だって思ってる内心


 拮抗してるって言ってくれた

 しんどい時もきっと頑張るのがあんた


 じっとしてらんない。ヒットを飛ばすラップでも

 それで実証してやりましょう? 炎上こそ必勝

☆。.:*・゜


「……はぁ。はあ……。」

 意識が朦朧としている。もうあと少しで終わるのだということだけを理解している。ラップ以外のことを考えるとラップが出来なくなりそうだから、それだけに脳の容量を割いている。

 これで多分最後、ありったけの想いを込めて。

 いつだって最前で見てくれていた白髪のオタクに、そして全人類に向けて。

 あたしという人間を叫ぶ。


☆。.:*・゜

 アイドルの皮はもう剥いだ

 炎上し尽くしてもう灰だ

 

逆境に燃える超ハイだ

 後背位かってくらいの爽快感


 うるせえ文句ばっか問う外野

 ノーバイアスでぶっ飛ばすバンジージャンプ


 24時間で綴る問題作

 ディストピア救う、もう災厄級の超大作 

☆。.:*・゜



 最後の記憶はない。


 後日あたしが24時間を達成した瞬間白目をむいてゴチンと倒れ込む動画がネットでおもちゃにされたのが、今日一番のハイライト。

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