6 ご送迎ブロードウェイ

【あの日の放課後いつも1人

 世間からの扱いは絶えず酷い

 繰り返し思考、死のう……本気

 天国への志望動機

 抜け出したいから今日も祈り

 会いに行こう憧れの人に


 好きなものを首ったけ愛して

 無理なものを好きなだけ廃して


 楽に生きたい

 楽に逝きたい

 楽にイキたい

 楽に死にたい


 人生なんてやる気次第

 でもぼく今日もやる気しない


 My life/27】



 次の日の午後。

 セーフハウスに迎えにやって来たマネージャーの車に乗って、私は中野へと降り立った。

 中野サンプラザには何度もライブで来た事があり、どことなく懐かしさを覚える街だ。

 駐車場からエレベーターを上がり、中野ブロードウェイという異様な雰囲気を纏った雑多な複合ビルの中へ。

 サブカルの聖地として知られるショッピングモール。中にはアイドルショップなどもあり、もちろんあたしのグッズなんかも大勢売っていた。

 それを横目に見ながら、待ち合わせ場所まで歩く。

 古本屋、ジュエリーショップ、ミニカー屋、カード屋、アダルトショップ……。そんな統一感の全くないカオスな並びに、その喫茶店はあった。

 マネージャーは送迎を終えると帰ってしまったので、自分で扉を開き、お目当ての人物を探す。

 先に来て待っていると聞いていた通り、彼女はキョロキョロしながら席に座っていた。

 つかつかと歩み寄り、テーブルを挟んで彼女の対面に座る。

「こんにちは♡」

「あ!あ、あの、本日はお日柄もよく……」

 目の前に座る少女がガタッと立ち上がり、おずおずオドオドと口を開いた。

 小柄な身長をシークレットブーツで隠しきれていない、骨格からして細く小さい西洋人形の様な少女。

 けれど彼女は私より年上の大学1年生。

 綺麗に脱色されたロングのホワイトカラーが美しい。真っ赤なカラコンも、やや地雷っぽいメイクも、バッチリ似合っている。

 身にまとった真っ白なロリィタにも負けていない。

 このあたしをして、ちゃんとかわいいと思わせる、文句なしの美少女。

 まあ、ちょっと痛いけど。

 彼女とはこれまでに何度も会ったことがある。

 なぜなら彼女は、偶然にもあたしのオタクだから。

 そのかわいさも、コミュ障っぽい感じも、いつも通り。

 それがなんとなく、いまのあたしには心地よかった。

「そんな緊張しなくて大丈夫だよ! 27ちゃんて呼べばいいかな?」

「え、あ、はぅあぁ、だいじょうぶです。な、なんでもお好きなようにお呼びください……」

 27。今まで何度も会ってきたのに知らなかった彼女の名前。それは、ヒップホップ界隈──それもとりわけMCバトル界隈の中で──カリスマ的人気を誇っている若手ラッパーの名前だった。

 そしてなにより。現在あたしが最も惹き付けられている人間の名前──。

「おっけー☆ じゃあ27ちゃんもねねって呼んで?」

「や!いや、ねねねちゃんをねねなんて! そ、そんな気軽には呼べないですぅ」

「そっか……。まだあたしのこと好きでいてくれてるんだね……」

「当たり前です! なにがあっても、ぼくはねねねちゃんのオタクだから! それにそもそもAIZIAは破天荒なグループとして売り出してたんだから今回のことで炎上することがおかしいというか……まあ最初期を除いてねねねちゃんはメンバーの中で唯一正統派売りしてはいたけど……」

「ありがとう。嬉しいな?」

 これはあたしにしては割と素直にそう思った。だって恋愛スキャンダルがあってもなお好きでいてくれるなんて、そんなの、いいカモすぎないか?

 最初だけ大声で途中から段々ボソボソ且つ早口になっていたのが全然気にならないくらい、温かい言葉だった。

「こ、こちらこそ生きていてくれてありがとうございます」

「こちらこそ今日はきてくれてありがとう♡」

「あっいえ、そんな」

「それにしてもさー、知らなかったなー。27ちゃんってラッパーだったんだね!」

「へ?」

「あたしにいつも会いに来てくれてたじゃん? だからまさか音楽活動自分でもしてるとは思わなかった! すごいかっこいいよね、27ちゃん!」

「あ、あ、そんな、別にたいしたものでは……」

「いや! すごいよ! 大会で優勝とかも沢山してるんでしょ? 動画も見たらすごいラップ上手くてかっこよかった!!」

「や、そんな恐れ多い……」

 なぜか彼女はひどく謙遜しているが、その必要は一切ないように思われた。

 最近バトルの動画を見始めたばかりのあたしでもわかる。彼女のレベルは一級品だ。研ぎ澄まされたフロウ、押韻、ワードセンス、ディス、世界観……、どれをとっても高水準。どれかひとつに秀でている者はいくらでもいるが、それら全てが高度な次元で完成されているとなると、そういるものでは無い。

 実際あのクソDependenceにも勝利している実績があることからも、相当な実力者であることがうかがえる。

 だからこそ、今日あたしはここに来た。

「握手会の時とか、たまに勇気をくださいとか言ってたのって、もしかしてその大会の時だったりするのかな?」

「え、なんで? 覚えてるんですか……?」

 彼女はバトル動画の中での堂々たるパフォーマンスが嘘のように、アタフタしながらあたしに聞き返した。あたしのよく知る握手会の時の彼女みたいに。

「もう! 当たり前じゃん! あたしが大好きなファンのみんなとの思い出を忘れるわけないでしょ?」

 甘い声でかわいく怒る。もうしないと思っていたこんな演技も、使えるのならまだいくらでもする覚悟はあった。あの憎たらしいクソ女を叩きのめすためなら。

「そうだよね、やっぱりねねねちゃんは最高のアイドルなんだ……」

 彼女はかなり重度のオタクだった。それが今でも変わらずそうらしいことは、潤んだ瞳を見れば明白。そしてあたしはそういう人間がどんなものを求めているのか、当人よりも深く知っている。

「そうだよ! みんながそう思ってくれてる限りあたしはずーーーーーっと最高のアイドルでいるから。なにがあっても。もうやめちゃおうかなって思ってたけど、27ちゃんがまだ好きでいてくれてるって今わかったから、あたしは27ちゃんの為にがんばるよ!」

「……そんな、ぼくのためだなんて、無理……、死んじゃう……」

 彼女はそう言うとほとんど膨らみのない胸を抑え、嬉しそうに顔をしかめた。

「じゃあ、ころしちゃおうかな?」

「お、お願いします!」

「ずっきゅん♡」

 指でハートをつくって、ウィンク。

「あっ……」

 バタ。

 純白のロリィタとロングヘアーがファサァと喫茶店のシートにしだれかかる。

「27ちゃーーーん!??」

 その後、失神した彼女が目覚める間に、コーヒーは完全に冷めてしまった。

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