7 JDに弟子入り
「あたしにラップを教えてください」
意識を取り戻した27にあたしが最初にかけた言葉がこれだった。
彼女はさっきまでポヤポヤした顔をしていたが、それを聞いてすっと真剣な表情になり次の言葉を待っている。
「ぶっちゃけもうスキャンダルも出回っちゃったし、それにこの前ラップバトルやって暴言吐いて更にそれを上塗りしちゃったからさ、たぶん普通にやっててももう今までみたいな活動はできないと思うんだ」
恋愛スキャンダルだけなら、まだ、ほとぼりの冷めた数年後に何食わぬ顔で芸能界に戻ることは出来たかもしれない。
けれどあたしはそれを自ら最悪の形で肯定する言葉を吐いた。そればかりか、これまで完全に作っていたキャラを破壊して本性を顕にし、勝つ為に暴言を吐いた。……そして、その上で、負けた。
こんな人間が再起するのは不可能だ。アイドルファンにとっては最低の嘘吐きで裏切り者、ラップヘッズにとってはよく知らないイロモノの弱者。
どの業界からも嫌われてしまっている(27という一部の奇特な人間を覗いて)。
「だからね、あたしは一旦ラップでまたゼロから成り上がる。Dependenceにリベンジしてね。でもその為にはどうしてもスキルが足りない。だから27ちゃん、あなたに教えて欲しいんだ、ラップを」
彼女の動画を見た時、あたしは心の底から痺れた。教えを乞うなら、彼女しかいないと強く直感した。こんなに強い人間があたしの熱狂的なファンであるなんて。このチャンスを逃す手は、ない!
「だめ、かな……?」
最大限の可愛さを込めて27をじっと見つめる。日本中をガチ恋に落としてきたあたしの本気だ。これを受けて耐えられる人間なんて、いるわけがない。
──彼女は今度は意識を保ったまま、ぎゅっとあたしを見つめ返した。
「……ねねねちゃんは、ぼくのヒーローだった。ゼロから日本一になったねねねちゃんは、ぼくなんかよりよっぽどかっこいいフリースタイルでかわいかった。そんなあなたのお手伝いをさせてもらえるのなら、そんなに幸せなことは無い。恩返しです。だから、教えます。いや、教えさせてください。ラップを。ねねねちゃんに……!」
熱のこもった言葉。ひとりよがりの、あたしを好きでいるようで、結局自分の為の言葉を。そんなものは、ファンからいくらでも浴びてきた。もちろん彼女からも、たくさん。
けれど、今のこの言葉は、そのどれよりも真摯にあたしに向けられていた。
少しだけ、ドキリとした。味わったことの無い気持ち、そんなものが生まれてしまいそうだった。
それくらい彼女の目は揺るぎなくこちらに向けられていた。きっとそれは、ファンとしてあたしを見ていたのとは違う、ラッパーとしての目つき。
でも、彼女の前では──。
「……ありがとう! 大好き!」
どこまでもアイドルらしく、あたしは笑顔を撒き散らした。
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