8 ぬーたん推参

【もっと熱くさせて世界

 この胸の疼きをさせて決壊

 燃え盛れば盛るほど絶対しない撤回


 目立ち続けるために on fire

 芽出し続けるために on fire


 私は穢し続ける

 私は怪我し続ける


 インターネットの海には人の不祥事を餌に生き長らえる蛆がいる

 ヒキガエルみたいな面をした化け物が不当に生き返る

 他者の死骸を蝕むことでしか生を繋げない可哀想な生き物(フナムシ)

 普段は隠れているのに誰かの不幸を嗅ぎつけるとワラワラと湧き出てくる

 可哀想に。。。エサをあげる

 失敗、失態、失恋、失言、失策、失脚、失陥

 私のすべての過失の果実をみんなにあげる

 美味しい? じゃあ今日も元気に火葬して?

 私の人生を燃料に仮想世界でよろしく生き延びて?


 ぬーたん/炎上selfie】



 喫茶店で晴れて師弟関係を結んだあたしたちは、早速練習をすることにした。

 場所は必然的に人目をしのんで大声を出せる場所ということになるが……そんないい所あるかなと思っていると、

「ぼくがよく使ってる場所があるので、案内します!」

 と真っ赤なカラコンを付けた目をかっぴらいて言うので、有難く従うことに。

 てくてくと着いていくと、中野ブロードウェイから徒歩数分の好立地にあるマンションの一室にあたしは招き入れられた。

「おじゃまします」

 入ると、結構綺麗な1LDK。

 この歳の女の一人暮らしだとしたら、普通に考えたらかなり豪勢な気がするけど。立地的に。

 いくらMCバトル最強格の若手ラッパーだからって、そんなに楽曲をバシバシ出してるわけでもないのに、こんなとこ住めるものなの……?

 やや怪訝な気持ちをもったまま、27に連れられるまま部屋へと入る。

「この部屋は割と防音してるので! 色々やっても大丈夫です!」

「そうなんだ~。すごいね☆」

 防音もしてるならなおさら金がかかってそうだけど……。

 不審に思うあたしをよそに、27はへらへら笑っている。

「えへへ……」

「ここは27ちゃんのお家なの?」

「そんな感じです!」

 そんな感じってなんだよ。はっきりしろ。

「ふぇ~、綺麗だし駅近だしめっちゃいいね!」

「きょ、恐縮です」

「いいな~。あたしも住んでみたいかもー」

「ほんとですか!? でしたらすぐにでもぼくは出ていきますのでっ……!」

 本当に出ていきそうな勢いで部屋から出ていこうとしたので、肩をむんずと掴んでニッコリ笑いかける。

「あはは。てか、27ちゃん? 敬語やめない?」

「え、や、そんな……。無理です……」

 拒絶。こういう時だけやたらかたくなになるのほんとオタクってキモイなと思う。

 ……という気持ちを隠しつつ、声と目でハートをつくる。

「そっか、残念。じゃあ仲良くなったら、タメ口にしてね? 約束だよ?」

「あ、は、はい! 遵守します」

「楽しみだな~。……27ちゃんは普段はここで練習してるの?」

「はい、そうです。曲とかとったりすることもあるし、配信とかする時もありますね」

「ええ~、曲もとってるんだぁ~。さすがだね! 配信もしてるんだ~!」

「あ、はい。ふへへ……」

 褒められてまたにへらにへらとデレデレしている。反応がわかりやすしい顔がいいのでかわいい。

 まあもちろんあたしの方がかわいいけど。

「どんな配信してるの?」

「あ、あ~、えーと、なんというか……」

「?」

 ほんの世間話として聞いたのに、思いの外答えづらそうにする27。

 正直聞いた時はどうでもよかったが、隠されると俄然気になってくる。とりあえず、どういうことなのかなときょとんとした顔をして、彼女の方から話してくるのを待っていたら……。


 ガチャ!


 勢いよく部屋の扉が開いた。

「になたんただいま~!!!!!」

 入ってきたのは、見覚えのある顔だった。

 黒髪ロングに青のインナーカラー。地雷とギャルの中間くらいの美人目なメイク。ややタレ目なのに、どことなくキツそうな印象をうける剣呑な目付き。身長は平均くらい。年齢は恐らく2、3歳上。

 一般的には美人と形容可能なその女をみて、27はうぇっというような顔をした。

「ゲッ、ぬーたん……!」

 ぬーたん。その響きには、聞き覚えがあった。顔、その名前、割と一瞬であたしはピンと来た。

 けれどどうやら彼女はまだあたしに気づいていないらしい。ムカつく。

 するとなぜが彼女も怒り心頭という感じで、詰め寄ってきた。

「っておい!! 誰ですか!? その女は!! オイオイオイオイ!!! うちのになたんになんかしとったらブチコロ散らかすぞゴラァ!!!」

「こんにちは~☆ ……あれ、ぬーたんちゃんじゃん」

「はぁ? なんだオメェわしのオタクか……って、禰寧音ねね!?!?」

 んなわけねぇだろ。やっと気付いたか。……という言葉を飲み込んで、柔らかく微笑む。

「うわ~、お久しぶりです~! ぬーたんちゃん、27ちゃんのお友達だったんですね!」

「久しぶりってテメェ……、わしと共演したの覚えとるんけ?!」

 さっきまでキレ気味だったのに、ちょっと怖気付いたような感じで彼女はそう言った。

「当たり前じゃないですか~!ゲームのお仕事、楽しかったです♡」

「おうたのなんて1回こっきりで遙か格下のわしのことなんかよーけ覚えとるなオメェ。さすがテッペンとった女は頭の作りが違いよるわ。はぇ~」

「あ、そっか!ねねねちゃんとぬーたんはあったことあるもんね!」

「うん!東京ゲームショウでねー。ぬーたんちゃん、ゲームすごい上手くて感動しちゃったからよく覚えてるよ~!」

 彼女とはたしか3年前、ゲームの販促イベントで共演したことがあった。それ以来一度も会っていなかったので完全に忘れ去っていたが、さすがに本人と対面したら記憶が蘇ってきた。

 懐かしい。

 彼女はぬーたんという名前で活動しているプロゲーマーだ。プロを名乗るだけあって、実際相当に上手い。美少女ゲーマーと言われていたから、女の少ない界隈で女であることを売りにしてブルーオーシャンで泳いでいるだけのしょうもないプランクトンかと思っていたが、思いの外きちんとした実力者で驚いた記憶がある。

 エキシビションマッチで彼女と対戦し、コテンパンに負けた。それがかなり悔しくて、しばらくゲームをやりこんだこともあったっけ……。

「よーけそんなホラがボロボロ出てきよるわ。ま、それはええけど、なんでこの女がここにおるん? 27ガチオタやったろ。誘拐でもしたんか?」

「そそそそそ、そんなことをした日にはぼくをころしてください……」

「おいおいそんな突然愛の告白やめとくれよ。このいけ好かん女の前で滾ってまうわ……」

「いや、何度も言ってるけどぬーたんのことは好きじゃないから」

「死ぬ……」

 急に夫婦漫才みたいなのを繰り広げ始めた2人に、思わずツッコミを入れてしまう。

「えー? 2人は付き合ってるのー?」

「あたりまえやないか! でなかったらひとりでに部屋の鍵開けて入ってこんわ」

「そんなわけないじゃないですか!!! ぼくはねねねちゃん以外の女に興味ありません」

 言ってることが真逆だけれど、2人とも人間としてはかなりまともじゃなさそうな部類なので、どちらの言うこともあまり信憑性がなかった。

 なんて思っていたら、ゲーマー女が据わった目で。

「よしこの女殺すか」

「え、ええ~!?」

 ふざけたこと抜かしてるとその口縫い合わせるぞ? と言い返してしまいそうになったが、27の手前なんとかこらえてかわいくおどけてみせた。

 すると、全然可愛くない言葉が27の方から飛んできた。

「ねねねちゃんを殺したら僕がぬーたん殺すからね」

「それはそれでアリ」

「いやなしでしょ」

「殺し愛しようや」

「キモいから。死ぬ時は1人で死んで」

 あたしの知っている27とは全然違う塩対応ぶりにへーと思っていると、急にゲーマー女が喚き始めた。

「やーだ!!! なんでそんなことゆーの!!! わしのメンケア出来るのはになたんだけなのにぃ~! 傷害罪!! 殺人未遂!! 誹謗中傷!!!」

 うるせぇ……。見苦し過ぎない……?

「ゲーマー特有の幼児退行やめてよ。めんどくさいなぁ……」

 心の底からウザそうな顔を浮かべる27。

 あたしもこのゲーマーのことは好きじゃないので、邪険にされているのを見てニコニコしてしまった。

「2人は仲良しなんだねぇ~。いいな~♡」

 取り繕うべくそんなことを言うと、赤ちゃん顔負けの駄々を捏ねていたゲーマーが、急に真顔でのたまった。

「せやねん。だから余所者ははよ帰ってもろて」

「お前が地元に帰れよ……。今からねねねちゃんにラップ教えるからぬーたんはその辺でゲームでもしてて」

「ひどい!!! わし以外の女にラップ教えるになたんなんて見とうない!!!」

「じゃあどっかいけば?」

「ぴえん」

 喚いたかと思ったら急にきゅるんとした顔で上目遣いになっているしょーもない女。こいつにも一応利用価値があるのか? と思って聞いてみる。

「えーと、もしかして、ぬーたんちゃんもラップできるの?」

「当たり前体操やがな。お前もラッパーの端くれならわしのことも知っとれよ。クソザコにわかが」

「あたしがラッパーの端くれー?」

 たしかに今のあたしは傍から見たらそう表現出来るのかもしれないが、端くれ呼ばわりは癇に障る。

「こないだバトルしとったやんけ。見たわ、動画」

「そうなんですね~。ありがとうございます~♡」

 そんなことしてる暇あったらゲームの練習でもしてろよ。暇人かよ。それかあたしを見るならMVを見ろ。

「いや、その営業キモ萌え声やめてくれ。前からウザかったっちゃーいえ、仕事熱心やなで納得しとったが……。ええ加減そのドス黒い本性バレとるんやからやめーや」

「不快な思いをさせたならごめんなさい。でも、それでも27ちゃんがまだ推してくれるから。ファンの前ではアイドルでいたいもん。そこは譲れないかな」

 それは割と本心だった。あたしは常に求められる存在でありたい。それだけはこんな最低の人間でも守り続けてきたルールだった。

「ねねねちゃん……」

「あほくさ。……まあけど、になたんが惚れるだけのことはあるわ。悪かったな難癖つけて」

 意外にもなにか思うところがあったのか、彼女は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

 ならまあ、謝罪なんていらないから、あたしの役にたって欲しい。

「じゃあさ、ぬーたんちゃんもラップ教えてよ。あたしに」

 どれくらいの実力なのかは未知数だが、27の近くにいてあんな自信満々にタンカを切ってくるということはそれなりの実力者なのだろう。ゲームを極めていたことからも、ラップもしっかりと突き詰めているはずだ。

 ならば、それを取り込まない手はない。

「はい?なんでわしが恋敵に塩送らなあかんねん。つーかナチュラルに敬語やめとんな。そういうところがいけ好かんねん」

 キッとした更年期ババアみたいな目でこちらを睨みつけてくるが、全然問題ない。アンチもなんだかんだ心の奥底ではあたしの事が好きだということを嫌という程知っている。「そういうところが~」とか言い始めたらもうとっくにあたしに落ちかけている。

 なら、落とせばいいだけだ。

 渾身の表情とポーズ、声音を彼女の好きそうなふうに微調整してぶちかます。

「ダメ、かな……?」

「ぬーたん!ねねねちゃんの誘いを断るとか非国民だよ!」

 恋人(?)からの追い風も吹いてきた。

「えぇ……。だいたいラップ教えるんならになたんがいれば大丈夫やろ」

「まあたしかに?」

「になたん……そこはわしを必要としてくれよ……。いらない子扱いがいっちゃん病む……」

「ほんとめんどくさいな……。じゃあ一緒にねねねちゃんに教えよう? おけ?」

 27がそう言うと、超従順にぬーたんは頷いた。

「うん!」

「わぁ~! 2人とも、ありがと~♡」

 明るくてかわいい声が、室内に響く。

 こうしてあたしはうまく使えそうなラッパーの師を得ることに成功し、本格的にフリースタイルの世界に足を踏み入れた──。


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