12 灰とマイトダイ

【party? party! party!? party!!!!

 毎日パキパキ

 男はガチガチ

 いらない恥じらい

 きったないガキだし

 品ないdirty party

 midnight happy

 Nothing thirsty

 片っ端 tasting

 要らないセーフティ

 セーブ機能 say no

 性欲 to セイフク

 enjoy テンション

 面倒 da メンション

 けっこうな血行

 現状清楚&センコー滅法援交援交援交援交

 うぇい!


 Ash Blossom/パキるえぶりでい】



 勝敗がつき、2人の少女がはけて行く。

 舞台袖にいるあたしの方に、段々とあの女が近づいてくる。

 一歩、一歩……。あと、何歩で……。

 あっ……。

 睨みつけて、通り過ぎるのを無言で待つ。

 そしたら、また耳元で囁かれた。

「あぁ、観ててくれたんだ」

「はあ? 出番が次だからここにいただけ」

 向かい直り、苛立ち混じりに声を出す。

 舞台裏の真っ暗な照明のない場所でも綺麗な顔が目に映って、余計にイライラした。

 すると。

「薄情な女」

 そう言い残して、あいつは去っていった。

「あ?」

 なんなのよ!!!!

 ほんとムカつく。

 ムカつくけどこれから客の前に立たないといけないわけでどうにか表情と精神を安定させる。

「……よし。」

 その横を、よろよろとらぶちゃんが通り過ぎて行った。



「それでは次の試合に参りましょう。第二試合、一人目はコイツだ!」


 司会の声とともに、ステージから明かりが消え、巨大スクリーンにあたしの紹介ムービーが投影される。BGMは、AIZIAの代表曲のひとつ、【明けない夜】。

【高校2年生、初出場。from阿佐ヶ谷。ただいま絶賛炎上&激バズり中のアイドルラッパー、禰寧音ねね!】

 出身や生い立ち、どんな日常を過ごしているのかなどがまとめられたしょうもない動画。そんなもの、アイドル時代にもいくらでも撮られたが……。

 唯一その時と違うとしたら、その出演者か。

 5分もないくらいの動画の中盤で、例の彼女が画面に登場した。

『……わしが思うにやが、MCバトルで勝つのに必要な要素は、大きくわけて6つある。フロウ(ビートへのアプローチ方法)、ライム(韻)、アンサー(返答力、対話力)、パンチライン(ワードセンス)、バイブス(熱量、気持ち)、アティチュード(経歴、生き様、思想)や』

『そうね』

『わかってるアピールうざ。お前まーじでゴリうざいわほんま。んで、フロウっちゅうんは、ビートへのアプローチの仕方やな。これが上手いやつはこのフロウのかっこよさ、気持ちのよさ、それだけで勝てる』

『ラップの上手さという観点ではフロウが一番わかりやすいものね。どんな素人でも聞けば一発だし』

 韻(ライム)もラップにおいてはかなり重要な要素だが、高度過ぎると、逆に聞き手は気づかない可能性がある。そこにはある程度の知識や理解力、リスニング力が必要とされるからだ。それに対して、フロウならば、聞けばその瞬間にわかる。

 漫才に例えると分かりやすいかもしれない。

 技巧派のお笑いは一般人には受けにくく、コアなファンや芸人からしかウケない可能性がある。言葉遊びや展開で上手いことキメても、まず馬鹿には伝わらないし、普通の人間でも理解するまでに間がないとなかなかわかりにくいこともある。その為にツッコミ役や解説役がいたりするくらいなのだから。

 しかしその一方で、歌ネタなら万人に一発でウケるし、流行りやすい。

 似たようなことはMCバトルでも往々にしてある。

 そしてそれを、ぬーたんはあたしに警告してくれていた。

『おう。そしてお前、Jラ初戦で当たるあしゅぶろはフロウ巧者やから気を付けろよ。それ以外の部分でどうにか勝つ方法を考えんと終わるぞ……』

『ねねねちゃんはアティチュード半端ないマジリアルガチつよつよ鬼かわアイドルだからあんな音ノリだけの子に負けないでしょ』

 27がそう言ったタイミングで【前回王者はねねね全肯定オタク】という太字テロップとナレーションが入って死にそうになった。

『27ちゃんありがとう。油断せず頑張るね!』

 ……画面の中のあたし、健気すぎるでしょ。

『27たんにだけ愛想振りまくの腹立つ……』

『──頼れる2人の師匠がいるので、絶対に勝ちます!』

 ボソッと不満を呟いたぬーたんをガン無視して、あたしが満面の笑みで勝利宣言。

『うわ、急にカメラに向かって喋りよったこいつぅ!?』

 ゲーマー女がそう言った瞬間、【第5回王者と前回王者が師匠!】というテロップがカーッというSEと共にカットインし、観客がどよめく。

 ……悪意のある編集の様な気がするのは気の所為よね?



 つづいて、対戦相手のAsh Blossomの紹介ムービー。

【高校1年生、初出場。from原宿。Z世代のフロウマスター、Ash Blossom!】

 ワーッと歓声が客席から木霊する。どうやらあたしよりもこの界隈でははるかにファンがついているらしい。

『──高校は行ってないよ~。父親もいないし、ママともあんま上手くいってないからさー。ま、普段は友達の家回って、その合間に気が向いたら曲録ったりみたいな感じかにゃ~』

 キャリーケースをひきながら、歓楽街の夜道を歩く今時のギャルが映し出される。深夜には似つかわしくない若々しさと、きらめき。けれどそれはだからこそ、もっともその毒々しい街並みに映える。

『優勝したら~? うーん、どうなるのかとかは考えないよー。あはっ。だってなんか面白そうじゃん? そんだけ。』

 彼女のアップテンポな代表曲【パキるえぶりでい】をバックに、対照的なセンチメンタルな映像が続く。

【どこまでも今風で、イマこの瞬間瞬間を生き切るAsh Blossom。彼女はその身を燃やしながらも、美しく闇に咲く】

 落ち着いた声のナレーションが、映像に緩急を生む。完全に現代の闇を暴くドキュメンタリー風なノリだ。

『やー、ラップで食えてないかんなー。いろいろね、バイトはしてるよー。こう見えてめっちゃ働き者なんです、うち。だから太いパパいたらDMください、つってw』

 この手の映像にありがちな、苦労話。しかも、にしては割と重めの。それを、淡々とあっけらかんと語る少女。

 軽い気持ちで密着したら、テレビマンが求める以上のダークなものが録れてしまった──が為に、Vをややマイルドにしているんだろうなという様な雰囲気が、なんとなく伝わってくる。

 あたしもなんだかんだ言って家庭周りはあまり恵まれてない方だけど、別ベクトルで彼女は過酷な環境下にいるようだった。

 親近感と同時に、あたしとは違うという拒絶も生まれる。

『ラップは~、たのしーからするよね。たのしーことだけして生きてたいもんな~。うーん、それが夢かな~』

 そんな刹那的な言葉で、紹介Vは締めくくられた。


 会場が明天。視界が明るくなり、司会が叫んだ。

「両者、入場!」

 観客の歓声と共に、舞台に上がる。

 対角線上の舞台袖から上がってくるAsh Blossom。

 生で見るのは今日が初めてだ。

 ピンクと黒のツートンカラーで今風にキメている髪色。若者にしか許されないツインテールでバチバチ。メイクは地雷とギャルのいいこどりといった様相。好みは置いておいて、ビジュはいい。言うなれば、かわちい。まさに光と影を合わせ持った今の時代にふさわしいニューファッションリーダー。

 そんな彼女がゆさゆさと二本のしっぽを揺らしてスキップしながら近づいてくる。

 歓声は(一部の熱狂的なファンを除いて)、完全に彼女の方に上がっていた。

 ムカつく。

 ムカつく……けど、炎上中のアイドルがラッパーとして出てきているのだから、むしろブーイングされないだけいいと思うべきか。

 ステージ中央まで進み、観客席を見渡す。何度も上がったステージ上。けれど、これまでとは全く違った景色。あたしのことを見る客の目が、まったく違う。それが心を、奮い立たせる。

 目の前に立つAsh Blossomを見つめる。彼女はぽけ~っとした表情で虚空を眺めていた。

 ……こっちを見ろよ。ラッパーって言うのはあたしの癇に障る輩だらけなのかしら?

「二人が戦うビートはこれだ!」

 あたしたちが所定の位置まで来たことで、司会がDJにビートチェックを促す。DJは言葉通り、ターンテーブルに手を伸ばした。

 流れ出したのは、【イルミナ/wavy lady】。

 トラップ系のダークめなメロに軽快なラップが心地いい、今時の女の子の曲。

 アゲアゲでノレる感じ――つまりは対戦相手にかなり有利な曲選。まあ運営側的にも、あたしが勝つより優勝候補のこいつに勝たせたいだろうしね。あたしの客寄せパンダの役目は出るだけでもう終えてるし──そんなことを考えている間に、隣の少女が狂った様に体を揺らしていた。

「grrrrrr!」

 可憐なのに獣の様な咆哮。マイクチェックというにはいささか衝動に塗れているその声は、ただそれだけで観客に熱を伝えていた。

「ナイスビート! それでは、先攻後攻を決めるジャンケンをおねがいします!」

 音楽が止み、司会に促されてあたしたちは拳を突き合わせる。

 あたしがパーで、対戦相手がグー。

「うーん、後攻でお願いします♡」

 事前にこの大会にエントリーが決まっていた相手のデータは全員部調べてきていた。その上で、Dependenceの次に強そうなのがこの女だった。そんな彼女と初戦で当たるというのはなかなか苦しい。だからこそ、後攻を選んだ。絶対に負けられない。だからこそ、有利な後攻を。

 前を見る。

 Ash Blossomは、いつの間にかこちらを舐める様な目でねっとりと見つめていた。こちらの中にまで入ってくるような気味の悪い目線。それが、目があった途端、愛玩動物の様に愛くるしい笑みに変わる。

「よろ~」

 マイクにのせずに、彼女はあたしにそうささやいた。

「よろしくお願いします!」

 返事をしながら、「ぶちのめしてやる」という熱のこもった目で彼女を見つめ返す。

「え~ねねたんまじきゃわだ!」

 なのに彼女はそんなことを言ってぴょんぴょんと跳ねた。

 27でもないこの界隈の人間からそんな反応をされるなんて……。

 虚をつかれているさなかに、司会が声を上げる。


「じゃあいこう! 八小節三本! 先攻Ash Blossom、後攻禰寧音ねね! Spin the shit!」


 ビートが流れ、灰の花の名を冠した少女が咲き乱れる。


 ey,ey, Hello キューティー 調子はどう?

 結構タイプ 今すぐダイブしちゃいたい即ふぁっく

 クラクラ来ぃてるか~なりハ~~ぁぁイ↑

 今日も空いた心埋まっていくM・U・S・I・C


 Dream dream driving Step in ! 

 こんなステージ夢みて go on ! Hear me ! here we go !

 じょ、じょ、冗談みたく楽しい 気分上々↑

 凝り固まったお嬢さんはノーセンキュー How about you ?


 おい、なんだこれは。

 思考が固まりそうになるのを、どうにか回し続ける。

 まるで中身がない。

 だが、無性に気持ちがいい。

 気持ちがよすぎて、なにを返すか考えるのを忘れてしまいそうになる。

 それだけは気をつけろと何度もぬーたんに言われていたのに、やはりいざ対面すると抗いがたい快感がある。人間の原初の記憶に訴えかけて来るかのようなシンプルな音の気持ちよさ。

 Ash Blossomのラップは、とにかく音ノリを重視したフロウ偏重型。どんなビートにも即座に気持ちいノリ方を見つけられる卓越した音楽的嗅覚と、耳触りも響きも良いポップな声。そして何より、誰よりも楽しそうにフロウする天性のイノセンス。

 音を楽しむ。まさに音楽を体現した存在。

 それに勝つには、どうしたらいい?

 考えろ。

 用意してきた言葉と、彼女が音のためだけにのたまった単語の中からなんとか拾えそうな部分を組み合わせる。

 そっちがその気なら、あたしだって好きにやらせてもうおうじゃない!


☆。.:*・゜

 こんにちはみなさんねねねです☆

 AIZIAセンターアステリズム担当!

 ちゃんと韻踏んで上げる好感度

 なにをしてでも、今日勝つよー!

☆。.:*・゜


 とりあえず前半四小節は上手くいった!

 完全に用意してきたラップをしただけだが、韻も踏んでいるし──なにより、かわいい。

 かわいいは武器だ。あたしが今この女に勝てるところがあるとすれば、かわいさとステージング。

 フロウで勝負しても勝ち目がないのなら、自分の秀でているところをまずアピールする必要がある。

 勝つよー! と言ったのに合わせてかわいく右手を挙げて、かわいく客席を見回す。

 よし。客の反応は悪くない。爆沸きはしてないにせよ、歓声も上がってる。

 なら次は、攻撃だ。

 対戦相手に向き直る。

 なぜか彼女はニコニコ微笑んでいた。

 ムカつく。

 その地雷メイク、すぐに冷や汗でぐっちゃぐちゃににじませてやる。


☆。.:*・゜

 イェイ! こんな感じで頑張ります!

 恋愛関係で荒れてるから タイプとか そういうのはやめて?

 凝り固まった? なんてそんなわけないない×

 だってあたしたちAIZIA、変人だから!

☆。.:*・゜

 唯一あたしについて言及していたっぽい「凝り固まったお嬢さん」という部分にアンサーする。

 本当はこの単語で即興で韻を踏めたりしたらいいんだけど、それは今のあたしには出来ない。

 とはいえ、理想ではないだけで、及第点は超えた。相手の言ってきたことにユーモラスかつかわいく言い返せた。自分のスキャンダルにも触れる大胆さも演出できた。客の反応も悪くない。

 でも、だめだ。攻めるつもりが守っただけで終わってしまった。

 クソ。

 Ash Blossomは笑顔を崩さずに、あたしの言葉よりもビートの方を聞いているかの如く首を揺らしていた。

 攻守が入れ替わる。

 彼女がぐっとこちらに顔を近づけ、ぽんぽんとあたしの肩を叩いた。


 あっはは、hey hey いい感じ

 ありがとね、チェキ代あげるよ はいPayPay

 うちのハートビンビン来るそのvoice & face

 でも減点 フロウが全然なってないね


 ぐー、ぐー、食べ足りないな you you

 グルーブ、感じさせて cool cool

 まず音にしてみな全集中

 ey 今日もフロウで沸かす 全観衆 aha~☆


 ──。

 マズイ。

 本当にマズい。

 忘我してしまう。恍惚としてしまう。

 この女の吐き出す言葉、声、リズム、音、全てが気持ち良過ぎる。

 音楽的官能をこれでもかと刺激される。初対面なのに、まるでもう何度も交わったことのある旧知の仲であるかよう。どうしたらこちらが気持ちよくなるのかを、知り尽くして──いや、そうじゃない。目の前の彼女の表情を見ればわかる。笑顔。満面の笑みだ。この世に不幸なことも悲しいことも辛いことも苦しいことも切ないことも泣きたくなることも今だけはまるで何一つなくなってしまったと思い込んでしまうくらいの笑みだ。

 そうか。そうなのね。彼女はただ、自分の一番気持ちいい音を追求しているだけ。他の追随を許さない嗅覚と集中力で、自分が誰よりも音に没入し──耽溺している。それだけなのに、いや、だからこそその周囲さえもヨガらせる。

 緻密な戦略や思考の末ではない、無我。自身が音そのものになり、快楽を伝播させている。

 そんな化け物に、あたしはどう勝てばいい。考えろ。あたしは、感覚派なんかではない。こいつとは真逆だ。思考を絶対に止めるな。それを最速で回し続けないと、勝ち目はない──!


☆。.:*・゜

 いい感じ? 褒めてくれてありがとう!

 でもごめんなさい、事務所の決まりで金銭は受け取れないの

 今欲しいのは……うーん……

 そうだ! ターンテーブル!


 観念するといいよ! あしゅぶろちゃん!

 感電するようなあたしのラップ

 ビリビリしびれさせる様な言葉も吐く

 楽で楽しいだけじゃ上には行けないよー?

☆。.:*・゜


 こちらが上であると、示したかった。余裕のある自分を演出しようとした。

 が、成功していただろうか。客席の反応を見ている余裕があまりなかった。それくらいに、全力でラップにだけ集中していた。少しつまりもした。けど、なんとか演技でごまかした。まだまだ実力不足だということを、悔しくて泣きそうになるくらい痛感する。

 それでも、ビートは唸り続ける。音楽は、思ったよりも残酷だ。あたしは口と脳を止めることは出来ない。泣き言なんてステージで言えるわけがない。むしろ吐かなきゃいけないのは、目の前のこいつを泣かせるようなバース。

 相手のバースから都合の良いところだけを拾い、都合の悪い部分であるフロウへの指摘は無視した。

 その上で、最後にさっきのVの中で彼女が言っていた「楽しいからラップをする」というふざけた発言をディスる。正直、言わずにはいられなかった。だってあたしは、「ムカつくから」ラップをしているんだもの──!

 Ash Blossomを口だけじゃなく、目線でも全力で煽る。

 けれど彼女はぶん殴りたくなるくらい、ケラケラと余裕ぶって笑っていた。

 

 上にはいけない? 別にいいよー

 だってきみみたいに落ちたくなぁいもんw

 きぃんもちィーだけ、それでなんでダメなん?

 まあたまに痛いくらいはいいかもね。それもあり


 「毎日パキパキ。男はガチガチ いらない恥じらい。給与は日払い」

 アーイ? 芸能界の方がよっぽど汚い

 きみの音じゃ 満たない死なないいなたいイカない

 こっちくんな いろよ日向にぃぃぃw


 クソが──!

 沸騰してしまいそうになる頭を、無理やりに冷やす。癇癪を殺す。

 冷静に、相手の発言に集中する。

 彼女は笑ってこそいるものの、意外にもあたしのディスにイラっと来たらしい。序盤の音ノリ全振りが嘘だったかのように、急にしっかりとアンサーをしてきた。

 前半四小節、普通に日常的にしゃべっている時の様な、特段気持ちいい訳では無いフロウで反論してきた。そして後半四小節も、音ノリこそしているものの、かなりしっかりとこちらをディスりながらあたしのバースに返答してきている。しかも、自分の代表曲のサンプリング(フレーズの引用)までして。押韻もかなり小刻みにしている。

 音楽性だけじゃない、対話も押韻も出来る。

 なんなのよ、この女。

 なんでもありかよ──。

 才能だけでラップしてるわけ?

 予想外のラップにまた思考をトばしそうになる。でも、負けたくないから。こいつに勝って、あたしはあの女に復讐しないといけないから。

 こんなところで、立ち止まっている場合じゃない。

 今まで乗り越えてきた逆境を思い出せ。あたしは専門分野でないところでだって、いつだって輝いてきた。そう、かわいくいるだけでいいって言われてたバラエティーで急に大喜利を振られた時だって、しっかりと即興で笑いを取って次につなげたり──、そんなのは日常茶飯事だった。

 この場で必要なのは、きっとそれだ。押韻、フロウ、サンプリングさえ駆使して、あたしの現状を揶揄し、痛烈なディスまでかましてきたAsh Blossom。これを現状のあたしがひっくり返せるとしたら、トンチの利いたアンサーでしかないだろう。相手をうまく言い負かし、その上で客を味方につけるカリスマとかわいさをぶちかます、そんな八小節を──!

 表情をつくる。禰寧音ねねに全力でなりきる。対戦相手に向けてしまっていた意識を観客へと向けなおす。全神経を彼らに捧ぐ。あたしを見ろ。あたしを愛せ。あたしを、推せ!!!!!!

 マイクを両手で持って口を開く。目の前に27が見えた。ああ、こんな近くで見ていてくれたんだ。そんなことすら気付かないくらい、きっとあたしはかかっていた。

 でももう大丈夫だ、完全に今、彼女たちを笑わせる未来が見えている!


☆。.:*・゜

 日向にいたら太陽があつすぎて燃えちゃった

 だから熱が冷めるまで日陰で休憩

 そんな感じそれが現状

 あたしだってもっと光さすとこずっといたい


 でもそれにはいたいだけじゃいれない

 痛い思いもしないといけない イタいキャラだって演じなきゃきけない

 時代に逆らってでも前に進む

 AIZIAセンター禰寧音ねね! あなたとは違う革新的アイドル!

☆。.:*・゜


「……はぁ、はぁ……。」

 言い切って、肩で息をする。

 凄まじい疲労。脳を全力でぶん回して、全身から息を吐きだして声にして、口先から手先までに全神経を駆使して完璧なあたしを演じて──。

 酸素……。息を吸い込む。

 刹那、わぁ──っと、莫大な歓声。熱狂。

 ずっとアウェーのようだった空気がラストバースで一変した。

 客が、あたしのラップに興奮している!

 悦楽めいた笑いをこらえて、かわいくにっこりする。ああ、気持ちがいい…………。

 司会も、驚いたような顔であたしを見つめていた。

 ああ、いい…………。あたしを舐め腐っていた世界に、あたしをわからせる感覚。

 そう、この感覚を久しく忘れていた……。

 恍惚として、対戦相手に向き直る。

 お前はいま、どんな顔をしている?

「へぇ~、ねねたん、いいねぇ~」

 ただでさえ無駄に大きな目玉をかっぴらいて、彼女はこちらを見ていた。

 爛々とギラつくカラコン越しの瞳。辛酸を舐めてきた上でなお、世間を舐め腐っていそうな舌が、唇の端を蠕動している。そして妖しいかわいさを放ちながら、額をあたしの額にくっつけてきた。

「でも、うちもさぁ、今日はでぃんたんとヤりたいからさぁ………」

 そんな彼女を睨み返す。

 そのさなかに、観客投票で延長が決まる。内容が拮抗していた場合は、決着がつくまで何度だって延長になるのがMCバトルだ。

「次は──本気でイクねぇ~?」

 ギラリと邪悪に微笑む。貪欲な、ハイエナの様な笑み。

「あはっ、望むところよ」

 お互いに、マイクに乗らない声を交わし合う。

 大観衆の目の前で囁き合う倒錯が心地よい。

 けれど、それに酔っている余裕はない。まもなく流れ出すビートに呼吸をあわせなくては。延長戦は攻守入れ替わりあたしが先攻。何を言うべきか。フィフティフィフティの現状。この観客たちを、完全にあたしにつかせるにはどうするべきか。

 見渡す。

「…………!」

 ふと、宣言通り最前列にいる27が、なにか叫んでいるのが見えた。

 まったく、痛いファンだ。でも、いまはそれが心強い。

 そしてそれで気付いた。その隣に、ぬーたんがいる。

 彼女は、あたしが自分に気付いたと悟ったのか、口パクであたしにアピールした。

 (ディ・ス・れ!)

 おそらくだが、ぬーたんは、あたしにそう言った。

 まったく、なんてひどいアドバイスなのだろう。けれど、この師匠はあたしの知る限り誰よりも実直で、誰よりも的確だった。口が悪く、口を開けば大抵不平不満だらけで、ネットと身内にだけイキるクソ陰キャゲーマーだが、だからこそ、客観的な分析力がある。

 ならば、その彼女に従順に従うことになんの苛立ちもない。

 そう言えば、彼女には指導終わりに、こんなことも言われた。


『──正直言うて、ごっつ業腹やがお前は天才や。わしより全部の飲み込みが早い。やけんもう少し時間かけりゃあなんぼでもできるようになるやろ。やが、最短でリベンジ果たしたいんやったら、とりあえずディスれ。あの動画がバズった理由はそこにあるわけやからな。人間ゆうんはどこまでも下種のごみクズやからな、ギャップと意外性とゴシップが大好きなんや。清純派のかわいいアイドルが性悪阿婆擦れビッチやったなんて最高傑作や。わかるか? ラップは本性剥きださんと勝てん。その性格の悪さを生かせ。普通ならただの小娘がギャーギャーわめいとっても誰も耳をかさんけどな、ムカつくことにお前には芸能面での実績(プロップス)もある。そういうやつのディスは刺さる。刺せ。刺し殺して塩を塗りたくれ。それがお前が勝ち上がる最短のルートや』


 人を1褒めるのに10貶さないと気が済まないらしいところは果てしなく人間の屑だが、そのアドバイスは参考になる。

 たしかに、ここ最近痛感していた。

 あたしはきっとファンに「ありがとう」と伝えるより、目の前の気に食わない人間に「マザーファッカー」と中指を立てる方が向いているらしかった。

 だって今もそう。目の前のこのホス狂ぴえんみたいなビッチを、ズタズタに罵倒したくてたまらいんだもの──!

「ではいきましょう!延長は8の2本! 先攻後攻入れ替わります!」

 さあ、ビートが再び流れ出す。【Air―Z/No pain No gain】。サグでバチバチなビート。ナイスDJ!

 音にノリながら、本性とアイドルとしての自分を調律する。先ほどの攻防を振り返り今言うべきことを考える。

 うまいことなにか客を沸かせる展開を作らなければ。さっきよりもワンターン少なくてしかも先攻。無駄なことを言っていたらすぐに終わる。あたしが言いたいこと、客が、求めていること。そしてこいつが言われたら嫌なこと。

 なんだ。

「先攻禰寧音ねね、後攻Ash Blossom…………」

 考えろ。頭を回して舌を動かせ。司会の声がうるさい。

「…………トバセぇー!!」

 ああ、もうスクラッチが聞こえてきた。

 口を開く。

 考えはまとまっていない。けど、あたしならどうにか出来るはず。

 自分を信じて、観客席に向かって飛び跳ねた──。


☆。.:*・゜

 炎上中のあたしが延長!

 テンションもいい感じエンジョイ!

 イエーイ! 性行為よりも気持ちい!

 男よりも音とハメるのが健康☆


 てかそういえば紹介Vで父親いないって言ってたよね?

 あたしもそうなんだ! 奇遇だね!

 でも実はあたし、ママもいないんだ……

 そこだけちょっとムカッときてる

☆。.:*・゜


 完全即興でやりきった──。

 自虐ネタも交えつつ、韻を踏んでみた。

 その後で……なんでだろう。罵倒するつもりが、全然違うことについて触れてしまった。

 自分でも意味が分からない。即興だからこそ、深層心理で最も気になっていたことが表面に出てきてしまったのか。そんなこと、気にしていたつもりもなかったけれど。

 自分の発言に驚いてしまった。

 しかしそれは対戦相手も同じなようで、多彩だった表情が急速に虚無に染まった。

 失望した様な顔。

 そこから、彼女はスイッチが入ったように恐ろしいトーンで畳み掛けてきた。


 わっはは 急に不幸自慢?

 そーゆうのいいよー音楽やろうよー?

 ……ああ、でもねねねちゃんわぁ、

 ラッパーじゃなくてアイドルだもんねぇw


 自分で書いた曲 一つもない売女 

 だいたいの男に 抱かれた売女

 咲いた花もすぐに腫れ枯れた

 撒けよ性病 まけてよ苺ぉw


 完全に空気が変わった。

 自分の発言が相手の心を刺激したのだということがもろに伝わってくる。

 もともとダークな空気を纏っていたAsh Blossomだったが、その比ではないレベルで邪悪なバースを吐いた。

 一瞬だけ観客が引いてしまうくらいの、悪電波。が、耳心地の良いフロウでつらつらとよどみなく流れる悪口は、その数秒後には観客の心を染め上げて燃やした。

 自分への罵詈雑言で上がる観客席を睨みつけてやろうかと、内なる悪意が催し始める。

 トゲトゲの言葉が突き刺さり、あたしの心を逆撫でる。

 彼女の地雷が起爆して、連鎖的にあたしの地雷まで爆発させる。まるでマインスイーパーみたいに。

 一対一で、至近距離で向けられる悪意。それは、SNS上で甚大な量を浴びてきたあたしにとっても、まったくもって我慢ならない暴言。

 それでも、心は燃やしても頭はクールに。ムカつくからこそ、最大の刃を彼女に向けたい。だから冷静に一番刺さる言葉を生み出せ。あたし。ムキになるなよ……。

 激情の爆炎を言の葉に込めて、さらにメラメラと燃え盛らせる──。


☆。.:*・゜

 援交してんのはあんたでしょ笑

 あたしはしないそのへんのおじさんとは

 知ってるでしょあたしの元カレたち

 全員一流タレントだから笑


 それに作曲はしたことないけど、作詞はしてる

 その曲だってあんたの曲よりはるかに売れてる

 粋がってんじゃないわよ パパ活女子

 あんたの曲、今日初めて聞いたわ

☆。.:*・゜


 元カレ自慢でいばんな 痛い痛い

 自分の価値 男で測んな 痛い痛い

 自己顕示欲、やば 肥大肥大

 てかおまえのファンとか もう、いないいなぁいwwwwww

 

あは。うちのこと 嫌い嫌い?

 うん、ごめんてもう、しないしないw

 ──ねねねちゃん、正直、顔だけはめっちゃタイプ。

 やっはぁ~、shitなアイ。ウチ今に時代支配♪


「終了ーーーーーー!!!!!!!!」


 巻き起こる歓声を遮る司会の声。

 あたしの視界では、勝ち誇った笑みを浮かべる女のピンク髪がゆさゆさと揺れ続けていた。

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